──ミシッ!メキメキッ!

 シャルロッテが手を添えていた窓枠が歪みひび割れた。

 同時に、花屋の時に生まれたあの感覚を覚えた。みぞおちがジリジリ熱されてムカムカ吐き気がするような。火熱で昂る、あの謎の「尖った」感情である。

 しかし前回と違うことは、相手の女性だけにとどまらずスワードにもその感情が芽生えたことだ。
 シャルロッテはそれに気付いたところで、バチンッと両頬を叩いた。

「まったくシャルロッテ!殿下は『王国の麗星』よ?恋人の1人や2人、100人や1000人(?)いてもおかしくないでしょう!!」

 ──だからあの花の指輪も特別なことではなかった。
 その事実を知って悶々とするシャルロッテは、日傘をさして王宮の庭園に出た。

 王宮では使用人を連れる必要がなく、どこに行くにも小回りが利いた。
 そう決めたのは他でもなくスワードで、「二人三脚で行動するから使用人は不要」という理由で相成った。
 だから本来ならここに彼が同伴して然るべきだが──しかし本日は美女に付きっきり。
 そう、美女に付きっきりだ。

(ハッ!!わたしったらなぜここにいるの!?)

 シャルロッテはスワードと美女を忘れて謎の「尖った感情」を鎮める必要があったから庭園に来た、はずだった。
 しかし体は勝手に訓練場の方へ直行しており、シャルロッテは気がつけば草葉の陰から彼らを覗いていた。

 ──カキーンッ!カキーンッ!

「ヤァーーッ!!」
「遅い!!弱い!!」
「うわあっ!」

 騎士の見習生達が訓練に励む中、スワードと美女は一際目立っていた。
 美女は近くで見ると思ったよりずっと幼顔だった。美女、改め美少女といったところだろうか。身長もシャルロッテと然程変わらない。

 美少女はスワード相手に剣を振って薙ぎ払い、躱して、攻める。その全てが舞うように美しい。彼女の額は汗だくだが、シャルロッテの目には清らかな雫に見えた。

「ハァハァ本当にすみません。こんなに弱っちくて」

(意外とハスキーな声なのね、声が枯れるほど鍛錬に励んでいる証拠だわ。それなのにわたしときたら、こんな覗きなんて…しかも人一倍強いだなんて…いいえ百倍は強いわね。なんといっても怪力令嬢ですもの。ふふっ……)

 シャルロッテは自嘲気味に笑った。

「でも『怪力令嬢』さんは違いますよね。あんな風にすっごくすっごく強くなりたいです!」
「いいから黙って剣を振れ」
「殿下といつも一緒なんですよね?大丈夫ですか?おかしなことしてないですよね?」
「はぁ……お前が心配するようなことは何もない」

 シャルロッテは固まり、とっ散らかった情報を整理をした。

『でも『怪力令嬢』さんは違いますよね。あんな風にすっごくすっごく強くなりたいです!』
 ──逆に言うと、彼女がすっごくすっごく「か弱い」ということだ。

『殿下といつも一緒なんですよね?大丈夫ですか?おかしなことしてないですよね?』
 ──怪力令嬢におかしなことをされていないか?という安否確認だろう。

『はぁ……お前が心配するようなことは何もない』
 ──「安心しろ、浮気なんかしない」の意だろうか。
 恋人を差し置いて怪力令嬢に指輪をプレゼントしたのは、捉えようによっては浮気だろうに。少なくともシャルロッテにはそう思えたのだった。

(はぁ……またみぞおちが熱くなってきたわ。帰りましょう)

 シャルロッテは居た堪れず、そそくさとその場を去ろうとした。が、しかし、急いだからだろうか、枝葉にドレスが絡まってシャルロッテはその場で盛大に転げてしまった。
 そうして無惨に土まみれで四つん這いになっていると、誰かが駆け寄ってくるのが分かった。

 ──美少女である。

「おわっ!大丈夫ですか!?立てますか!?」
「何事だ……はっ!?シャルロッテ!?」
「……あ…はは…」
「怪我は!?立てるか?手を──あっ…すまない」

 美少女に続きスワードが現れて彼は慌ててシャルロッテに駆け寄った。そして彼は手を差し出したが、しかしすぐに引っ込めたのでシャルロッテの手は宙に浮いた。
 スワードは戸惑ったのち、シャルロッテからサッと目を逸らした。恋人の手前、どうやら手助けで手を握ることさえ憚れるらしい。

(へー!そうですかそうですか!そんなに気にするなら、あんな事やこんな事もしなければ良かったのに!)

 シャルロッテはムッとすると、スワードの代わりに美少女が手助けをして、よろけるシャルロッテの腰をぐっと抱き寄せた。
 なんて紳士的だろうか、と美少女相手に倒錯的なことを思う。

 そしてシャルロッテは眼前の美少女に目を見張った。涼やかで直線的な、端正な顔立ちをしており、同性でも見惚れる美しさだ。しかも彼女は見た目の可憐さからは想像持つかない腕力があり、シャルロッテは目を丸くした。
 すると美少女は、シャルロッテの顔を見ておずおずと訊いた。

「あっあのぅ、シャルロッテ…さんってもしかして……」
「ああーーっ!大変!わたしったら、街に行く用事をすっかり忘れてましたわ!それでは皆さまご機嫌よう!」
「待てシャルロッテ!街とはどこに──」
「急いでますのっ!!」

 シャルロッテはスワードの言葉を突っぱねて汚れたドレスをたくし上げ、一目散に馬車で街へ向かって行った。