6
翌日の昼下がりに二人が村から出発するときに、サキが駆け足で精製した薬品を詰めた袋を持ってきてくれた。
「レト君、これも! あっちの村の抗生物質。それとこっちが途中の見張り所の補給分」
だがサキが話しかけたのはレトだけで、トラとは一瞬だけ目を合わせたが無視。冷淡で険のある眼差しだったように思う。
どうやら二人はあまり仲が良くないらしい。
原因はトラ自身の態度や見方であるらしいが、サキには珍しいほどの愛想なさだった。伝聞したところでは、いつぞやこんな会話があったとか。
「人間のくせに、人間を裏切って魔族から金貰って裏切ったバカが後を絶たない」
トラは数年前の致命的な戦場で、味方陣営のはずの人間の裏切りと戦線崩壊で、破滅を目の当たりにして本人も死にかけたらしい。
たまたま酔っ払って、機嫌が悪くメランコリックになったサキが過剰反応したようだ。
「それって、私のことの当てこすり? 私の母さんのこと? 私は魔族と人間のハーフ混血だし、母さんだって人間に苛められたからあんなになっただけで、可哀想な人だった。
私に「栄養不足にならないように」って、胸を針で刺して自分の血を飲ませてくれたし、「あなたのお兄ちゃんがいる」って幽霊に怯えていたわ。たまにヒステリー起こして下僕の人間を鞭打っていたけど、でもけっこう気遣ってた。わかってる人たちは「あの人はいい人だけど心を病んでいるだけだ」ってわかってくれたし、人間を面白半分で殺して食べてたなんてのも、嘘の噂よ」
サキの人間の母親は、人間の盗賊(元は滅んだ国の不良になった軍隊)に捕獲されて監禁・虐待され、魔族側に走った女だったらしい。望まず妊娠していた誰のものかもわからない子供を臨月間近で堕胎して、魔族の有力者に手ずから調理して食膳と酒肴に捧げた。それから気が狂ったようになっていたらしい。
「あなたって魔族嫌いなだけじゃなくって、人間のことも嫌いでしょ?」
「ああ、そうかもな」
「私、あなたとだけは寝たくない。生理的に無理。だって「愛」してくれない人なんて」
「ふうん、媚びへつらって機嫌とってでも他人から愛されたい人ってわけか? 愛情乞食? 本質ではお前の母親と変わらないよな?」
直後にサキはトラバサミの仮面に、拳固で思いっきりに殴りつけたという(殴ったサキの手があとで腫れ上がったとか)。泣き出してヒステリーを起こして、いつもならまずないような不機嫌さと癇癪ぶりだったと聞く。
個々の経緯や性格の合わなさだとか。
偶然のタイミングや巡り合わせもあるだろう。
要するに、トラはサキを信用しておらず、将来的な狩猟対象の敵のように考えており、サキからすればそれを敏感に感じとったのだろうか。そんな下地や前条件がたまたまのきっかけで、相互嫌悪に発展したようだった。
7
このときの朝食の前にサキがレトに話しかけて、トラのことを聞いてきた。
「あいつ、あの鉄仮面があなたのお姉さんと仲良くなったって、あれ本当?」
「はい? ええ、そうですけど。僕もお世話になってますし」
「どんな感じ? あいつ、愛とかあるわけ。近ごろ急に、殺気みたいなプレッシャーが減った感じで変っていうか、丸くなったっていうか」
「え? あ、たぶん。姉がノロケてきます」
すると、サキは少し驚いたような感動したようなふくれて拗ねたような顔になった。
「あいつ、会ったときとかその後もすごい殺気みたいな。あれって私にだけってことかな? 「人間のくせに魔族みたいな奴だな」って、めっちゃ気持ち悪かったけど。あれ、やっぱり私にだけかあ」
サキは考え込むような口惜しそうな表情で「私が気にしたのは黙っといてね」と言っていた。感覚が鋭く、内面の葛藤やデリケートさがあるサキにとっては、トラの態度や本質的な一部分がどうしても耐えがたかったのか。
8
村を離れてから、レトはトラに言った。
「サキさんって、そんな悪い人じゃないですよ」
「だとしても、いずれ必要なら殺すしかない。周りにいる取り巻き連中の人間も。感傷とか無駄な感情は他のお人好しに任せておけばいい」
「トラは、サキさんを疑ってるんですか? それとも魔族が嫌いだからとか」
するとトラは、トラバサミの鉄仮面の奥で小さく笑った様子がした。
「そう! その両方だが、前のときの調子からしたら当面は殺す必要はない。「愛情乞食」と言ってやったら怒っていたが、たぶん当たらずしも遠からずで図星なんじゃないかな?
