(りゅう)が突然いなくなり、もう二週間が経ってしまったな……」

 窓際の牀に腰掛ける青年、(とう)伯蓮(はくれん)は呟いた。
 中性的な美しい横顔は、星々が輝きを放つ夜空を向いており、その表情はとても悲しげで憂いを帯びている。

 城壁で囲われた、宮城内の東の一画。
 そこに一際目立つ、大きな三階建の宮殿があった。
 色鮮やかな琉璃瓦と、朱色の柱が均等に幾つも並び、一目で身分の高さが窺える煌びやかな建造物だ。
 これが皇太子専用の邸宅、蒼山宮(そうさんきゅう)
 その一番高い場所にある私室で、伯蓮は星空を見上げてはため息をつく。
 絹素材の中衣を纏い、就寝前の静かな刻を過ごしていた。
 すると伯蓮の言葉に応えるように、不思議な声が周囲に響く。

「ミャウミャウ……」

 その正体は、膝上でおとなしく座っていた小さなあやかし。
 全体的に猫の姿をしているが、耳だけが兎のように大きくピンと立っている。
 東雲色の“(せい)”も、(つがい)である流に想いを馳せていた。

「星も、流を心配しているのだな」

 星を優しく撫でる伯蓮が、ようやく笑みを浮かべた。
 皇太子だけが住まう、この蒼山宮内のどこかに必ず流はいる。
 なのに、伯蓮自身は自由に捜索に出ることができない。
 そんな己の身分を憐れんでいると、奇跡的な光が視界に入った。

「流星だ」

 伯蓮はすぐに目を閉じて、心の中で祈りを捧げた。
 夜空を駆ける流星は、地上に災禍をもたらす“天の(いぬ)”と恐れられている。
 しかし伯蓮には、その正体があやかしなどではないことを知っていた。
 あれは、天の神が願いを叶えてくれる輝きに違いない。
 だから伯蓮は、突然姿を消した流の早期発見を願った。


  ***


 広大な大陸の中で、夏は涼しく冬は雪が微かに積もる北の地域。
 それを治めている国家が、鄧北国(とうほくこく)
 長らくこの地に住む、鄧一族によって続いてきた王朝。
 時折、王宮内で小さないざこざはあるものの、優秀な臣下や軍に恵まれた。
 何より皇帝陛下という人間界の神の象徴の下、なんと四百年の歴史を持つ。
 おかげで、外廓で囲まれた巨大王都の柊安(しゅうあん)も、周辺の郡城や(きょう)も安泰な生活を送っていた。
 伯蓮は、そんな由緒ある王朝を治める十九代皇帝陛下の後継者として、非常に期待が高まる皇太子。
 齢十七歳にして、その外見は眉目秀麗で背丈がスラリと高い。
 透き通るような白い肌を持ち、目元は凛々しくも優しさを帯びていた。
 おなごよりも美しく長い黒髪には、煌びやかな簪が飾られている。
 常に冷静沈着で聡明であると、評価も高い。
 そんな彼の情報は、官吏たちだけに留まらず。後宮に住まう侍女や宦官、下働きの下女たちの間でも密かに知れ渡っていた。
 本人の意思などお構いなしに、未来の第二十代皇帝として人気者となっていった――。