薄紅の散り花が、青空の下を泳ぐように舞っている。

 相も変わらず立派な店構えが軒を連ねる中央区画の大通りには、物見遊山の通行人がひしめき合っていた。

 喧噪は毎度のことながら、永桜祭本番でなくても桜が満開の時期の帝都には遊観気分の顔をした老若男女が入り交じる。

 最も盛り上がるのは祭事当日とはいえ、いまも負けず劣らず活気づいていた。

 「どちらに向かう予定だったのですか」

 そう深月に尋ねたのは、隣を歩く非番の羽鳥だ。

 見慣れた軍服ではなく身軽なジャケットを羽織る彼からは、良いところのご子息のような品が漂っている。とはいえ羽鳥は伯爵家の三男だと聞いているので、あながち間違ってはいないのだろうが。

 「行き先を決めていたわけではないんです。羽鳥を巻き込む形になってすみません……」

 「引き受けたのは僕です。もう謝罪は結構ですから」

 たしかに同行を承諾してくれた羽鳥にこれ以上の謝罪は失礼だと思い、深月は口を噤む。

 本来は護衛の璃莉が共に行くはずだった。そもそも深月に出かけるように提案を持ちかけたのは彼女であり、そうでなければ自主的に街まで行こうとは思わなかった。

 暁から給与を渡され、深月はそれをどうしようかと持て余していた。すると事情を聞いた璃莉が「せっかくお出かけして好きな物を買ってみよう!」と提案してくれたのである。

 お供する気満々であった璃莉だが、乃蒼への報告を昼間のうちに済ませなければならず、近くを通りかかった羽鳥にその役目を泣く泣く託したのだった。

 通りかかったとはいえ、暁の執務室に書類を置いて帰るつもりだった羽鳥はとんだ巻き添えである。

 「なにもせず引き返したと知られれば、璃莉さんがうるさく抗議してくるのは目に見えていますし。とくに予定もないのでお付き合いしますよ」

 羽鳥はなんとも面倒そうにため息を吐いた。深月の付き添いが不満なのではなく、璃莉の言動を予想して早くも疲れを浮かべていた。

 深月の護衛として璃莉を紹介されそこまで日数は経過していないが、すでに羽鳥は彼女の性格を掴んでいた。

 「給与の使い道に迷われて、今回店を覗く予定だったのですよね。では、ひとまず女性が好みそうな場所へご案内します」

 意外にも羽鳥は精力的に案内を始めた。彼の性格上、一度引き受けたら最後までやり遂げなければ気が済まないのだろう。

 突然このようなことになり、深月は申し訳なくも感謝を抱きながら後ろをついて歩く。

 と、なにか思い出したように羽鳥ははっと振り返った。

 「言っておきますが、これは案内と付き添いです。暁隊長にもそのようにお伝えください。多忙な隊長を差し置いて僕があなたと外出だなんて男としては……いえ、それはまあ置いておきまして。とにかくお願いします」

 「は、はい。わかりました」

 妙な念を押され、深月はぽかんとしながらうなずく。

 そうして羽鳥は今度こそ歩き出した。