翌朝、永桜桜の舞人を押し付けられたことを含め、暁からは気にしなくていいと言われたが、そういうわけにもいかないと深月は思い悩んでいた。
とくに雛個人の様子が気になる。このまま放置するのは、どうにも寝覚めが悪い。
「……ええと、麗子さま、まずこうやって」
昼間の空き時間、部屋に戻っていた深月は、ふと一年ほど前に黎明舞の練習をしていた麗子の姿を思い出す。
流れや、動きは記憶にあるけれど、自分で舞うとなるとわけが違う。
そうは思いながらも、部屋にあった白い手ぬぐいを手に、おぼつかない足取りで不格好な動作を繰り返していると。
「深月さま、炊事場に襷をお忘れでしたのでお届けに……あら?」
「と、朋代さんっ」
こんこん、と音がして、朋代が襷を手に扉を開けた。
深月のひとりごとが入室の許可に聞こえてしまったのか、入ってきた朋代はぱちりと瞼をまばたいた。
「わっ、あっととっ」
ふらついた体勢を整え、両足でしっかり床を踏む。それから朋代を窺い見ると、彼女はにこやかな笑みを浮かべていた。
「ふふ、もしかして、黎明舞ですか?」
「……!」
すぐに見抜いた朋代に驚愕の色を濃くした。
「どうして黎明舞だとわかったんですか?」
「そうですわねぇ。形がそうだと思っただけですけれど、わたしは黎明舞の指導経験がありますので、きっと目が慣れているんだと思いますわ」
笑みを作る口元に、朋代は上品に手を添えた。その鷹揚とした仕草だけで舞の指導経験があるというのも納得してしまう。前々から思っていたが、朋代の動きは悠然としていて所作が美しいのだ。
「あの、朋代さん」
「はい、なんでしょうか」
「ご迷惑でなければ、わたしに黎明舞を教えてはいただけませんか……?」
黎明舞、またそのほかの舞踏は、朱凰の分家筋にいる華族令嬢には嗜みとしてある教養だ。もちろんのこと深月には身についていないものだ。
「ずっとお話できていなかったのですが、わたしには黎明舞の経験がありません。稽古風景を見たことはありますが、実際にはまったくなくて……」
「まあ、そうだったのですね」
朋代はほんのり意外そうに目を広げながらも、大袈裟に驚くことはしなかった。
そして普段から距離を弁えてくれていた朋代だからこそ、この相談はできると思った。
「わたし、黎明舞を覚えたいんです。できるのなら永桜祭当日までに。完全に習得とはいかないかもしれませんが、どうかご指導いただけないでしょうか」
本当に舞人として代わるつもりは深月になかった。
けれど、なにもせず当日まで過ごすのも違うような気がした。それなら無意味な努力になったとしても、なにかしていようと考えたのだ。
真剣に頼み込む深月に、朋代はにこやかに言った。
「それはそれは、腕が鳴りますわ」
相変わらず朋代は余計な詮索をせずに快く引き受けてくれた。
こうして、深月はその日から黎明舞の特訓を朋代につけてもらうことになったのだった。
とくに雛個人の様子が気になる。このまま放置するのは、どうにも寝覚めが悪い。
「……ええと、麗子さま、まずこうやって」
昼間の空き時間、部屋に戻っていた深月は、ふと一年ほど前に黎明舞の練習をしていた麗子の姿を思い出す。
流れや、動きは記憶にあるけれど、自分で舞うとなるとわけが違う。
そうは思いながらも、部屋にあった白い手ぬぐいを手に、おぼつかない足取りで不格好な動作を繰り返していると。
「深月さま、炊事場に襷をお忘れでしたのでお届けに……あら?」
「と、朋代さんっ」
こんこん、と音がして、朋代が襷を手に扉を開けた。
深月のひとりごとが入室の許可に聞こえてしまったのか、入ってきた朋代はぱちりと瞼をまばたいた。
「わっ、あっととっ」
ふらついた体勢を整え、両足でしっかり床を踏む。それから朋代を窺い見ると、彼女はにこやかな笑みを浮かべていた。
「ふふ、もしかして、黎明舞ですか?」
「……!」
すぐに見抜いた朋代に驚愕の色を濃くした。
「どうして黎明舞だとわかったんですか?」
「そうですわねぇ。形がそうだと思っただけですけれど、わたしは黎明舞の指導経験がありますので、きっと目が慣れているんだと思いますわ」
笑みを作る口元に、朋代は上品に手を添えた。その鷹揚とした仕草だけで舞の指導経験があるというのも納得してしまう。前々から思っていたが、朋代の動きは悠然としていて所作が美しいのだ。
「あの、朋代さん」
「はい、なんでしょうか」
「ご迷惑でなければ、わたしに黎明舞を教えてはいただけませんか……?」
黎明舞、またそのほかの舞踏は、朱凰の分家筋にいる華族令嬢には嗜みとしてある教養だ。もちろんのこと深月には身についていないものだ。
「ずっとお話できていなかったのですが、わたしには黎明舞の経験がありません。稽古風景を見たことはありますが、実際にはまったくなくて……」
「まあ、そうだったのですね」
朋代はほんのり意外そうに目を広げながらも、大袈裟に驚くことはしなかった。
そして普段から距離を弁えてくれていた朋代だからこそ、この相談はできると思った。
「わたし、黎明舞を覚えたいんです。できるのなら永桜祭当日までに。完全に習得とはいかないかもしれませんが、どうかご指導いただけないでしょうか」
本当に舞人として代わるつもりは深月になかった。
けれど、なにもせず当日まで過ごすのも違うような気がした。それなら無意味な努力になったとしても、なにかしていようと考えたのだ。
真剣に頼み込む深月に、朋代はにこやかに言った。
「それはそれは、腕が鳴りますわ」
相変わらず朋代は余計な詮索をせずに快く引き受けてくれた。
こうして、深月はその日から黎明舞の特訓を朋代につけてもらうことになったのだった。