「でっ殿下!自分でやりますので!」
「シャルロッテ、君は1つ誤解している」
「誤解?」
「ああ。紹介しよう、こちらゼーンズ・フット。《《彼》》は君の近衛騎士を志願している訓練生だ」
「…………か、れ?」
彼、ゼーンズはシャルロッテにビシッと敬礼した。そして胸をこれでもかと張って言う。
「シャルロッテさん!!《《2度目》》まして!!《《僕》》のこと覚えてたりしますか?」
「はっはい!2度目っ……!」
(ん?僕?2度目?)
シャルロッテはゼーンズに影響されて背筋をピンと伸ばした。しかし言葉の意味が理解できずに目を丸くする。
スワードは足りない言葉を付け加えた。
「ゼーンズは昔、君に命を救われたらしい。木が倒れて下敷きになりそうなところを助けてもらったとか」
「おっきな木を割って助けてくれましたよね!覚えてませんか!?」
「大きな木……」
シャルロッテは記憶の引き出しを開けていった。そして行き着いたのは「本格的な怪力逸話」の引き出しで。
『またある時は倒れる大木を恐怖のあまり拳で真っ二つに割ったこともあり、その時は木の下にいた子供をたまたま助けていた』(※1話参照)
──こ・れ・だ!!
シャルロッテに過去の記憶が天啓のように舞い降りた。
そうだ、あの時の《《少年》》だ。
伸びた髪の毛と変声期の声は、あの日泣きぐずっていた少年とは結び付かなかった。
しかしこの屈託のない笑顔だけは確かに見覚えがあった。
シャルロッテがハッとしてゼーンズの目を見ると、彼は跪いて彼女の手を取った。
ゼーンズの手は、下手すれば腰掛けるベンチより熱い。彼は紅潮したが、しかしシャルロッテの瞳を真っ直ぐ見つめた。
「ぼっぼぼぼっ僕!あなたのことを忘れた日はありません!シャルロッテさんは強くて綺麗で優しくて可愛くて、それから──ふぎゃっ!!」
「おい、下心まみれなら入団試験は中止だ」
スワードは興奮するゼーンズの頭を叩いた。そしてシャルロッテの手をタオルで包んで拭く。その間スワードは終始顰め面で、ゼーンズを見る厳しい視線は今度はシャルロッテに向けられた。
濡れて束になる銀髪の間から覗くその瞳は明らかに怒っている。
「君も君だぞシャルロッテ・シルト」
「へ?」
「ほいほい男を釣って、そんなに私を苛立たせるのが楽しいか」
「はっはい!?釣ってませんし、というか怪力のせいで釣ろうとしても釣れませんし、それにっ……!」
よしんば釣れたとしてなぜ怒られる?
シャルロッテはスワードの理不尽な言い草に目を怒らせた。
スワードこそほいほい釣るではないか。
彼は泣く子も黙るこの国の麗しき王太子。舞踏会で令嬢達に囲まれているところはこの目でしかと見た。これがほいほいと言わず他に何と言う?
シャルロッテはぷいっとそっぽを向いた。
「殿下だって舞踏会で……この前のお花屋さんでもサクッと女性を射止めてました」
「私が意図したものではない」
「わたしだってそうです!」
「ああそうだろうな。だから気を抜かずに《《男を避けろ》》と言っているんだ!」
「…………はいぃ?」
スワードはタオルをずらしてシャルロッテの顔を隠した。
そんなこと、シャルロッテがスワードに怒られる筋合いはない。第一、なぜ避けなくてはいけないのか。
シャルロッテ達は訓練をしているだけだ。か弱くなって、誰かと恋ができるようになるための訓練を。
(そうよ。わたし達は訓練をしてるだけ……なのになぜ殿下は怒って、わたしもこんなに胸焼けがするの?)
シャルロッテとスワード、両者とも顰め面で不快感を露わにしていた。
これまでの人生の中、シャルロッテが誰かにこんな態度をとったことはない。そしてこんな風にみぞおちが煮えることもなかった。
シャルロッテが奥歯を噛み締めるとゼーンズが口を開いた。
「あのぉーーシャルロッテさん。殿下は嫉妬してるだけですから」
「え?」