確かに自分も腹を括って家族にこのことを話すと結芽には言った。
でも、こんなに急で思いがけないものだとはさすがに想定していなかった。
姉さんは戸惑いながらも立ち話はなんだからとすぐそこのカフェに私を誘った。
私は情けないことに震える声で「うん」と返事することしかできなかった。
店内に入り、私たちは店の一番奥の席に座った。
席に案内してくれた黒のエプロンを着た女性の店員さんが「ご注文がお決まりでしたらお伺いします」と言ってくれたので姉さんは机からメニュー表を取って少し眺めていた。そんな姉さんを向かい合わせの席から見ていると久しぶりに姉さんを正面から見た気がするということに気がついた。私は姉さんのことを無意識的に避けていたのだろうか。
姉さんはメニューを閉じずに私にそのまま手渡した。
「私は……コーヒーでお願いします。翼は何にするの?私が払うから好きなの選んでいいわよ」
「ありがとう。なら……メロンソーダで」
メニューを一瞥してから注文を終えると店員さんはかしこまりましたと言って厨房へ消えていった。
「それにしても翼、いつもとは随分違う格好をしてるのね。あの子の声が聞こえなかったら分からなかったわ」
「わた……僕がこんな格好をしてたら変かな?」
「いえ……」
お互いに少し気まづい空気が流れていた。
姉さんとは僕が小さい頃は二人で遊んでいた記憶があるものの、姉さんが中学校に上がってからは二人で話した記憶があまりない。
ちょうど姉さんが頭角を現したのもその時期で、僕は無意識的に姉さんを避けていたのかもしれないし、姉さんはクールの言葉が似合うような人だったからそもそも会話が多くなかったからかもしれない。
実を言うと元々は姉さんはこんな性格じゃなかった。
僕とまだ一緒に遊んでいたような時期の姉さんはもっと明るくて、よく喋る人だった覚えがあるのだけど……。
「最近はどうなの?」
姉さんは未だ気まずい空気のなか僕に言った。
「母さんに怒られてばかりだよ。姉さんはできてたのにって」
「翼は翼で私は私なんだから、比べることは無いわよ」
「でも、なんでもできた姉さんと僕を比較したら見劣りするのは悔しいけど僕もなんとなくわかる気がするんだ」
「翼……」
「ご注文の品をお持ちしました!コーヒーとこちらメロンソーダになります」
二人の間の沈黙を突き破るようにやってきた店員さんは僕の目の前にメロンソーダ、姉さんの方にはコーヒーを置いた。
店員さんが一礼して去っていくのを見届けてから姉さんの目の前に置かれているコーヒーと僕のすぐ手前にあるメロンソーダを入れ替えた。
「ちょっと!何してるのよ?」
「姉さんがメニュー見てた時、こっちの方が飲みたそうにしてたと思ったんだけど……。もしかして違ったる」
姉さんがメニュー表を見てた時、コーヒーじゃなくてメロンソーダの方をじっと見ていた気がしたんだけど僕の気のせいだっただろうか。
余計なことをしてしまったのかもしれない。
僕はグラスを動かしていた手を引っ込めようとした時、姉さんは驚いたような顔をしたあと突然小さく笑った。
「翼にこんな特技があったなんて知らなかった」
久しぶりにこんな無邪気な姉さんを見た気がした。
まさに、僕とまだ一緒に遊んでいた頃の昔の姉さんそのものだった。
「人の顔色を伺い続けてただけだよ」
「手に入れる過程はどうであれ、それは立派な翼の力よ」
姉さんは、「すごいことだよ」と僕を褒めた。
久しぶりに人に褒められた気がして目の下が熱くなるくらい嬉しかった。
「翼には完璧なお姉ちゃんとして見てもらいたかったんだけどな」
姉さんは机に両肘をついて手の上に顎を乗っけた。
完璧でクールな姉さんならこんなことはしない。恐らくこっちが素なのだろう。
姉さんも『僕』と『私』のように自分を二つ持っていたのだ。
姉さんは僕に渡されたメロンソーダをじっと見つめたあとグラスを煽った。
