五月の入っても、何も変わらないままだった。私はクラスで浮いたまま、ただずっと時間が経つのを待つのだ。昼休みに音楽を聞いても何処か辛くて、私は昼休みに過ごす誰もいない場所を校内で探すことにした。
中庭に階段、空き教室……どこかいい場所はないだろうか?校内で人が少ない場所でも、人が通らないわけではない。人が少ない場所でお弁当を食べている所を見られれば、逆に目立ってしまう。
その時、私はあることを思いついた。正面玄関に繋がる廊下はどうだろう?勿論、登校時と下校時は人通りは一番多い場所だ。でも、逆に昼休みに正面玄関を使う人間はいないかもしれない。
そう考えた私が正面玄関につながる廊下を見に行くと案の定誰一人いなかった。
「やった……!」
私はその日から、その場所でお弁当を食べることにした。誰も通らない廊下は案外気持ちが良くて、座り心地が悪くても気にもならなかった。それに、教室よりずっと居心地が良い。
しかし数日後、お弁当を食べ終わり音楽を聞いていた私は人の足音に気づかなかった。体育座りをしている私の足元に誰かの足が近づく。私は慌ててイヤホンを取り、顔を上げた。
目の前には、スクールバッグを持っている制服の男の子。今、登校してきたのだろうか?
「野中さん……だっけ?こんな所で何やってんの?」
何故、相手は私の名前を知っているのだろう?どう考えても、私は相手と面識があるとは思えない。私の表情で、相手は私の疑問が分かったようだった。
「俺は二年の浅沼 静也。野中さんと同級生だけど、俺も留年してる。ちなみに理系。野中さんのことは、俺の他に留年した奴がいるって先生に聞いたことがあったから知ってた」
確かにもう一人同じ学年で留年した人がいると先生が言っていたかもしれない。文系と理系では関わることも殆どないので、気にもしていなかった。
「それで、何してんの?こんなところで昼飯?」
「あ、えっと……」
上手く返答出来ない私を見て、浅沼くんはそっと私の隣に座る。
「なぁ、俺も明日からここで弁当食ってもいい?」
「え……?」
突然、意味の分からない提案をしながらも、どこか浅沼くんはぼーっとしていて……きっと断られるだろうと心のどこかで諦めているようだった。
「俺さ、生まれつき体が弱くて、休みも多くなって案の定留年。それでも、今日は別に体調が良かったんだけど……昼休みの教室に居づらくて、こうやって昼休みの終わり際に登校して来たんだ。もう留年したくないから、体調を整えて学校に出来るだけ行きたいんだ。でも……」
浅沼くんは視線を落として、自分の内履きをただ静かに見つめる。
「クラスで息がしづらいんだ」
浅沼くんの話を聞いているだけなのに、何故か私の喉の奥がキュゥーっと痛んで泣きそうになる。
「昨日、初めて体調がいいのに遅刻して高校に行ったんだ。本当に『昨日だけ』のつもりで。どうか『たった一日だけ』許して下さいって。それで、結局今日の午前中もズル休み。嫌になるだろ?」
分かるよ。分かりすぎるくらい分かるのに、喉が詰まって言葉が出てこない。きっと今喋ったら、涙が止まらなくなる。
私も毎日毎日休みたいのに……一度休んでしまったら戻れなくなりそうで、それだけが嫌で家の扉を開けて外に出る。
「なんか今日、高校に入って野中さんを見つけて、話しかけないと後悔するって思った。正面玄関の廊下で、こんな冷たい床で、それでもここが高校の中で一番心地良さそうに静かに音楽を聞いてる野中さんを見つけたんだ」
だめだ、まだ何も話していないのにもう私の目から涙が溢れる。床にポタポタと涙が落ちているのを見て、浅沼くんが少しだけ驚いた顔をする。
「ごめん、俺、余計なこと言ったよな?」
「っ!違うの……!なんて言えばいいんだろう……でも、本当に嫌な涙じゃないの……!」
本当に私はなんで泣いているのかな?
同じ境遇の人がいて安心した?一緒にお弁当を食べてくれることが嬉しかった?
