「田舎の空気は美味しい」
言われてみれば、確かに王都よりも雑味がなく甘味があるような気が…するような、しないような。
シャルロッテは馬車から降りて口に少しの空気を含み、スワードに教わったうんちくの答え合わせをしようとした。
しかしそれは空気ソムリエにしか成し得ない至難の業だった。
王宮から馬車を1時間半走らせて辿り着いたここは、王都の外れの東に位置するサムソン大公園だ。
今日のスワードとシャルロッテは模擬デートで「ピクニック」をしに来たところだった。
今回の模擬デートがピクニックになった理由は1つ。
シャルロッテが昂った時に大自然の中でリラックスしていれば、幾ばくか感情を制御しやすいのではないか…とスワードが考えたからだ。
そこで白羽の矢が立ったのがこのサムソン大公園だった。
サムソン大公園は世界でも有数の広大な敷地に多種多様な草花が植えられ、とにかく自然が豊かなことで有名だ。
また種々の植物達のおかげで季節ごとに公園の表情が変わることも魅力の1つである。
「わぁー!綺麗なところですね!」
「このサムソンが評判で旅行客も増えてな、今では人気の観光スポットだ。それはヒマワリといって、この時期によく育つ季節花だな」
「すごい…こんなに背が高い花は初めて見ました!」
「ははっ!確かに君の方が小さい」
シャルロッテはヒマワリを見上げたが、反対にスワードはシャルロッテを見下ろして笑っていた。その眩しい笑顔にシャルロッテの心臓が僅かに反応したが、しかし自然のおかげかすぐに凪いだ。
そうしてシャルロッテとスワードはリラックスするために一度公園を回ることにした。
見渡す限りの緑の世界は今時期は特に青っぽく匂い立つので、公園にいながら森林浴をしているようで気持ちがいい。
シャルロッテはスワードと共に、好きなスイーツや何のお茶が合うとか…そんな他愛のない話をしていた。
今日のシャルロッテはスワードといても昂らず内心大いに喜んだ。「か弱さ」に向けて一歩前進した、とそう思っていた。
しかし現実はそう甘くなかった。
昼時になり2人はレジャーシートを敷いてランチボックスを並べた。そしてスワードが2つ目の蓋を開けた瞬間シャルロッテが動かなくなった。スワードは異変に気がつき声をかけた。
「どうした?」
「殿下…これはあんまりです」
シャルロッテが言葉を失った正体は、彼女に指さされたランチボックスの中に潜んでいた。
それは油で照った赤いタコさんウィンナーにはじまり、赤と緑色のうさぎさんリンゴ、茹で卵は星の形をしていて、最後に見たスマイリーのミートボールとシャルロッテの目が合った。
シャルロッテの血がふつふつ沸いてきた。
シャルロッテはこんなものは生まれて初めて見たし、ましてやこんなものを食べるだなんて信じられなかった。
食べ物でこんなものを作ってけしからん。そうだこんなものは、こんなものは───!
(とても良いわ!!もっとやって!!)
シャルロッテは「感激」と「興奮」ですっかり昂り、手に持つフォークを簡単にへし曲げた。スワードはサンドイッチを頬張りながら動揺するシャルロッテを見やる。
「食べないのか?」
「殿下、うさぎさんとタコさんですよ…?」
「そうか。こっちはくまさんだ」
「あっそっちも可愛い…じゃなくて!これは由々しき事態です…おかず達が可愛すぎて…興奮してフォークが持てません!」
緊張と興奮で固まるシャルロッテとは対象的に、スワードはくまのミートボールをヒョイッと口へ運んだ。
「君は私より食べ物に昂るのか」
「わたしも食べ物に昂ったのは初めてです…」
スワードは面白くなさそうに僅かに唇を尖らせ、一方シャルロッテは大きく項垂れた。
自分が食べ物にまで昂るほど節操無しの人間とは思わなかった、と。
(サンドイッチは手で食べられるとして、可愛すぎおかずはどうしたものかしら…手掴み?そんなのってありかしら?いいえ無しよね)
しかめ面のシャルロッテがおかず達の食べ方を思案していると、スワードが溜め息をついてバスケットからジャラジャラと大量のフォークを取り出した。