「ああやっぱり。あれ?少し太りました?頬がふっくらしたような」
(はい!?全く失礼な方ね。殿下に食べさせて貰ってるからこうなっただけよ、多分)
「お…久しぶりですジャンキー様」
「モーヴと呼ぶように言ったはずですが?」
「……申し訳ございません。モーヴ様」
(そういえば自分の名前がお嫌いだったわね。わたしのことは怪力令嬢って呼んだくせに)
「ところでシャルロッテはなぜこんな所に?お1人……でしょうね。いつも通り」
モーヴはシャルロッテの言葉を待たずに鼻で笑った。
それは彼の通常運転だったが、シャルロッテ尖った感情」を絶賛お抱え中だったのでより一層煩わしく感じるのだった。
(あぁもう本当に残念な人。こんな人、殿下と比べたら──)
いや、スワードは婚約者ではない。モーヴ風情と比較されるなどお門違いもいいとこだ。
シャルロッテはそれ以上の思案をやめて黙ってアイスクリームを食べ、コーンまでサクサク食べ切ると彼はまた口を開いた。
「でも…以前より更に綺麗になりましたね?今度デートしましょうか。か弱くなれたか僕がテストしてさしあげます」
「はい!?げほげほっ!あの…モーヴ様お忘れですか?わたしはあなたが婚約破棄した怪力令嬢です。それにもう恋人がいるとお聞きしています」
シャルロッテは今ほど飲み込んだコーンで咽せた。そしてモーヴの乱心をおさめようと反論した。
しかしモーヴには無効だった。
「恋人はいますが、デートして何がいけないんです?」
「何って…!だって、それって浮気ですよね?」
「ハハッ!あー流石ウブですねシャルロッテ嬢は。気持ちが浮つかなければ浮気ではありませんよ。《《どんなことであろうとも》》、ね」
そう言いながらモーヴはシャルロッテの髪を1束掬ってキスを落とした。
その瞬間、髪の毛1本1本に神経が通っているように寒気信号を発して全身に鳥肌が立つ。実に、この上なく、気持ち悪い。
そして同時に、これまで堪えていた「怒り」が全身を駆け巡り一気に昂った。
──誰も彼も浮気ですか!!
シャルロッテの体内の熱が体内でゆっくりマグマのように広がっていく。
幸い手荷物はなかったので何も壊さなかったが、腰掛ける噴水のふちに手を置いていたので被害に遭ったのは噴水だった。
──ビキビキビキッ!
──ブッシャアアアア!!
「きゃあああっ!!」
「うわあああっ!!」
「なんだ!?急に噴水が爆発したぞ!!」
突然の噴水の破壊に噴水の周りにいた人々が逃げ惑って騒然とした。
一方、その噴水破壊の源地には水浸しのシャルロッテとモーヴが立ち尽くしている。
濡れそぼつ髪を掻き上げてモーヴが吐き捨てた。
「ハッ!何も変わってないじゃないですか。よくものうのうと街を歩けましたね」
「……のうのうと?」
(そんなことないわ、大体いつも悩んでますし。怪力令嬢だし。モーヴ様に浮気相手にさせられるところでしたし……あと、殿下にも)
そうしているうちも水は暴れた。
壊れた噴水から氾濫した水と噴き上げる水飛沫で、この場にはもうモーヴとシャルロッテしかいない。
「不機嫌」と顔に書いてあるモーヴは、シャルロッテの手首を乱暴に掴んで引っ張った。
「こっちに来い!」
「きゃっ!やめてくださいモーヴ様!」
「僕をこんな目に遭わせるなんて、侯爵家に抗議して弁償させてや──」
「その弁償とやら、私が支払おう」
そう聞こえた声はシャルロッテが毎日聞く、あの声で。バシャバシャと水溜りの中を走ってきたその人は肩で息をして現れた。
──スワードだ。
「許しなく淑女に触れるとは紳士にあるまじき行動だと思わないか?モーヴ公爵令息」
「王太子殿下!?なぜこんな所に!?」
スワードはモーヴに歩み寄り、シャルロッテを掴む手を叩き落とした。
「うちのシャルロッテがどこぞの馬鹿に捕まらないよう迎えにな。どうも来た甲斐があったようだが……あぁそうだ、弁償だったか?」
「いいえ!いいえ結構です!僕はこれで失礼します!」
モーヴは紫色の脱兎のごとく大通りを駆け抜けて行った。
シャルロッテは今しがた起きた一連の出来事に固まって掠れ声で言った。
「どう……して…?」
眼前のスワードは訓練していた時と同じ格好で、しかし今度は汗ではなく噴水のシャワーで濡れてここにいた。
スワードは青い目をカッと見開いてシャルロッテの肩を性急に掴んだ。
「どこに行っていたんだ!!行き先も言わず、護衛も付けずに1人でうろついて!!」
「えっあのっえっ」
「君に何かあったらと本当に気が気じゃなかった…!一体どうした?王宮で何があったんだ?」
スワードのあまりの剣幕にシャルロッテは押され、ただ言葉を失ってまばたきをするばかり。
こんな怒られ方をしたのは6歳の時にベランダから体を乗り出した時ぶりだった。
「何があったって……」
まさに今、目の前にいるスワードとあの《《恋人》》のことが原因であって。
シャルロッテが口を噤んでいると向こうから大手を振って、《《あの美少女》》が駆けてきた。
「あっ!いたいた!殿下あーっ!」
さぁ、原因がおそろいだ。