シャルロッテの周りに疑問符が飛んだ。
 しっと?シット?sit?座ってますけれど。

「嫉妬だ、嫉妬。君には理解できない感情だろうがな」
「殿下ぁー、そうピリピリしないでください。そんな尖っちゃって、嫌われても僕知りませんよ?」
「余計なことを言うなゼーンズ」

 スワードはタオルから手を離し、長い脚を組み直して天を仰いだ。
 シャルロッテはある言葉にハッとした。
 ゼーンズはスワードに「尖っちゃって」と確かに言った。そう、スワードは尖っているのだ。シャルロッテと同じように。彼女は思わず口にした。

「それなら、わたしの感情だってすごく尖ってました。だからその……噴水を……」

 シャルロッテは言葉を濁した。
 いくら怪力を理解されているとはいえ、恥ずかしい。羞恥心で思わず赤面する。怪力になってしまった言い訳をしなくては、とシャルロッテは言った。

「しっ仕方がなかったんです!殿下が恋人がいるのにわたしにお花の指輪をくださったり、モーヴ様はわたしにデートを申し込んできたり、皆さんわたしを浮気相手にしたいのかと思ってそれで……!」

 ここまで息継ぎ無し。
 シャルロッテはタオルの中で俯いて首まで赤くなる姿を隠した。
 それに気がついたのだろうか。スワードが指でタオルをつまみ、シャルロッテの顔を覗き込んだ。
 そのスワードの表情は初めて見るもので。上目遣いで、溶けるように潤んだ瞳は何かを確かめるように僅かに揺れていた。
 それから眉毛を下げて笑った。

「ははっそうか。君も同じだったのか」

 そう、シャルロッテの感情はスワードのそれと同じだった。
 つまり彼女の「謎の尖った感情」の正体は「嫉妬」だったのである。
 シャルロッテは新しいを知ると、不思議と地に足のついた感覚になった。スワードの気の抜けた笑顔を見て、シャルロッテの顔は自然に綻んだ。
 気温のせいだけではない、体が火照る感覚がする。
 シャルロッテとスワードが2人の世界に入りかけたところでゼーンズが水を差した。

「お2人ともぉーーっ!?僕もいますからねっ!?」

 引き寄せられていたシャルロッテとスワード。しかしゼーンズの声で我に帰ったシャルロッテはバネが跳ねるようにスワードから離れた。一方の取り残されたスワードはため息をつくのだった。

 そうして丸く収まった3人、シャルロッテとスワードは王宮馬車で、ゼーンズは馬に騎乗して帰路についた。
 噴水はスワードのポケットマネーとやらで修繕をしてくれるらしく、シャルロッテの負担は一切強いられなかった。いつもながらに感謝しかない。
 シャルロッテはスワードに相槌をしながらいまだに髪先から滴る水を眺めていた。スワードもシャルロッテ以上に濡れていた。
 そしてその水滴に塗れたスワードを見てシャルロッテはふと思い出した。

「そう言えばなぜ転んだ時に手を避けたのですか?その……す、少しショックだったので」
「ん?ああ、あれは……」

 スワードは珍しく言い淀んでいる。
 口を引き結び視線を逸らして、腕を組んだ。そして頬を染めながら言った。

「あ、汗だくの汚い手で君に触れられないだろう」
「殿下が汚い……ふふっ!なんですかそれ。殿下が汚い時なんてありませんよ。おかしなことおっしゃいますね。ふふっ」
(そんなことを気にしていらっしゃったの?いつもはわりと強引なのにね)

 シャルロッテの溢れる自然な笑い声にスワードは歯を見せてニカッと笑った。それは怪力令嬢でも王太子でもなく、ただの男と女の幸せな空間だった。
 シャルロッテの気持ちは温かくなった。「嫉妬」で感じる尖った感じはなく、丸くてふわふわ包み込んでくれるような、そんな温かい感情だ。
 この感情は何だろうか?
 嫉妬という新しい感情を覚えられたのだ、スワードと共にいればこの「謎の温かい感情」の正体を学べるかもしれない。

(殿下も同じ感情だといいな……)

 シャルロッテは自分の胸に手を当てた。