2
この世界は「魔族帝国統治エリア」と「人間やエルフの自治独立エリア」に分かれて、長い抗争が続いているのだった。
魔族帝国といっても、住民の全部が魔族ばかりというのではなく、魔族が政治的な支配権を握っている領域ということ。当然ながら人間は下層民の奴隷階級や家畜として扱われる。
この「家畜」というのは、魔族たちは人間の血肉から特殊な酵素や栄養分をとらなければ、健康的に生きられず最悪は生命維持すら困難になる。人間と魔族の亜種であるエルフやドワーフも捕食されることはあるのだけれど、絶対数や捕獲と飼育の容易さや、含まれる酵素成分の含有量からすれば「人間こそ魔族のための先天家畜」とされている。
上古の伝説や歴史書によれば、魔族やエルフ・ドワーフは同根であるとされており、人間(サピエンス)と分化した亜種の「人」とされる。価値観や解釈として、魔族側は「自分たち(魔族)こそ上級支配種族であって、人間は家畜や奴隷だ」という主張と「魔族は異常な呪われた種族である」という二つの正反対の見方が真っ向から対立していることになる。
エルフやドワーフの各氏族グループでは、人間陣営側につく者や氏族集団が多いわけだが(それでもしばしば敵対・迫害や確執もあるけれども)、一部に「魔族寄り」のグループがおり、「深淵(アビス)エルフ」だの「暗黒(ダークネス)エルフ」だのと呼ばれる。魔族支配下では同じ下層民・被支配階級でも人間より上位の存在とされることが多く、魔族に恭順な者やグループは交際や混血で人間捕食や魔族原理主義の思想と文化に染まる。
そして何よりも、魔族が「帝国」を維持出来ている理由の一つは、実は敵対しているはずの人間側にも原因がある。人間相互での争いに魔族勢力が利用価値があったり、魔族支配下での奴隷労働による利益が直接・間接の両面で人間側の諸国・地域エリアに還流されているからだ。そのために人間側の腐敗を中心として、わざと魔族帝国・支配エリア(さらには傘下のギャングなど)を野放しや手加減して危機を招いている一面がある。
矛盾と歪みが招いた最悪の悲劇は僅か数年前の話で、人間側の反魔族レジスタンスと一部の正規軍が魔族支配エリアの解放作戦を実行したが、裏切り行為によって頓挫した。戦意の高い部隊やグループをわざと突撃させてそのまま最前線に置き去りにしたり、切り札を保管する者たちが背後から味方の人間側に魔術砲撃・一斉射撃したこともあって、指導者への暗殺や各種のスパイ行為や買収・脅迫が横行した。参加していた人間側の諸国グループは指揮統制や相互の信頼が保てなくなってしまい、正常に一致して戦えば解放・奪還できた地域(数カ国に相当する規模や人口)を諦めて放棄するしかなくなってしまい、多数の有望有能な将兵や人材を失って劣勢にすらなってしまった。
3
「クリュエルさん、お元気でしょうか?」
「地味な作業仕事ばかりだと手紙でぼやいていたな。特技が役に立ちつつ、災いしてるらしい」
エルフ村を訪れたレトとトラ。
ここはエルフや人間の焼け出された避難民が集まって開拓・要塞化した村落地域で、人間陣営のレジスタンス拠点でもある。軍や政治関係の協力者・同調者も出入りしているために、武器や医薬品などの物資の取引市場や店舗があったり、フリー対象の冒険者ギルドもある。
頭目リーダーの一人であるクリュエルはトラの友人でもある人間の勇士で「聖剣を折った男」や「原人騎士」として知られる。
「どうもです」
「おお、あんたらか。うちの人も喜ぶわ。ちょうどイノシシ捕れたし食ってくとええ」
出迎えたマタギ(狩人風の伝統衣装)姿の森林エルフの若奥様に、レトがご挨拶。森林エルフはよくあるエルフの代表的なイメージだが、氏族によっては東洋系の顔立ち。
やや筋肉質でスポーティに精悍な彼女はクリュエル・サトーの正妻でもある。素朴だが優しげで少し気の強そうな逞しい田舎娘の雰囲気。姉とも狩猟やパトロールなどで友人・仲間らしいと知ったは最近のことだ。
「晩御飯の味つけどうする?」
やや遅れて、ひょっこりと顔を出す若い女。エプロンの裾とスカートをたなびかせて、つややかな栗色の髪にくりっと悪戯っぽい眼差しに、看護兵の腕章を付けていた。
トラはやや警戒している様子でもある。トラバサミの鉄仮面ヘルメットをしていても、普段から一緒にいるレトには気配でわかる。曰く、必ずしも全く信用していないわけではないらしいが、本能の警戒と猜疑心らしい。
