3
 圧勝して舐めていたのがいけなかった。
 ついに悲劇が訪れるときがきた。

「ボクシングしようよ。キックありで。そんなに気になるなら私は防具着けるから」

 練習になるからとか、魔法防具着けているから変身前の腕力なら殴っても大丈夫だろうとか。そんな考え方が甘かった!
 ドワーフ娘は「打撃の鬼」だった。
 まるで四方八方から石やハンマーでめった打ちされるようだった。頭の中で「やめて、勘弁して」という言葉が浮かんでいた。
 殴られる度に肉が潰れる。
 動きが見切りきれない。
 引き手が早く、たとえつかみや投げ技がオッケーでも、実行は困難だったかもしれない。もし本気で対抗しようとおもえば、抱きつきタックルするか変身でもするしかあるまい。
 殴られた脇腹からの衝撃で肺が悲鳴をあげる。横っ面の顎を掠められて脳振盪っぽくなった顔面にグローブが直撃、鼻血。野獣のように猛然と襲いかかるドワーフ娘は目つきまで違っていた。
 ローキックで骨が震えるようで、数発蹴られただけで足が覚束なくなってくる。被弾した太股が腫れてきて、膝がうまく曲がらず変になる。
 ひょいと肩を抱かれ「優勢なのにクリンチしてきた?」とわけがわからず、直後に膝蹴りがみぞおちにめり込む。

「がはっ!」

 しかも連打。内臓が潰れるかと思った。
 とんっと突き放され、アッパーカットでKO。

「ふだんは肘打ちもするけど」

 ドワーフ娘は過酷なことを言って、お茶を飲みながら笑っていた。少しは気が晴れてわだかまりも解けたのか、レトへの態度も打ち解けた。
 試練に耐えた価値はあっただろうか。

「だけどさ、最初に言ったときレトはどうして相撲は嫌だったの? レトはそういうのだったら得意そうなのに」

「だって、女の子相手では」

「ふうん? そういう目で見てたんだ?」

 てっきりこの修羅格闘姫の機嫌を損ねたかとギクリとしたものの、それは杞憂だったようだ。まんざらでもなさそうな顔で「これからよろしく」と告げられてレトはほっとしたものだ(女の子として見られて気を良くした? 特別美人というより体育系・健康派、レトとしても嫌いではないが)。


4
 また姉の日記が、これ見よがしに机上に開いておきっぱなしになっていた。

「犬になってシャンプーとブラシを持参し、全身をまさぐり洗われた。「洗うと乾くまで臭い」などと酷いことを言うので、その晩に上に「生犬布団」になってのしかかって寝てやった。愛のあるモフモフに溺れてやがった」

 姉は、トラに対して「犬化」した。
 孤高の牝狼、どこへいった?
 どこへも行っていない、変身しただけ?
 覗きに行ったら、犬になってトラに膝枕させて腹を見せ、弟にニヤリ。

「あの子、あなたが気に入ったのかもね」

 そんな姉の言葉と、よく知っていたあのドワーフ娘の顔が頭をよぎる。あの狂暴ちゃんがはたしてここまでデレデレするとは考えにくいが、目の前に類似の前例があるだけに(略)。
 遠く聞こえた彼女の声に、当惑で耳がピクリと動いた。


5
 だがそれはつかの間の平穏だった。
 裏協定によって、その地域とレトたちの小さな村ごと魔族の(暗黙の)支配領域・狩り場に売り飛ばされたからだ。人間の腐敗利得した有力者たちからすれば、自分たちの利益のためなら下層の庶民や味方でも余所のエルフやドワーフどうなろうが「知ったこっちゃあなかった」。
 侵攻してくる魔族帝国軍を迎え撃つため、周囲・近辺の都市の一部(過半は「目を付けられる」のを恐れたり負担と危険を嫌って関与を拒否した)から部隊が出撃し、レジスタンスの兵士たちも出陣した。
 けれども、「支援する」と出てきた魔術協会の魔術者たちは戦闘が始まる直前に、戦術的撤退とやらで「有心残像」などで逃げ去った(騙し目的だったらしい)。また一部都市の部隊も突如として撤収してしまい、士気の高い者たちが最前線に取り残されて生贄に売り飛ばされる格好になる。四方八方から撃ちまくられ、味方(のはずの出撃してきた友軍)にまで「嵌められた」と気付いたときには手後れであった(多大な被害と損耗で後々まで響く)。
 後方から支援射撃かと思いきや、後ろから魔法の火矢が降り注いだり、近くの要塞都市にまで落ち延びた者たちが「関係ない、関わるな!」と保護されず、城壁から石を落とされて、追いついてきた魔族側の追撃部隊から皆殺しにされたり。

「またかよ!」

 トラなども珍しく怒りもあからさまに毒づいていた。迎撃の戦線に参加して、大敗北と惨禍に巻き込まれつつ。幸いにも本人自身が優秀な魔法戦士で、クリュエルなどの指揮するレジスタンスの精鋭部隊と一緒であったために難を逃れたようだったが、人間戦士を中心にした他の部隊が目の前で壊滅するのは救えなかったらしい。
 最初の作戦ではセット運用で連携するはずだった、魔術協会の送った護衛の魔法使いたちが計画的な任務放棄逃げてしまったため、人間の戦士だけの部隊は魔法面で防御や援護してくれる人員を欠いて為す術もなかったようだ。
 だからレトと姉、二人の女性メンバーを含むレトリバリックチームの最初の冒険ミッションは、村や地域から脱出や仮設陣地で立て籠もりする住民・避難民たちの護衛や手助けだった。
 幸いにクリュエルやサキの先に作っていた避難民村(屯田兵村)が比較的に近くの距離にあったため、どうにか逃げ出してそちらに合流できた者が四分の一いるかいないか(近場で仮設の陣地・居住区を作ったり)。
 第一次の殺戮と蹂躙から逃げられた彼らはまだ幸運な部類であった。それ以外は殺されたり、捕囚されて奴隷に連れ去られた。