「おい、話が違うぜ? ここには人間どもが入って来ないんじゃないのかよ」

 「でも、いるぞ。うまそうな若い女だ」

 「こないで! なによあなたたち、わたくしになにをする気なの!?」

 「なにって、なぁ。まさか人間が来るとは思ってなかったし、見られちゃさすがにまずいだろうから。殺っちまうか?」

 ひんやりとした空気に、雛は身震いを起こした。

 天罰だ。爛々と開いた目でこちらを向く男たちと、それに従うように飛び回る大きくて気味の悪い鴉がこちらに近づこうとするのを目に映し、雛が思ったことである。

 暁の婚約者だという深月に、舞人の話を持ちかけたのは、紛れもなく嫌がらせだった。

 朱凰の分家筋から帝都に来たと話す田舎者の女の困る姿が見たくて、譲る気のない舞人の代理を押し付けたのだ。

 なぜ、そんなことをするのかといえば。

 それは深月が気に入らないから。

 もともと暁は、雛の姉である鶴子の許嫁だった。年齢は暁より二つ年上の鶴子だったが、ふたりが並ぶとじつにお似合いだった。

 ゆえに、雛は幼いながらに理解した。

 この想いはきっと、一生叶わず胸に秘めるしかないのだと。

 『おれが殺したようなものだ。おれのせいで野盗が入って、みんな死んでしまった』

 十三年前のあの日、雛の両親と鶴子が亡くなったという訃報が入り、唯一の生き残りであった暁のもとを訪ねた。

 雛は体調を崩して久我家には行けず、間宮の屋敷で留守番をしていた。

 呆然として覇気がない暁は、何度も自分のせい、見逃した、俺だけがあの場に、と脈絡のない言葉をつぶやくばかりだった。

 幼かった雛には、彼の言葉の真意を汲み取るだけの余裕もなければ、精神も成熟していなかった。

 だから、ただひとり生き残った暁に憎悪をぶつけるしかなかった。そうすることでしかひとりぼっちになってしまった自分の心を守ることができなかった。

 『噂ではなく本当なのね。あの朱凰家の、暁さまに婚約者が現れたって!』

 憎悪で覆い隠されたきり、秘めたまま置き去りになっていた想いが、このときふわりと蘇った。

 雛は幼いころ、暁が好きだった。

 子供特有の憧れか、乙女のような恋心か、それとも両方だったのか。とにかく特別な想いを抱いていた。

 でも、彼を恨むようになって想いは心の片隅に押しやられていた。それが、ふとその話題を耳にして。

 『許さない』

 ひとり生き残ったのに許さない。

 鶴子姉さまの許嫁のはずだったのに許さない。

 家族やみんなを見殺しにしたのに許さない。

 あなただけほかの誰かと幸せになるなんて許さない。