もしこっちや人間を無難に偽って騙すつもりだったら、こっちが都合の良い勘違いしていたら、もっともらしく装ったりしそうなものだが。態度や反応からして違うと感じたし、あれが全部騙すための演技だったら逆にたいしたものだ」
「確かめるために、わざと勘に触るようなことを言ったんですか? トラはしょっちゅうやり方が酷いときあります」
また、トラは鉄仮面の奥で笑ったようだった。
「それが持ち前だからな。
あいつ、頭のゆるいお人好しの軽尻に見えて、けっこうプライド高くて性格複雑そうだなーとか。単にバカ女とかゆるいっていうだけより、歪んでこじれたような。
それに、俺に「魔族みたいだ」なんて言った意味を考えてみたが、あいつ自身や人間の母親が周りの魔族から捕食対象の餌や獲物みたいに見られてたのかもしれないな。だったら、ハンター(狩人)の俺に「魔族みたいだ」って言うのもわかるし、あいつが人間と親しくなったのも。
置かれた立場のストレスで性癖が歪んだり暴走して、そういう習性や性格になったのか。ここで見かける機会ある度に様子見して観察もしていたんだが、一人でいるときに警戒や不安や恐怖や気持ちが沈んでるような顔のときがけっこうあって、反対に取り巻きの人間と一緒にいるときに安心してくつろいでる感じなのな。
まだ、魔族からなぶり殺しして食われたりするくらいだったら、慕ってくる人間と付き合ったり寝た方がはるかにマシで安心できるだろうし」
レトは黙り込んで、二人で帰路を急いだ。
翌日の昼下がりに二人が村から出発するときに、サキが駆け足で精製した薬品を詰めた袋を持ってきてくれた。
「レト君、これも! あっちの村の抗生物質。それとこっちが途中の見張り所の補給分」
だがサキが話しかけたのはレトだけで、トラとは一瞬だけ目を合わせたが無視。冷淡で険のある眼差しだったように思う。
どうやら二人はあまり仲が良くないらしい。
原因はトラ自身の態度や見方であるらしいが、サキには珍しいほどの愛想なさだった。伝聞したところでは、いつぞやこんな会話があったとか。
「人間のくせに、人間を裏切って魔族から金貰って裏切ったバカが後を絶たない」
トラは数年前の致命的な戦場で、味方陣営のはずの人間の裏切りと戦線崩壊で、破滅を目の当たりにして本人も死にかけたらしい。
たまたま酔っ払って、機嫌が悪くメランコリックになったサキが過剰反応したようだ。
「それって、私のことの当てこすり? 私の母さんのこと? 私は魔族と人間のハーフ混血だし、母さんだって人間に苛められたからあんなになっただけで、可哀想な人だった。
私に「栄養不足にならないように」って、胸を針で刺して自分の血を飲ませてくれたし、「あなたのお兄ちゃんがいる」って幽霊に怯えていたわ。たまにヒステリー起こして下僕の人間を鞭打っていたけど、でもけっこう気遣ってた。わかってる人たちは「あの人はいい人だけど心を病んでいるだけだ」ってわかってくれたし、人間を面白半分で殺して食べてたなんてのも、嘘の噂よ」
サキの人間の母親は、人間の盗賊(元は滅んだ国の不良になった軍隊)に捕獲されて監禁・虐待され、魔族側に走った女だったらしい。望まず妊娠していた誰のものかもわからない子供を臨月間近で堕胎して、魔族の有力者に手ずから調理して食膳と酒肴に捧げた。それから気が狂ったようになっていたらしい。
「あなたって魔族嫌いなだけじゃなくって、人間のことも嫌いでしょ?」
「ああ、そうかもな」
「私、あなたとだけは寝たくない。生理的に無理。だって「愛」してくれない人なんて」
「ふうん、媚びへつらって機嫌とってでも他人から愛されたい人ってわけか? 愛情乞食? 本質ではお前の母親と変わらないよな?」