「なんで姉さんは『完璧』を演じてたの?」
「まだ翼が小さかった頃ね、翼が私に向かって”姉さんはなんでもできてかっこいいね”って言ったことがあってね。それ以降、弟やお母さんが自慢できる姉になろう。って決めたの。単純だよね」
姉さんはそう言うけど、僕はそうは思わなかった。
たった一言が人良くも悪くもを変えることを僕は既に知っているから。
それに、完璧になろうって決意して、それを実際に実行してみせた姉さんには心から尊敬できた。
「勉強も、部活も、家事も。家族がそれで喜んでくれるから私は全部頑張った。その結果が今の私だよ」
「姉さんは家族が好きなんだね」
僕はまだ勘違いをしていた。
結芽を見て、努力している人間が自分一人ではないことはわかっていたつもりだった。けど、全然足りなかった。
僕は姉さんの人並み以上の努力を『完璧』の一言で片付けてしまっていた。
何もせずに何かを得られることはないというのに。
そのことにも気づかないなんてまたしても自分はなんて愚かなんだろうと思った。
「姉さんは『完璧』であり続けて、しんどくなかったの?」
誰しも自分であり続けることは難しく、辛いことだ。
それを僕は身をもって実感している。
姉さんにら『完璧』である故の壁がきっと沢山あっただろう。
『完璧』である姉さんは今の素の姉さんとは言葉使いも表情も大きく違う。
つらくなかったのだろうか?
僕は姉さんが心配だった。
「確かにしんどいことはあったよ。例えば弟が話しかけてくなくなったとかね」
「それは……ごめん」
「いいよ、別に。今は違うでしょ?」
姉さんの問いかけに僕は何度も首を縦に振った。
「それでも、『完璧』だった私も、『私』だから愛してあげないといけない。そうしていたら自然とつらくはなかった。だから、翼も今のその姿を否定しないであげて。それも立派な翼の一部だよ」
姉さんの言葉が胸にスっと入ってきたようだった。
この姿は忌むべき姿なんかじゃなかったのだ。
僕は私を愛してあげてもいいんだ。
誰かから許してもらえる。そんな理由でこの姿を愛すことは他の人から見たら少し薄情に思えるかもしれない。けど、僕にとっては大きすぎる理由だった。
結芽の時もそうだったように、自分を受け入れてくれる存在というのは心の支えになりうるのだから。
姉さんは続けて「それより翼!」と話を続けた。
「コーヒーを頼んだ方がかっこいいお姉ちゃんかなって思って頼んだのに、おかげで私の面目丸つぶれじゃない」
姉さんがあまりにも真剣な表情でそう言ってくるものだから危うくコーヒーを吹き出してしまうところだった。
「ふふっ。ごめんね」
「いいわよ。こっちこそありがと」
まるで昔に戻ったみたいだった。姉弟でこんなに話したのはいつぶりだろう。この時間が楽しかった。
「でも、愛してあげてとは言ったけど。そっか、そんな私が翼の負担になってたんだね。こんな格好をするくらい追い込んでしまった」
姉さんは申し訳なさそうに僕の着ている服を見た。
前の僕だったら姉さんの顔色を伺って「そんなことないよ。大丈夫」ってそれだけで済ませていたと思う。
けど、結芽に出会って、姉さんと話すことができて、僕はもう変わったんだ。
「姉さんの謝ることじゃないよ。……それに僕は姉さんの弟であることを恨んでも姉さんを嫌いになったことなんてただの一度もない」
「ありがと」
姉さんはホッとしたような様子だった。
「それに、この格好は最初は確かに僕が身を守るためのもので現実からの逃走手段だったのかもしれない。けどね、今、これは僕を作ってる立派な鎧だよ」
姉さんは驚いたような顔をしたけどすぐに優しい顔に戻って、そっかと納得してくれた。
僕にとって女装は、最初は本当に現実から逃げるためにしていたのかもしれない。自分が『姉さんの弟』以外の何者かになるために。
