あの話し合い以降、僕は二人が家にいる時でも『私』の状態で家を出ることも増えた。
二人はそんな僕を見送ってくれるようになった。
姉さんなんかはたまにおすすめのメイク用品を紹介してくれたり、貸してくれたりするようにもなった。
それを母さんはいつも微笑ましいというような感じで眺めていた。
さらに僕の方は結芽の指導の元、一年かけて女の人のような声も出せるようになり、外にいても堂々と結芽に話しかけられるようになった。
僕らが高校を卒業してからは、僕は家を出ないことを選んで県内の国公立大学に進学した。
家に居て、今まで一人で僕らを支えてくれた母さんに少しでも楽をさせてあげたかったのだ。
一方で結芽は僕の進学した大学よりも偏差値の高い隣県の国立大学に入学し、今年から一人暮らしのようだ。
姉さんも就職活動に勤しんでいるようで、もしかしたら就職を機に家に戻ってくるかもしれないなんて言っていた。
今の僕と結芽は、結芽が帰省する度に会うような関係で、『好きな格好』で集合というルールも未だに変わっていない。
僕らがお互いの家族に自分の秘密を打ち明けた次の日、学校で会った僕らは人目も気にせずにその日のことを報告し合った。
幸運なことに、結芽の方もお父さんとの関係を立て直すことができたようで文字通り飛び跳ねて喜んでいた。
そして、放課後には何故か井上さんが僕に謝罪しにきた。
いつかはこのことにもケリをつけないといけないと思っていたから丁度よかったとは思ったけど、何もしてないのになんでだろうと不思議に思った。
その後、メールアプリで井上さんのアカウントのブロックを解除することを条件に僕の秘密のことは誰にもばらさないと約束をしてくれた。
それからは井上さんと仲直りしてたまにメッセージでやり取りしたり、大会の応援に行くような仲になった。

7月も下旬に入り、結芽も夏休みになり帰省したとのことだったのでいつものように結芽と二人で遊んであると結芽は突然何か思いついたかのように口にした。
「ねぇ、翼は就職とかどうしようって思ってるの?」
「私は教師になろうと思ってるよ」
「いいね!でも、どうして?」
「私たちみたいな悩みを抱えてる子供たちを助けてあげたいからかな」
私たちは本当に運良く出会うことができた。
そのおかげでお互いを支え合うことができ、最終的には家族のことも上手くいくようになった。
でも、もし私たちが出会わなかったらどうなっていただろう。
結芽は変わらず部屋からは出られず、勉強ばかりに明け暮れていただろう。
私も大学進学を理由に家から出て母さんと姉さんとは連絡を取らない関係になってたかもしれない。
私たちは偶然、上手く事が進んだだけでもしかしたら他の人が同じことをしても理解されることなく、辛い思いをしていたかもしれない。
私はそんな思いを今の子供たちにして欲しくなくてその子たちを導いてあげられる立場につきたかった。
「結芽は?」
「うーん、私も考えたけどやっぱり服関係がいいかなって思ってる」
「服好きだしいいじゃん。似合ってるよ」
「そう?ありがと」
私たちはまた別々の道へ進んでいく。
その先ではきっと自分を貫いても理解を得られないことも弾圧されることもあるだろう。
それでも、少なからず理解を得られたり、人の暖かい心に触れることがどこかであるはずだ。
私たちはその出会いを大切に、大切に、していかなければならないと私たちは過去の体験から誓ったのだ。