「うみゅ? どっかで見たお客さんだね! やっほ、わんちゃん元気してた?」
出合い頭から「犬」呼ばわり。
いつぞやは耳を執拗にいじくられ、途中で姉に制止・救出されていなかったらきっと頭がどうにかなっていた。あんないやらしい触り方をされたのは人生で初めてでした。
「ども」
それでも半ば反射的に会釈のお辞儀するレト。恭順は本能です。
このサキという美女は魔族ハーフ混血で「サキュバス姫騎士」。父親は魔族の伯爵(中堅の魔王)らしかったが母親が人間であるため、さほどの人間捕食を必要としない。「肉を食べるかミルクを飲むだけか」という違いは大きかったそうだ。友好的な吸血やサキュバス行為しているうちに人間と仲良くなり、とうとう魔族の残虐暴虐に耐えかねて被支配層の人間の支持者と一緒に脱走してきた。「人間だって、ペットの犬や猫を毎日イジメ殺して喜んでるアホと日々一緒にいられる?」との言い分。
そのため、この村の住民の三分の一は彼女が引き連れてきた庇護民で「男爵」「領主様」などと敬われている。こんなふうでも幹部やリーダー格の一人であるらしいが、普段は野戦病院で看護婦したり炊飯の手伝いしたりで割と普通らしい。性格は人間の基準からしても良い部類なのだろうが、無自覚の絶対数な優越感・卓越感も(余裕のある態度や優しさの)理由のようだ。
こんな無邪気で清楚にすら見える彼女が豹変するのは、夜。たまに(しばしば?)昼間でも盛っているらしい。人気の隠れた裏事情でもあるそうだが、最初のうちはかえって魔族側のスパイ疑惑を招いていたようだ。その後にただの本性・天然だと理解されて、他の態度や振る舞いから信頼されるようになってはいるものの、いまだ賛否両論や呆れられている節もあるのだとか。
レトの姉曰く「あんたも臭いでわかるでしょ? あの人はあり得ないくらい淫乱なド変態女だって」。ええ、(獣エルフは嗅覚が鋭いので)臭いだけで気が狂いそうになってきます。女の強烈な発情と複数の男たちの劣情の臭いで、鼻が焦げたようになって頭が恍惚とぼおっとしてきます。
この世界は「魔族帝国統治エリア」と「人間やエルフの自治独立エリア」に分かれて、長い抗争が続いているのだった。
魔族帝国といっても、住民の全部が魔族ばかりというのではなく、魔族が政治的な支配権を握っている領域ということ。当然ながら人間は下層民の奴隷階級や家畜として扱われる。
この「家畜」というのは、魔族たちは人間の血肉から特殊な酵素や栄養分をとらなければ、健康的に生きられず最悪は生命維持すら困難になる。人間と魔族の亜種であるエルフやドワーフも捕食されることはあるのだけれど、絶対数や捕獲と飼育の容易さや、含まれる酵素成分の含有量からすれば「人間こそ魔族のための先天家畜」とされている。
上古の伝説や歴史書によれば、魔族やエルフ・ドワーフは同根であるとされており、人間(サピエンス)と分化した亜種の「人」とされる。価値観や解釈として、魔族側は「自分たち(魔族)こそ上級支配種族であって、人間は家畜や奴隷だ」という主張と「魔族は異常な呪われた種族である」という二つの正反対の見方が真っ向から対立していることになる。
エルフやドワーフの各氏族グループでは、人間陣営側につく者や氏族集団が多いわけだが(それでもしばしば敵対・迫害や確執もあるけれども)、一部に「魔族寄り」のグループがおり、「深淵(アビス)エルフ」だの「暗黒(ダークネス)エルフ」だのと呼ばれる。魔族支配下では同じ下層民・被支配階級でも人間より上位の存在とされることが多く、魔族に恭順な者やグループは交際や混血で人間捕食や魔族原理主義の思想と文化に染まる。
そして何よりも、魔族が「帝国」を維持出来ている理由の一つは、実は敵対しているはずの人間側にも原因がある。人間相互での争いに魔族勢力が利用価値があったり、魔族支配下での奴隷労働による利益が直接・間接の両面で人間側の諸国・地域エリアに還流されているからだ。そのために人間側の腐敗を中心として、わざと魔族帝国・支配エリア(さらには傘下のギャングなど)を野放しや手加減して危機を招いている一面がある。
