夜間巡回を終え、暁は近くを担当していた一般隊員を連れて特命部隊本拠地に引き返していた。
見上げる夜明けの空の光が、蓄積した疲労のせいもあって目に染みる。
帝都桜が満開になったあたりから、街の各区画で奇妙な傷害事件が頻繁に起こっていた。それは永桜が植えられる帝都神宮周辺に始まり、桜の木が多い場所で悪鬼に取り憑かれた野犬や野鳥が通行人に危害を加えているのである。
永桜の妖力につられ、春が悪鬼の被害が増えるのは周知のことだ。しかし、今年はさらに数が増えているようで、気が抜けない状況が続いていた。
とくに永桜桜当日は、帝都神宮の境内に人々がひしめき合う。また、天子とその一族は仕切りに囲まれた拝殿から黎明舞を鑑賞する。警備範囲は最小限、ここまで警吏とも念入りな打ち合わせを交わしたので不備はない。
あとは無事に永桜祭が終われば、この張り詰めた緊張も少しは緩んでくれるだろう。
「深月さん、おはようございます!」
隊員の嬉々とした挨拶が聞こえてきたのは、暁が別邸に向かって歩いている最中のことだった。
「おはようございます。本日も夜間巡回ご苦労さまです」
そちらに視線を向けると、箒を手にした深月が、暁と同じく夜間巡回を終えた一般隊員に笑顔を浮かべていた。
いままでは別邸の中庭が深月の掃き掃除の範囲だったが、本邸女中の勤めを始めたことで、彼女は訓練場付近や食堂横の掃除にも励むようになっていた。
つまり、通りがかりに隊員に話しかけられる頻度も高くなった、ということである。
最初は分家の令嬢がわざわざするようなことではないと周囲も思っていたが、いまではこれも暁の花嫁としての努めであると、真面目に働く姿勢で周りを納得させてしまった。
少しずつ、暁以外にも肩肘張らずに自然な笑みを向けられるようになり、ちょうどいまも通りがかった隊員に深月は会釈をしていた。
そのなんでもない笑顔に、隊員は軽く頬を染め、それから慌てながらも張り切った様子で職務にあたるのだ。
(……)
このような光景を、もう何度となく暁は目にしていた。
人と関わることに慣れていなかった彼女が、あのように明るい表情を浮かべているさまに感慨深い気持ちになる。
いつか見た、思わずほころばせた花のような笑みを、深月はたくさんの人間に向けるようになっていて、それは讃えるべき変化であるはずだった。
しかし、なぜかここ最近は。
「暁隊長、暁隊長?」
ふと、名を呼ばれて振り返ると、不思議そうな顔をした羽鳥がいた。
「夜間巡回からお戻りになっていたのですね。お疲れさまです。悪鬼の数はどうでしたか?」
「増える一方だ。それとは逆に禾月の動きが停滞しているように感じる」
「野良禾月ですか。注意が必要ですね……それで、先ほどからなにを眺めてらっしゃったんですか?」
「ああ、少し。いつも動き回っているなと、思ってな」
質問の答えとしては曖昧な返答に、羽鳥は暁の視線を目で追った。その先に深月がいると知り、ああ、とうなずいてみせる。
「そうですね。どこかしらの掃除をしているのではないですか。って、また締りのない顔になって……」
深月と挨拶を交わした隊員らの雰囲気が緩やかになっているのに気づいた羽鳥は、まるで小姑のようにぶつぶつと小言を述べた。
「やはり、変わっているんだな」
初めの頃とは比べものにならないほど、深月は変化した。
誰もがうなずく可憐な姿に、しばし視線を固定させる。
いつの間に彼女は、あれほど美しく、そして愛らしくこの目に映るようになったのだろう。
見上げる夜明けの空の光が、蓄積した疲労のせいもあって目に染みる。
帝都桜が満開になったあたりから、街の各区画で奇妙な傷害事件が頻繁に起こっていた。それは永桜が植えられる帝都神宮周辺に始まり、桜の木が多い場所で悪鬼に取り憑かれた野犬や野鳥が通行人に危害を加えているのである。
永桜の妖力につられ、春が悪鬼の被害が増えるのは周知のことだ。しかし、今年はさらに数が増えているようで、気が抜けない状況が続いていた。
とくに永桜桜当日は、帝都神宮の境内に人々がひしめき合う。また、天子とその一族は仕切りに囲まれた拝殿から黎明舞を鑑賞する。警備範囲は最小限、ここまで警吏とも念入りな打ち合わせを交わしたので不備はない。
あとは無事に永桜祭が終われば、この張り詰めた緊張も少しは緩んでくれるだろう。
「深月さん、おはようございます!」
隊員の嬉々とした挨拶が聞こえてきたのは、暁が別邸に向かって歩いている最中のことだった。
「おはようございます。本日も夜間巡回ご苦労さまです」
そちらに視線を向けると、箒を手にした深月が、暁と同じく夜間巡回を終えた一般隊員に笑顔を浮かべていた。
いままでは別邸の中庭が深月の掃き掃除の範囲だったが、本邸女中の勤めを始めたことで、彼女は訓練場付近や食堂横の掃除にも励むようになっていた。
つまり、通りがかりに隊員に話しかけられる頻度も高くなった、ということである。
最初は分家の令嬢がわざわざするようなことではないと周囲も思っていたが、いまではこれも暁の花嫁としての努めであると、真面目に働く姿勢で周りを納得させてしまった。
少しずつ、暁以外にも肩肘張らずに自然な笑みを向けられるようになり、ちょうどいまも通りがかった隊員に深月は会釈をしていた。
そのなんでもない笑顔に、隊員は軽く頬を染め、それから慌てながらも張り切った様子で職務にあたるのだ。
(……)
このような光景を、もう何度となく暁は目にしていた。
人と関わることに慣れていなかった彼女が、あのように明るい表情を浮かべているさまに感慨深い気持ちになる。
いつか見た、思わずほころばせた花のような笑みを、深月はたくさんの人間に向けるようになっていて、それは讃えるべき変化であるはずだった。
しかし、なぜかここ最近は。
「暁隊長、暁隊長?」
ふと、名を呼ばれて振り返ると、不思議そうな顔をした羽鳥がいた。
「夜間巡回からお戻りになっていたのですね。お疲れさまです。悪鬼の数はどうでしたか?」
「増える一方だ。それとは逆に禾月の動きが停滞しているように感じる」
「野良禾月ですか。注意が必要ですね……それで、先ほどからなにを眺めてらっしゃったんですか?」
「ああ、少し。いつも動き回っているなと、思ってな」
質問の答えとしては曖昧な返答に、羽鳥は暁の視線を目で追った。その先に深月がいると知り、ああ、とうなずいてみせる。
「そうですね。どこかしらの掃除をしているのではないですか。って、また締りのない顔になって……」
深月と挨拶を交わした隊員らの雰囲気が緩やかになっているのに気づいた羽鳥は、まるで小姑のようにぶつぶつと小言を述べた。
「やはり、変わっているんだな」
初めの頃とは比べものにならないほど、深月は変化した。
誰もがうなずく可憐な姿に、しばし視線を固定させる。
いつの間に彼女は、あれほど美しく、そして愛らしくこの目に映るようになったのだろう。