直後にサキはトラバサミの仮面に、拳固で思いっきりに殴りつけたという(殴ったサキの手があとで腫れ上がったとか)。泣き出してヒステリーを起こして、いつもならまずないような不機嫌さと癇癪ぶりだったと聞く。
個々の経緯や性格の合わなさだとか。
偶然のタイミングや巡り合わせもあるだろう。
要するに、トラはサキを信用しておらず、将来的な狩猟対象の敵のように考えており、サキからすればそれを敏感に感じとったのだろうか。そんな下地や前条件がたまたまのきっかけで、相互嫌悪に発展したようだった。
7
このときの朝食の前にサキがレトに話しかけて、トラのことを聞いてきた。
「あいつ、あの鉄仮面があなたのお姉さんと仲良くなったって、あれ本当?」
「はい? ええ、そうですけど。僕もお世話になってますし」
「どんな感じ? あいつ、愛とかあるわけ。近ごろ急に、殺気みたいなプレッシャーが減った感じで変っていうか、丸くなったっていうか」
「え? あ、たぶん。姉がノロケてきます」
すると、サキは少し驚いたような感動したようなふくれて拗ねたような顔になった。
「あいつ、会ったときとかその後もすごい殺気みたいな。あれって私にだけってことかな? 「人間のくせに魔族みたいな奴だな」って、めっちゃ気持ち悪かったけど。あれ、やっぱり私にだけかあ」
サキは考え込むような口惜しそうな表情で「私が気にしたのは黙っといてね」と言っていた。感覚が鋭く、内面の葛藤やデリケートさがあるサキにとっては、トラの態度や本質的な一部分がどうしても耐えがたかったのか。
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村を離れてから、レトはトラに言った。
「サキさんって、そんな悪い人じゃないですよ」
「だとしても、いずれ必要なら殺すしかない。周りにいる取り巻き連中の人間も。感傷とか無駄な感情は他のお人好しに任せておけばいい」
「トラは、サキさんを疑ってるんですか? それとも魔族が嫌いだからとか」
するとトラは、トラバサミの鉄仮面の奥で小さく笑った様子がした。
「そう! その両方だが、前のときの調子からしたら当面は殺す必要はない。「愛情乞食」と言ってやったら怒っていたが、たぶん当たらずしも遠からずで図星なんじゃないかな?
もしこっちや人間を無難に偽って騙すつもりだったら、こっちが都合の良い勘違いしていたら、もっともらしく装ったりしそうなものだが。態度や反応からして違うと感じたし、あれが全部騙すための演技だったら逆にたいしたものだ」
「確かめるために、わざと勘に触るようなことを言ったんですか? トラはしょっちゅうやり方が酷いときあります」
また、トラは鉄仮面の奥で笑ったようだった。
「それが持ち前だからな。
あいつ、頭のゆるいお人好しの軽尻に見えて、けっこうプライド高くて性格複雑そうだなーとか。単にバカ女とかゆるいっていうだけより、歪んでこじれたような。
それに、俺に「魔族みたいだ」なんて言った意味を考えてみたが、あいつ自身や人間の母親が周りの魔族から捕食対象の餌や獲物みたいに見られてたのかもしれないな。だったら、ハンター(狩人)の俺に「魔族みたいだ」って言うのもわかるし、あいつが人間と親しくなったのも。
置かれた立場のストレスで性癖が歪んだり暴走して、そういう習性や性格になったのか。ここで見かける機会ある度に様子見して観察もしていたんだが、一人でいるときに警戒や不安や恐怖や気持ちが沈んでるような顔のときがけっこうあって、反対に取り巻きの人間と一緒にいるときに安心してくつろいでる感じなのな。
まだ、魔族からなぶり殺しして食われたりするくらいだったら、慕ってくる人間と付き合ったり寝た方がはるかにマシで安心できるだろうし」
レトは黙り込んで、二人で帰路を急いだ。