「ハァッハァッ…殿下が速すぎてはぐれるかと思いましたよ」
「煩い。君が鍛え足りないんだ」
「それは分かってますけどぉーっていうかいつまで水浴びしてるつもりですか?えっとシャッシャッ、シャルロッテさんも……!」
「はあ……とりあえずタオルでも買ってきてくれ」
「了解でーす!!」
スワードは恋人の扱いが雑なようだった。恋人は従順で、少し拗ねた顔も愛らしい。
恋人は意気揚々とお使いへ行くのだった。
再び2人きりになったところでスワードがシャルロッテの手を引き、日当たりのいいベンチに案内した。
そしてスワードに促されるままに日光でチリリと熱いベンチに腰掛ける。
びしょ濡れの体がベンチの熱で徐々に生温くなってきて、シャルロッテは不快感を感じた。
「それで?なぜこんなことをした?」
スワードはシャルロッテの背もたれまで腕を回し、顔を覗き込んで尋ねた。彼の揺れた銀髪からパタタッと雫が落ちる。
シャルロッテは恥ずかしさで昂り始める感情を堪えて俯いた。
「どうしてと言われましても…」
(殿下と恋人さんを見るとムカムカ胸焼けしまして……とは言えないし)
「どっどうしてなんでしょう?」
「いや私が訊いているんだ」
シャルロッテが首を捻ってはぐらかすと、スワードの眉間にシワが寄った。
「……ときにシャルロッテ、今日はいつもより肌が出たドレスのようだが?」
「ああ、これですか?」
確かに本日のシャルロッテのドレスは普段より肌見せしたものだった。日焼け知らずの白いのデコルテが出て、いつもより肌色面積の多いである。まあ数cm程度の話だが。
「そうですね。今日は暑──」
「浮気か」
「……へ?」
「私に隠してあのバカ令息と密会していたんだろう?だからそうやって肌を見せているのか。まさか未練があるとでも?君を無碍にした男の何が良いんだ、ほら言ってみろ」
「そんな!わたしは…っへむ!?」
俯いていたシャルロッテは反論しようと顔を上げた。眼前ではスワードの眉間の皺が深くなり、視線がギラリと光る。
その青い瞳は、普段の透明感は姿を消し今は烟るような熱を孕んでいた。
(うっ浮気?それを言うなら殿下が浮気者よね?だって恋人がいるのに私に思わせぶりな……!)
シャルロッテはスワードに従順に過ごしてきたが、今回ばかりは抑えられなかった。
みぞおちで熱される胸焼けの…尖った感情は、シャルロッテを攻撃的にしたのだった。
「浮気者は殿下です!恋人がいらっしゃるのにわたしに近寄ったりして、あの子に悪いと思わないんですか?あと……わたしにも」
「……なんのことだ?」
スワードはまるで心当たりがないとでも言うように目を丸くした。
しかし浮気相手にされたと思っているシャルロッテにしてみれば、スワードの反応は全く悪びれていないように見えて。
シャルロッテの感情がまた尖り、頭に角が生えそうだ。
「しっしらばっくれないでください。わたし知っているんですよ?わたしの訓練を土壇場でキャンセルして、朝からさっきの可愛らしいお方と睦まじくされてましたよね?それなのにわたしにお花の指輪を……」
「ん?」
「そっそれに訓練場でわたしの手を取るのも嫌がりましたし」
「いや、あれは」
スワードは口を噤んで固まった。
それを見たシャルロッテの感情はさらに角を持った。きっと痛いところを突かれたのだろう、シャルロッテを浮気相手にしようとしたのだから。
スワードは少し考えを整理しているようだった。
「シャルロッテ、私は──」
「あっいたいた!殿下ぁーー!はいっ殿下のお好きなふわふわタイプです!」
スワードの恋人は駆け寄ってきて、紙袋から大判のタオルを出して得意げに笑った。
恋人だからよくタオルを買いに行かせているのだろう、当然タオルの好みも知っているようだ。いやそれは恋人だから……なのか?
シャルロッテは不思議に思った。
スワードはそのふわふわタオルを広げて恋人に言う。
「待て。まさか1枚だけか」
「えっ?はい!特に枚数を言われなかったので経費をかけないようにと思いまして!お2人が仲良しなら1枚の方が良いかな〜なんちゃって」
そう言って恋人はシャルロッテを見下ろした。彼女の熱視線でシャルロッテは恋人のことがさらに分からなくなる。
「はあ。それで近衛騎士を志願するとは……先が思いやられるな。正式入団後は団長にこってり絞られるがいい」
「えええええっ!!」
スワードはその先を聞かず、ふわふわタオルをシャルロッテの頭から被せた。
スワードの体格には適したそれは、シャルロッテの尻の下まで包む大きさだ。
そして驚くべきことにスワードはシャルロッテの頭を優しく拭き始めたのだ。
恋人の前で。