「こんなこともあろうかと用意してきたから、そんな顔をするな」
「わざわざ用意してくださったのですか?わたしのために…?」
「君以外に誰がこんな量のフォークを使うんだ」
「…殿下っ!」

(なんてお優しい方なの!?この方が次代の国王なら国は安泰ね!)

 シャルロッテはスワードの優しさに痛く感激し、それはそれで密かに怪力発動していた。

 スワードがこうして全力で訓練に向き合ってくれるのなら自分はもっと全力で挑もう。意気込んだシャルロッテはスワードが用意したフォークの山に手を伸ばした。

 それから約5分、シャルロッテの横にはフォーク「だった物」がガチャガチャと山積みになっていた。そして今手に取ったフォークが最後の1本だったが、

 ──メキッ!

 シャルロッテは全てのフォークをへし曲げた。シャルロッテ自身も自分を信じられなかったし、スワードもまた目を丸くして食事の手を止めた。

「一応50本あったのだが…君は可愛いものに弱いようだな」
「そ…そのようです…」
「まさか自分でも知らなかったのか?」
「こんな可愛い食べ物は初めてです。うちはなんというか…し…渋い?趣向の家でして」
「は?渋い?」

 シャルロッテがしどろもどろで応えると、スワードは嘘をつくなと言わんばかりにシャルロッテを刺すように見つめた。

(もしかして屋敷に可愛い物が少ないのは予防保全…!?もうもうっ!しっかり裏目に出ましたわよお父様!!)

「まったく、私がいながら食べ物の方に昂るとはな。大したご令嬢様だ」

 そう言ってスワードはシャルロッテの手を取って自分の方へ引き寄せた。そうしてスワードはシャルロッテと顔を突き合わせると、くまのミートボールをシャルロッテの口に押しつけた。

(はい!?えっ!?何!?)

 シャルロッテが混乱で脳がオーバーヒートで停止すると、可愛いくまを口中に受け入れた。

 くまの色の正体はデミグラスソースで、よく煮込まれたソースなのかトロリと甘くほろ苦い味わいだった。
 シャルロッテが恋焦がれたくまは、可愛くて美味しい最高のくまだった。あぁ、タコも食べたい。

 スワードはシャルロッテの視線を追って今度はタコのウィンナーをフォークで刺した。
 そしてスワードは騎士のように自分とシャルロッテの間でフォークを構えると笑顔で告げた。

「ルール追加だ。カトラリーの交換は1回の食事につき10本までとする」
「え!?でっでもでも!こう言ってはなんですが、10本なんてサクサクいってしまいます!」
「だろうな。だからそれ以降は私が君に食べさせる」
「ふぁむ!?」

 シャルロッテが大きく口を開けたタイミングで、スワードはすかさずタコのウィンナーを突っ込んだ。
 シャルロッテは抗議したかったがタコの想像以上の美味しさに、まずはじっくり味わう方を優先させてしまった。

「何か言ったか?ん?」

 シャルロッテはもぐもぐ黙ってタコのウィンナーを咀嚼していたが、その間もスワードは煽るように笑顔で語りかけた。

「こっちは予算まで組んでいるんだ、それをおいそれと消化されるわけにはいくまい。そうは思わないか?」

 スワードはまたシャルロッテの口にくまミートボールを送り込んだ。実に美味である、シャルロッテはタコウィンナーよりこちらの方が好みだった。シャルロッテは顔が綻んだ。

「それが好きか」
「はっはい!やっぱり王宮のシェフは腕が違いま…」
「私の食べさせ方が上手いから、だろう?」

 スワードは返事を催促するようにフォークの先でシャルロッテの唇を優しくつついた。
 そのひんやりしたフォークの感触がシャルロッテの唇に残り、同時にこのフォークがスワードが使っていた物だと思い出した。

 ──これが噂の間接キス!?

 それは恋愛未経験のシャルロッテにとって感情が昂るに十分過ぎるほどの刺激だった。
 
 シャルロッテの顔はタコのウィンナーと同じかそれ以上に赤かったが、なにせ壊せるフォークをすでに壊し切ったために怪力被害は出なかった。不幸中の幸いだった。

 そうしてシャルロッテは間接キスによる青天井の昂りで思考回路がショートしてしまった。

「でっ殿下に食べさせていただく物が世界で1番美味しいです!もちろん!はい!」
「ふっはは!君は本当に面白いな!」

 スワードはあくまで真面目なシャルロッテにたまらず吹き出した。しかしその笑顔は先程までの意地悪さが無く毒気が抜けて、まるで無邪気な子供のようでもあった。

 シャルロッテがその笑顔に見惚れているとスワードはおもむろに手を伸ばし、彼女の口角についたソースを指で拭って自分の口に運んだ。

「美味い。シェフのことは褒めておこう」
「えっ!?ちょっ…!!」

 シャルロッテは慌ててナプキンを手に取り、口周りを、いや真っ赤な顔ごと隠した。

 今のは一体何という行為だろうか。口元を間接的にペロッと舐めたわけだし、そうだ間接ペロリと名付けよう。
 シャルロッテは間接キスからの間接ペロリで完全ノックアウトだった。そうしてシャルロッテが「トキメキ」でプルプル震えているとスワードが一言紡いだ。
 
「シャルロッテ」

 シャルロッテはハッと顔を上げた。
 スワードが初めてシャルロッテの名前をきちんとに呼んだ、しかも低くて甘い、体の奥に響く声で。

 スワードはこの公園の中に咲くどの花よりも美しい青瞳を細めて微笑んだ。
 しかしシャルロッテはその笑顔の理由が分からずキョトンとすると、彼女の唇に赤いうさぎさんリンゴがキスをした。リンゴを摘むスワードは言った。

「君は可愛い物もよく似合う」
「へ?それって…あむ!?」
「うさぎさんが待ちくたびれたようだ。早く食べろ」
「んんーっ!?」

 シャルロッテはそれをシャクシャク食べて、芳醇なリンゴの蜜を味わった。
 シャルロッテが顔を綻ばせればスワードも同じく微笑み、大自然の中でようやく穏やかな時間が流れ始めた。

 公園に爽やかな風が吹いた。植った希少な花も、どこからか咲きにやってきた野花も、皆一様に柔らかになびいている。

 そうして2人は日の下で温かく楽しい時間を共有し、思い思いの月夜を迎えるのであった。