でも、それならなんで女装を選んだのか。
それはきっと、僕が姉さんに憧れていたからなんだと今思った。
僕はずっと姉さんから逃げたかったんじゃなくて姉さんと肩を並べたかったんだ。そんな自分になりたかったんだ。
「ねぇ、姉さん。僕のこの格好は……どう?」
「似合ってるよ。さすが私の自慢の弟だ」
そう言って姉さんは僕の手を両手でしっかりと、力強く握りしめた。
僕はこの時、今の姿と共に生きててもいいんだという確証を姉さんから得ることができた。
その後は今まで話せていなかった分を取り戻すかのように昔話や談笑に花を咲かせた。
結芽の話もした。
最後に僕に手を振ってくれたあのイケメンが女の子だと伝えると姉さんは驚いていた。
途中飲み物を追加で注文したりしているうちに刻々と時間は過ぎていき、そろそろ帰らないと母さんが帰ってくる時間になった。
僕らは会計をして店を出た。
お金は宣言通り姉さんが出してくれた。
だけど、その後トイレに行った姉さんのカバンの中に自分が飲んだ分のお金は入れておいた。甘えるのも大切だとは思ったけど、姉さんだって学費で苦しいはずだし、僕だってバイトしてるんだからそれくらい払わないと思い忍ばせておいた。あとは気づいたときの姉さんの反応は想像して密かに楽しんでいたのもあるかもしれない。
店を出て、後は母さんと話をするだけ。
正直これが一番荷が重かった。
「そういえば、私は今日は友達の家に泊まってくるから家には帰らないってお母さんに言っといて」
「姉さん勉強と部活ばっかりで友達いなかったのに?」
「うるさい!」
姉さんのおかげで僕の重かった心が少しだけ軽くなった。
姉さんはきっと、僕らが二人で話せるように気を使って今日は家に帰らないようにしてくれたんだ。
僕もその期待に応えないと。
「じゃあ、姉さん。また明日」
「うん。頑張ってきてね」
姉さんは僕の行く道とは逆方向に歩いて行った。
翼と別れたあと、裏路地に曲がった美優はある人物に会っていた。
「こんにちは、井上さん?どうしてここにいるのかなぁ?」
「あ、美優先輩……違うんです、これは……」
「弟たちは気づいてなかったみたいだけどずっとつけてまわってたみたいだね。弟のことが好きなのはいいけど、まだ渡す気はないよ?」
「あの、それは……その……」
「これからちょっと”お話”しよっか」
「すみませんでした!」
なんて出来事があったことは翼と結芽が知るのは当分、後のことになる。
でも、こんなに急で思いがけないものだとはさすがに想定していなかった。
姉さんは戸惑いながらも立ち話はなんだからとすぐそこのカフェに私を誘った。
私は情けないことに震える声で「うん」と返事することしかできなかった。
店内に入り、私たちは店の一番奥の席に座った。
席に案内してくれた黒のエプロンを着た女性の店員さんが「ご注文がお決まりでしたらお伺いします」と言ってくれたので姉さんは机からメニュー表を取って少し眺めていた。そんな姉さんを向かい合わせの席から見ていると久しぶりに姉さんを正面から見た気がするということに気がついた。私は姉さんのことを無意識的に避けていたのだろうか。
姉さんはメニューを閉じずに私にそのまま手渡した。
「私は……コーヒーでお願いします。翼は何にするの?私が払うから好きなの選んでいいわよ」
「ありがとう。なら……メロンソーダで」
メニューを一瞥してから注文を終えると店員さんはかしこまりましたと言って厨房へ消えていった。
「それにしても翼、いつもとは随分違う格好をしてるのね。あの子の声が聞こえなかったら分からなかったわ」
「わた……僕がこんな格好をしてたら変かな?」
「いえ……」
お互いに少し気まづい空気が流れていた。
姉さんとは僕が小さい頃は二人で遊んでいた記憶があるものの、姉さんが中学校に上がってからは二人で話した記憶があまりない。
