「あらためて名乗らせてもらおう。私は帝国軍参謀総長の朱凰秀慈郎、暁の養父だ」

 「……深月と申します」

 「おや、白夜とは名乗らないのか」

 秀慈郎は意外そうに顎を撫で、深月と、暁を交互に見やった。

 場所を移動し、いつもの執務室にやってきた深月は、目の前の威圧ある御仁に緊張していた。軍の最高司令であり、暁の養父ともなれば緊張しないほうがおかしい。

 「ふたりしてそう身構えるな。とって食おうとしているわけではない」

 「では知らせもなく、一体どのような要件で?」

 暁と秀慈郎は養子縁組を結んだ親子関係にある。だというのに、暁の話し方はいつにも増して堅苦しい。

 「彼女とは、まだ挨拶をしたことがなかったろう。それと私から一言詫びを入れるべきことがあったからな」

 「詫びとは……」

 暁が問いかけるよりも早く、秀慈郎は開いた両膝に手を置き、深々と頭を下げた。

 「華明館の一件、君には申し訳なかった」

 「え、あの……っ」

 偉い立場の人間からこうも深く頭を下げられ、深月は瞠目する。

 呆気にとられるふたりをよそに、秀慈郎はさらに言い重ねた。

 「君も知っているだろうが。血を摂取させることで暴走を促し、白夜家当主に始末するよう指示を出したのは私だ。だが、君は暴走に打ち勝ち、こうして正常を保っている。私の判断はすべて間違っていた。君に危害を及ぼしてしまい、本当に申し訳ない」

 聞くと、それがどれだけ恐ろしいことだったのか、深月は内心震えた。

 苦しくて、恐怖でどうにかなりそうだった。

 もしかしたらここに自分がいない未来もあったのかもしれない。

 それを考えると、指示を出した秀慈郎本人を恐ろしくも思う。

 だが、こうしてわざわざ訪問し深く頭を下げてくれた人に、これ以上の要求はいらないと、深月は考える。

 「どうか頭をあげてください。あのときは驚きましたが、結果としてわたしは自分を保つことができました。もちろんわたしだけの力ではなく、暁さまの声が引き戻してくれたのだと思っています」

 無事であった以上、秀慈郎を非難するのも違うような気がして、深月はすんなりと謝罪を受け入れる。

 「……君の慈悲深さに、感謝する」

 秀慈郎はそんな深月をじっと見ていたが、感謝の意を込めてふたたび頭を下げるのだった。