違う。一番は、私と「気軽に」話してくれたこと。
「私も、明日から一緒にお弁当食べたい……一人でここで食べるお弁当は、ただお腹を満たすだけで全然美味しくないから」
「ありがと、野中さん。じゃあ、明日も昼休みここに集合な」
学校に行くというハードルが高すぎて、家の玄関の扉があまりに重く感じる毎日だった。そんな上がり続けるハードルを手を使ってでもなんとか飛び越えていた。それでも、終わりなど見えなくて。
少しだけ息がしやすい場所が校内に一つでも出来たらとどれだけ考えただろう。
私は一度だけ深く息を吐いた。そして、息を吸うと空気がすーっと喉を通る。
喉の詰まりが取れて、明日はもう少しだけ話せる気がした。
中庭に階段、空き教室……どこかいい場所はないだろうか?校内で人が少ない場所でも、人が通らないわけではない。人が少ない場所でお弁当を食べている所を見られれば、逆に目立ってしまう。
その時、私はあることを思いついた。正面玄関に繋がる廊下はどうだろう?勿論、登校時と下校時は人通りは一番多い場所だ。でも、逆に昼休みに正面玄関を使う人間はいないかもしれない。
そう考えた私が正面玄関につながる廊下を見に行くと案の定誰一人いなかった。
「やった……!」
私はその日から、その場所でお弁当を食べることにした。誰も通らない廊下は案外気持ちが良くて、座り心地が悪くても気にもならなかった。それに、教室よりずっと居心地が良い。
しかし数日後、お弁当を食べ終わり音楽を聞いていた私は人の足音に気づかなかった。体育座りをしている私の足元に誰かの足が近づく。私は慌ててイヤホンを取り、顔を上げた。
目の前には、スクールバッグを持っている制服の男の子。今、登校してきたのだろうか?
「野中さん……だっけ?こんな所で何やってんの?」
何故、相手は私の名前を知っているのだろう?どう考えても、私は相手と面識があるとは思えない。私の表情で、相手は私の疑問が分かったようだった。
「俺は二年の浅沼 静也。野中さんと同級生だけど、俺も留年してる。ちなみに理系。野中さんのことは、俺の他に留年した奴がいるって先生に聞いたことがあったから知ってた」
確かにもう一人同じ学年で留年した人がいると先生が言っていたかもしれない。文系と理系では関わることも殆どないので、気にもしていなかった。
「それで、何してんの?こんなところで昼飯?」
「あ、えっと……」
上手く返答出来ない私を見て、浅沼くんはそっと私の隣に座る。
「なぁ、俺も明日からここで弁当食ってもいい?」
「え……?」
突然、意味の分からない提案をしながらも、どこか浅沼くんはぼーっとしていて……きっと断られるだろうと心のどこかで諦めているようだった。
「俺さ、生まれつき体が弱くて、休みも多くなって案の定留年。それでも、今日は別に体調が良かったんだけど……昼休みの教室に居づらくて、こうやって昼休みの終わり際に登校して来たんだ。もう留年したくないから、体調を整えて学校に出来るだけ行きたいんだ。でも……」
浅沼くんは視線を落として、自分の内履きをただ静かに見つめる。
「クラスで息がしづらいんだ」
浅沼くんの話を聞いているだけなのに、何故か私の喉の奥がキュゥーっと痛んで泣きそうになる。
「昨日、初めて体調がいいのに遅刻して高校に行ったんだ。本当に『昨日だけ』のつもりで。どうか『たった一日だけ』許して下さいって。それで、結局今日の午前中もズル休み。嫌になるだろ?」
分かるよ。分かりすぎるくらい分かるのに、喉が詰まって言葉が出てこない。きっと今喋ったら、涙が止まらなくなる。
私も毎日毎日休みたいのに……一度休んでしまったら戻れなくなりそうで、それだけが嫌で家の扉を開けて外に出る。
「なんか今日、高校に入って野中さんを見つけて、話しかけないと後悔するって思った。正面玄関の廊下で、こんな冷たい床で、それでもここが高校の中で一番心地良さそうに静かに音楽を聞いてる野中さんを見つけたんだ」
だめだ、まだ何も話していないのにもう私の目から涙が溢れる。床にポタポタと涙が落ちているのを見て、浅沼くんが少しだけ驚いた顔をする。
「ごめん、俺、余計なこと言ったよな?」
「っ!違うの……!なんて言えばいいんだろう……でも、本当に嫌な涙じゃないの……!」
本当に私はなんで泣いているのかな?
同じ境遇の人がいて安心した?一緒にお弁当を食べてくれることが嬉しかった?
違う。一番は、私と「気軽に」話してくれたこと。
「私も、明日から一緒にお弁当食べたい……一人でここで食べるお弁当は、ただお腹を満たすだけで全然美味しくないから」
「ありがと、野中さん。じゃあ、明日も昼休みここに集合な」
学校に行くというハードルが高すぎて、家の玄関の扉があまりに重く感じる毎日だった。そんな上がり続けるハードルを手を使ってでもなんとか飛び越えていた。それでも、終わりなど見えなくて。
少しだけ息がしやすい場所が校内に一つでも出来たらとどれだけ考えただろう。
私は一度だけ深く息を吐いた。そして、息を吸うと空気がすーっと喉を通る。
喉の詰まりが取れて、明日はもう少しだけ話せる気がした。