案内役と名乗った男が馭者を務める馬車は、しばらくすると鬱蒼とした森の中を進み始めた。

 おそらく西区画のどこかのはずだが、馬車が一台通るだけでやっとの細道に通行人の姿はない。窓外の景色に目を向けると、深い森に呑み込まれていくような錯覚に陥った。

 「……帝都とは思えない雰囲気の場所ですね」

 「白夜殿は商いの拠点として、西区画の港側に別宅を持っているという話だが、いま向かっているのは白夜家本宅だ。公にも、軍にもその在処は知られていない」

 「乃蒼さんは首領の立場なのに、そのようなこと可能なんですか?」

 諜報部隊を抱えている帝国軍が把握していないのは、少し不自然に深月は感じた。

 「それを可能にするのが、禾月首領の力と言えるな」

 乃蒼を含めた禾月首領は、代々妖力を操ることで幻術なるものを発生させ、外敵からの侵入を防いできた。ゆえに森の入口も通常人の目に映ることはないのだという。

 「そこまで秘密に守られている場所に招いてくださるなんて、いいのでしょうか」

 説明を聞いて恐縮する深月に、暁は小さく笑んでうなずいた。

 「白夜家は君の母親の生家だと、白夜殿も言っていただろう。今回のことも当然の招待だと」

 「そうですよね。なんだかまだ実感が湧かなくて」

 「妖刀の声もそうだが、すべてを一度に納得する必要はない。時間をかけて受け入れていけばいい」

 いまいち両親の話に心が追いついていないところがあった深月には、その言葉がひどく染みた。記憶にない母親に関する場所というのが常に念頭にあったので、思いのほか気を張っていたようだ。

 「暁さまが一緒にいてくれてよかった。すごく心強いです」

 ほっと表情を緩めた深月から本音が漏れる。

 瞬間、対面する暁の肩がぴくりと震えたような気がした。

 「失礼いたします、お足元にお気をつけください」

 が、そんな些細な反応に気を留める暇はなく、停まった馬車の扉を開けた使いの男から到着が伝えられた。