ちょうど姉さんが頭角を現したのもその時期で、僕は無意識的に姉さんを避けていたのかもしれないし、姉さんはクールの言葉が似合うような人だったからそもそも会話が多くなかったからかもしれない。
実を言うと元々は姉さんはこんな性格じゃなかった。
僕とまだ一緒に遊んでいたような時期の姉さんはもっと明るくて、よく喋る人だった覚えがあるのだけど……。
「最近はどうなの?」
姉さんは未だ気まずい空気のなか僕に言った。
「母さんに怒られてばかりだよ。姉さんはできてたのにって」
「翼は翼で私は私なんだから、比べることは無いわよ」
「でも、なんでもできた姉さんと僕を比較したら見劣りするのは悔しいけど僕もなんとなくわかる気がするんだ」
「翼……」
「ご注文の品をお持ちしました!コーヒーとこちらメロンソーダになります」
二人の間の沈黙を突き破るようにやってきた店員さんは僕の目の前にメロンソーダ、姉さんの方にはコーヒーを置いた。
店員さんが一礼して去っていくのを見届けてから姉さんの目の前に置かれているコーヒーと僕のすぐ手前にあるメロンソーダを入れ替えた。
「ちょっと!何してるのよ?」
「姉さんがメニュー見てた時、こっちの方が飲みたそうにしてたと思ったんだけど……。もしかして違ったる」
姉さんがメニュー表を見てた時、コーヒーじゃなくてメロンソーダの方をじっと見ていた気がしたんだけど僕の気のせいだっただろうか。
余計なことをしてしまったのかもしれない。
僕はグラスを動かしていた手を引っ込めようとした時、姉さんは驚いたような顔をしたあと突然小さく笑った。
「翼にこんな特技があったなんて知らなかった」
久しぶりにこんな無邪気な姉さんを見た気がした。
まさに、僕とまだ一緒に遊んでいた頃の昔の姉さんそのものだった。
「人の顔色を伺い続けてただけだよ」
「手に入れる過程はどうであれ、それは立派な翼の力よ」
姉さんは、「すごいことだよ」と僕を褒めた。
久しぶりに人に褒められた気がして目の下が熱くなるくらい嬉しかった。
「翼には完璧なお姉ちゃんとして見てもらいたかったんだけどな」
姉さんは机に両肘をついて手の上に顎を乗っけた。
完璧でクールな姉さんならこんなことはしない。恐らくこっちが素なのだろう。
姉さんも『僕』と『私』のように自分を二つ持っていたのだ。
姉さんは僕に渡されたメロンソーダをじっと見つめたあとグラスを煽った。
「なんで姉さんは『完璧』を演じてたの?」
「まだ翼が小さかった頃ね、翼が私に向かって”姉さんはなんでもできてかっこいいね”って言ったことがあってね。それ以降、弟やお母さんが自慢できる姉になろう。って決めたの。単純だよね」
姉さんはそう言うけど、僕はそうは思わなかった。
たった一言が人良くも悪くもを変えることを僕は既に知っているから。
それに、完璧になろうって決意して、それを実際に実行してみせた姉さんには心から尊敬できた。
「勉強も、部活も、家事も。家族がそれで喜んでくれるから私は全部頑張った。その結果が今の私だよ」
「姉さんは家族が好きなんだね」
僕はまだ勘違いをしていた。
結芽を見て、努力している人間が自分一人ではないことはわかっていたつもりだった。けど、全然足りなかった。
僕は姉さんの人並み以上の努力を『完璧』の一言で片付けてしまっていた。
何もせずに何かを得られることはないというのに。
そのことにも気づかないなんてまたしても自分はなんて愚かなんだろうと思った。
「姉さんは『完璧』であり続けて、しんどくなかったの?」
誰しも自分であり続けることは難しく、辛いことだ。
それを僕は身をもって実感している。
姉さんにら『完璧』である故の壁がきっと沢山あっただろう。
『完璧』である姉さんは今の素の姉さんとは言葉使いも表情も大きく違う。
つらくなかったのだろうか?