矛盾と歪みが招いた最悪の悲劇は僅か数年前の話で、人間側の反魔族レジスタンスと一部の正規軍が魔族支配エリアの解放作戦を実行したが、裏切り行為によって頓挫した。戦意の高い部隊やグループをわざと突撃させてそのまま最前線に置き去りにしたり、切り札を保管する者たちが背後から味方の人間側に魔術砲撃・一斉射撃したこともあって、指導者への暗殺や各種のスパイ行為や買収・脅迫が横行した。参加していた人間側の諸国グループは指揮統制や相互の信頼が保てなくなってしまい、正常に一致して戦えば解放・奪還できた地域(数カ国に相当する規模や人口)を諦めて放棄するしかなくなってしまい、多数の有望有能な将兵や人材を失って劣勢にすらなってしまった。
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「クリュエルさん、お元気でしょうか?」
「地味な作業仕事ばかりだと手紙でぼやいていたな。特技が役に立ちつつ、災いしてるらしい」
エルフ村を訪れたレトとトラ。
ここはエルフや人間の焼け出された避難民が集まって開拓・要塞化した村落地域で、人間陣営のレジスタンス拠点でもある。軍や政治関係の協力者・同調者も出入りしているために、武器や医薬品などの物資の取引市場や店舗があったり、フリー対象の冒険者ギルドもある。
頭目リーダーの一人であるクリュエルはトラの友人でもある人間の勇士で「聖剣を折った男」や「原人騎士」として知られる。
「どうもです」
「おお、あんたらか。うちの人も喜ぶわ。ちょうどイノシシ捕れたし食ってくとええ」
出迎えたマタギ(狩人風の伝統衣装)姿の森林エルフの若奥様に、レトがご挨拶。森林エルフはよくあるエルフの代表的なイメージだが、氏族によっては東洋系の顔立ち。
やや筋肉質でスポーティに精悍な彼女はクリュエル・サトーの正妻でもある。素朴だが優しげで少し気の強そうな逞しい田舎娘の雰囲気。姉とも狩猟やパトロールなどで友人・仲間らしいと知ったは最近のことだ。
「晩御飯の味つけどうする?」
やや遅れて、ひょっこりと顔を出す若い女。エプロンの裾とスカートをたなびかせて、つややかな栗色の髪にくりっと悪戯っぽい眼差しに、看護兵の腕章を付けていた。
トラはやや警戒している様子でもある。トラバサミの鉄仮面ヘルメットをしていても、普段から一緒にいるレトには気配でわかる。曰く、必ずしも全く信用していないわけではないらしいが、本能の警戒と猜疑心らしい。
「うみゅ? どっかで見たお客さんだね! やっほ、わんちゃん元気してた?」
出合い頭から「犬」呼ばわり。
いつぞやは耳を執拗にいじくられ、途中で姉に制止・救出されていなかったらきっと頭がどうにかなっていた。あんないやらしい触り方をされたのは人生で初めてでした。
「ども」
それでも半ば反射的に会釈のお辞儀するレト。恭順は本能です。
このサキという美女は魔族ハーフ混血で「サキュバス姫騎士」。父親は魔族の伯爵(中堅の魔王)らしかったが母親が人間であるため、さほどの人間捕食を必要としない。「肉を食べるかミルクを飲むだけか」という違いは大きかったそうだ。友好的な吸血やサキュバス行為しているうちに人間と仲良くなり、とうとう魔族の残虐暴虐に耐えかねて被支配層の人間の支持者と一緒に脱走してきた。「人間だって、ペットの犬や猫を毎日イジメ殺して喜んでるアホと日々一緒にいられる?」との言い分。
そのため、この村の住民の三分の一は彼女が引き連れてきた庇護民で「男爵」「領主様」などと敬われている。こんなふうでも幹部やリーダー格の一人であるらしいが、普段は野戦病院で看護婦したり炊飯の手伝いしたりで割と普通らしい。性格は人間の基準からしても良い部類なのだろうが、無自覚の絶対数な優越感・卓越感も(余裕のある態度や優しさの)理由のようだ。
こんな無邪気で清楚にすら見える彼女が豹変するのは、夜。たまに(しばしば?)昼間でも盛っているらしい。人気の隠れた裏事情でもあるそうだが、最初のうちはかえって魔族側のスパイ疑惑を招いていたようだ。その後にただの本性・天然だと理解されて、他の態度や振る舞いから信頼されるようになってはいるものの、いまだ賛否両論や呆れられている節もあるのだとか。
レトの姉曰く「あんたも臭いでわかるでしょ? あの人はあり得ないくらい淫乱なド変態女だって」。ええ、(獣エルフは嗅覚が鋭いので)臭いだけで気が狂いそうになってきます。女の強烈な発情と複数の男たちの劣情の臭いで、鼻が焦げたようになって頭が恍惚とぼおっとしてきます。