「お嬢さま。少しお時間いただいてもよろしいですか?」

 「え? は、はい」

 午前の手伝いがおおかた終了し、別邸に引き返そうとしていた深月に声をかけたのは、女中の園子だった。

 そのまま彼女の後ろをついて歩いていくと、炊事場横の小上がりまで来る。

 ここは主に女中がお茶や菓子を持ち寄り、休憩時間を楽しく過ごしている場所であり、深月もちらっと見たことならあった。

 「足元にお気をつけください」

 「あ、あの……わたしが入ってもよろしいのですか?」

 園子は敷居扉を開けて入れるようにしてくれている。

 しかし自分が憩いの場に踏み入れても良いのか戸惑っていると、

 「どうぞお入りくださいお嬢さま! そして申し訳ございませんでした!」

 「……⁉」

 深月は小上がりのなかを覗いて驚いた。

 どういうわけか、女中たちが頭を畳に擦りつける勢いで深々と下げていたからである。

 「み、皆さん、一体どうされたんですか?」

 目の前の光景に思わず近寄ると、あとに続いて入ってきた園子が気まずそうに声をかけた。

 「わたしを含め、ここにいる者全員、お嬢さまに謝りたくお呼びしました」

 「あやま、る?」

 重々しく唇を開くと、女中たちは肩をびくりと震わせる。

 「あの、なにをでしょうか?」

 当惑顔を浮かべ、深月はまじまじと園子や女中らを見つめ返す。

 少し面食らいながらも、一同は各々口を動かした。

 「わたしたち、お嬢さまのいないところでずっと陰口を言っておりました!」

 「猫のことも本当は触りたいほど好きなのに邪険に言ったりもして、おそらく態度も悪く不快にさせていたのではと!」

 「まるでお嬢さまがいままでの奉公先で仕えてきた性悪金持ち娘と同じだと決めつけて勝手な罵詈雑言を……!」

 という懺悔が彼女たちからいくつも上がった。

 女中たちから邪険に思われていることなら、前に炊事場を立ち去る際に耳にしていたので把握済みである。

 しかし、あれは本人のいないところで口にしていた文句であって、直接なにか嫌がらせを受けたわけではない。

 深月に聞かれていたと知らない女中たちは、このまま黙っていれば自分たちの陰口を深月に知られることもなかったはずだというのに。

 (打ち明けてまで謝ってくれるだなんて)

 こなした仕事の手柄を奪われたわけでも、自分だけ食事を捨てられたわけでも、引っ叩かれたわけでもない。ただ、本人がいないところで言った文句だ。

 この女中たちの思い切りが深月には衝撃的だった。

 聞けば彼女らは、熱心に手伝いをしてくれる深月に後ろめたさを感じており、そのことを朋代に相談したのだそうだ。

 すると朋代は、謝罪を受け入れてもらえるかは別としても誠意を伝えることは間違いではない、と助言してくれたという。

 それと「深月さまはキャラメルがお好きよ」と教えたようで、皆で金を持ち寄ってわざわざ買ってきたらしい。

 「お許しくださいとはいいませんが、どうかこの詫びキャラメルを受け取ってくださいっ」