――低い靴音が遠ざかってゆき、深月はそっと息をついた。

 もっと長居するものだと思っていて、女中の手伝いも始めた影響なのか、気配りに敏感になっていた。

 お茶でもお持ちしますか、なんて余計なことを言うために引き返してしまったのが、いけなかったのだ。

 『――所詮、稀血も女なのだな。おまえの気遣いを純粋な好意だと信じ、信頼しきっているようじゃないか。なによりも使命や責務を尊重するおまえに懐柔されているのにも気づかないとは』

 『……』

 『よいな、暁。引き続き稀血の手綱はしっかり握っておけ』

 反論の声は聞こえてこなかった。

 深月は耳が良い。だから、聞き逃したということはない。

 気がついたら物陰に隠れて、別邸をあとにする秀慈郎の足音を耳にしていた。

 (璃莉さんの予想は、違ったわね)

 暁への恋を自覚して、優しい彼の仕草に、もしかして同じ気持ちなのだろうかと疑問を抱いてしまった。

 璃莉は、暁を絶対に深月を好いていると言っていたが、とんだ思い上がりだ。

 罰が当たったのかもしれない。

 ここにきてから楽しいこと、恵まれたことばかりで、欲深くなっていたのだ。この関係はやはり命令によるもので、監視するための気遣いによって懐柔されていた。

 ……そういう、ことだろうか。

 なによりも確かなのは、暁は自分に色恋感情があることは絶対にない。それだけは言える。むしろそれが当たり前だ。彼はとても親切で、誠実で、その人間性に偽りはなかったとして、彼は軍人だ。

 深月には言えない職務内容があるのは当然なんだ。

 そう、だから。

 (恋って、胸が苦しくなることばかりなのね)

 あの沈黙が、彼の答えだった。