納得できない。
 腑に落ちない。
 モヤモヤする。
 シャルロッテはずっと釈然としないでいた。

「あの美女は一体どなたなの?」

 シャルロッテは自室の窓に貼り付いて外の人物を注視していた。
 視線の先はシャルロッテと毎日を共にするスワード……と、見知らぬ美女である。
 
 場所は騎士団の訓練場。2人とも軽装だ。
 スワードは日の下で相変わらずの美貌で、しかし隣の美女も負けてない。
 彼女の赤髪はポニーテールで弾んで艶めき、健康的な褐色の肌がエキゾチックで美しい。2人が揃うと美の暴力を全方位に振るっていると言っても過言ではない。

 現在の時刻は午前11時を回ったところで、少なくとも朝7時から2人が共にいるのを観測している。
 彼らは早朝から訓練に明け暮れ、並んで訓練場を走り、並んで腕立て伏せをして、並んで腹筋と背筋を鍛えていた。

 そうつまり、スワードは朝から美女に付きっきりだった。

(わたしの訓練だってこんな朝早くからはしないのに……って)
「えぇーーーーっ!?!?」

 淑女らしからぬ大声が部屋に響いた。
 シャルロッテは慌てて手のひらで声を押し込めたが、視線は彼らに釘付けだ。

 素振りを始めた2人はそれぞれ木剣を振り下ろしていた。スワードの完璧なフォームに比べて美女のそれは芯がなくふにゃふにゃで、素人目にもそれがわかった。
 するとあろうことか、スワードが文字通り手取り足取り指導し始めたのである。

 スワードは破顔して笑って美女を小突き、美女の背後から覆い被さるようにして剣を一緒に振り始めた。美女はといえば終始赤面だ。

「なっなっなっ!!!」

 シャルロッテは口をはくはくさせた。
 あんな風に笑うスワードもあんな風に女性と接するスワードも見たことがない──というより、自分以外の女性と話す彼なんてあの花屋の時くらいしか見たことがなかった。

(そういえばあの店員も可愛らしくて殿下に夢中だったわね。軽くあしらわれていたけれど)

 しかし今回はワケが違う。
 スワードから美女に、あんなにも積極的に近づいているのだから。そこでシャルロッテの脳裏にある可能性がよぎった。

「恋…人……?」

 そう思うともう止まらない。
 シャルロッテの脳内で、2人の動きと表情に合わせたアテレコが始まった。

『もうスワード様ったら。もっと優しくしてください』
『ふっはは!こんなことも出来ないのか。君はか弱くて本当に可愛いな』
『そんなことないわ!絶対出来るようになるんだから』
『バカ。か弱い君のことは私が守る』



「…………という感じ?」

 シャルロッテは一心不乱の妄想アテレコで時間の流れを忘れていた。
 ふと気がつき時計を見やれば正午を回ったところで、通常であればスワードがシャルロッテの部屋に顔を出す頃合いだ。

 しかしこの通り、スワードは美女とイチャイチャしていてその気配すらない。

「そういえば……わたしの訓練はどうするのかしら。今日の予定を殿下から訊いていないわ」

 ──コンコンッ

「あっ、はっはい!どうぞ!」

 シャルロッテが部屋の扉のノックで跳ね返った。入室してきたのはスワード、ではなく彼の白髪執事だった。

「失礼致します、スワード殿下からのご伝言です。本日の訓練はお休みということです」
「へ?休息日は明後日では……?」
「殿下に急務が入られまして。本日はゆっくり過ごすよう仰られました。それでは私はこれで」

 執事は恭しく礼をすると退室した。
 急務とはおそらくあの美女のことだろう。
 シャルロッテは再び、スワードに溌剌と笑いかける美女とそれに微笑むスワードを見た。

(そっか、恋人がいらしたのね。だから婚約者も決めずに?)

 シャルロッテは彼らから視線をはずし、テーブルを見やった。
 そこには先日貰ったシロツメクサの指輪があって、あの時のスワードの甘いマスクと囁かれた甘言を思い出した。

(あら待って。つまり殿下は、恋人がいるのにあんなことをしたっていうの!?!?)