僕は姉さんが心配だった。
「確かにしんどいことはあったよ。例えば弟が話しかけてくなくなったとかね」
「それは……ごめん」
「いいよ、別に。今は違うでしょ?」
姉さんの問いかけに僕は何度も首を縦に振った。
「それでも、『完璧』だった私も、『私』だから愛してあげないといけない。そうしていたら自然とつらくはなかった。だから、翼も今のその姿を否定しないであげて。それも立派な翼の一部だよ」
姉さんの言葉が胸にスっと入ってきたようだった。
この姿は忌むべき姿なんかじゃなかったのだ。
僕は私を愛してあげてもいいんだ。
誰かから許してもらえる。そんな理由でこの姿を愛すことは他の人から見たら少し薄情に思えるかもしれない。けど、僕にとっては大きすぎる理由だった。
結芽の時もそうだったように、自分を受け入れてくれる存在というのは心の支えになりうるのだから。
姉さんは続けて「それより翼!」と話を続けた。
「コーヒーを頼んだ方がかっこいいお姉ちゃんかなって思って頼んだのに、おかげで私の面目丸つぶれじゃない」
姉さんがあまりにも真剣な表情でそう言ってくるものだから危うくコーヒーを吹き出してしまうところだった。
「ふふっ。ごめんね」
「いいわよ。こっちこそありがと」
まるで昔に戻ったみたいだった。姉弟でこんなに話したのはいつぶりだろう。この時間が楽しかった。
「でも、愛してあげてとは言ったけど。そっか、そんな私が翼の負担になってたんだね。こんな格好をするくらい追い込んでしまった」
姉さんは申し訳なさそうに僕の着ている服を見た。
前の僕だったら姉さんの顔色を伺って「そんなことないよ。大丈夫」ってそれだけで済ませていたと思う。
けど、結芽に出会って、姉さんと話すことができて、僕はもう変わったんだ。
「姉さんの謝ることじゃないよ。……それに僕は姉さんの弟であることを恨んでも姉さんを嫌いになったことなんてただの一度もない」
「ありがと」
姉さんはホッとしたような様子だった。
「それに、この格好は最初は確かに僕が身を守るためのもので現実からの逃走手段だったのかもしれない。けどね、今、これは僕を作ってる立派な鎧だよ」
姉さんは驚いたような顔をしたけどすぐに優しい顔に戻って、そっかと納得してくれた。
僕にとって女装は、最初は本当に現実から逃げるためにしていたのかもしれない。自分が『姉さんの弟』以外の何者かになるために。
でも、それならなんで女装を選んだのか。
それはきっと、僕が姉さんに憧れていたからなんだと今思った。
僕はずっと姉さんから逃げたかったんじゃなくて姉さんと肩を並べたかったんだ。そんな自分になりたかったんだ。
「ねぇ、姉さん。僕のこの格好は……どう?」
「似合ってるよ。さすが私の自慢の弟だ」
そう言って姉さんは僕の手を両手でしっかりと、力強く握りしめた。
僕はこの時、今の姿と共に生きててもいいんだという確証を姉さんから得ることができた。
その後は今まで話せていなかった分を取り戻すかのように昔話や談笑に花を咲かせた。
結芽の話もした。
最後に僕に手を振ってくれたあのイケメンが女の子だと伝えると姉さんは驚いていた。
途中飲み物を追加で注文したりしているうちに刻々と時間は過ぎていき、そろそろ帰らないと母さんが帰ってくる時間になった。
僕らは会計をして店を出た。
お金は宣言通り姉さんが出してくれた。
だけど、その後トイレに行った姉さんのカバンの中に自分が飲んだ分のお金は入れておいた。甘えるのも大切だとは思ったけど、姉さんだって学費で苦しいはずだし、僕だってバイトしてるんだからそれくらい払わないと思い忍ばせておいた。あとは気づいたときの姉さんの反応は想像して密かに楽しんでいたのもあるかもしれない。
店を出て、後は母さんと話をするだけ。
正直これが一番荷が重かった。
「そういえば、私は今日は友達の家に泊まってくるから家には帰らないってお母さんに言っといて」
「姉さん勉強と部活ばっかりで友達いなかったのに?」
「うるさい!」
姉さんのおかげで僕の重かった心が少しだけ軽くなった。
姉さんはきっと、僕らが二人で話せるように気を使って今日は家に帰らないようにしてくれたんだ。
僕もその期待に応えないと。
「じゃあ、姉さん。また明日」
「うん。頑張ってきてね」
姉さんは僕の行く道とは逆方向に歩いて行った。
翼と別れたあと、裏路地に曲がった美優はある人物に会っていた。
「こんにちは、井上さん?どうしてここにいるのかなぁ?」
「あ、美優先輩……違うんです、これは……」
「弟たちは気づいてなかったみたいだけどずっとつけてまわってたみたいだね。弟のことが好きなのはいいけど、まだ渡す気はないよ?」
「あの、それは……その……」
「これからちょっと”お話”しよっか」
「すみませんでした!」
なんて出来事があったことは翼と結芽が知るのは当分、後のことになる。