スワードのシャルロッテへの想いは、こんこんと湧き出でる清水の如くスワードの口から紡がれていく。
(やっぱこの人 変態王太子だ…)
聞いているこちらが恥ずかしくなるほどの惚気。鳥肌が立ってきたベルナールが話を遮ろうと口を開くと、スワードは静かに言った。
「怪力令嬢と呼ばれようと心を閉ざさなかった彼女が、沢山の感情と生きてきたシャルロッテが……私はどうしようもなく眩しいんだ」
スワードの瞳はとろけ落ちそうなほど熱く潤み、瞬きの度に煌めいた。それは一国の王太子ではない、スワードというただの男で。ベルナールはそれを見ると、浮かび上がっていた様々な難癖が一気に霧散した。
──カコンッ
スワードが最後のボールを落とし、ゲームは終了した。
「私の勝ちだな」
そう言い放ったスワードは端正な男でありながらも、少年のように得意気な笑みを浮かべていた。勝負は歴然、ベルナールの完敗だ。
試合で負け、《《勝負》》でも負けた。ベルナールは漠然とそう思った。しかし確かなことは、この「負け」は決して不快ではなく、むしろ心地良いものだということで、ベルナールは爽快感さえ感じている。気づけば握りしめる重いキューも床へ下ろし、全身が弛緩するようだった。
そしてようやく、ベルナールは自らの過ちを認める気になった。
「数々の無礼を申し訳ございませんでした。罰なら……何でも受けます」
「罰?理由がない。姉を思うが故の行いだっただろう」
「そ…うですが…」
(でもそれじゃ気が済まないでしょ。変態王太子とか散々バカにされたし)
ベルナールは顔を顰めて俯いた。あれだけ虚勢を張ったところで、所詮は少年14歳。結局のところ、本当の覚悟などできていなかったことをベルナールは思い知った。足元がふらついてそれを自覚すると、スワードはくすりと笑った。
「そう思うなら出世しろ。私の治世で役に立て」
「……え?」
「私に罪の無い人間をなぶる趣味はないということだ。それがシャルロッテの弟となれば、尚更な」
「僕が姉上の……」
──シャルロッテの弟だから。
ベルナールは「怪力令嬢」の弟だからと虐められることは嫌と言うほど経験した。しかしシャルロッテの弟だからと優しくして貰ったのはこれが初めてだった。あれだけ貶されたのにも関わらず、スワードはここ1番の穏やかな笑顔でベルナールに笑って見せた。
その優しさは、ベルナールの心に刺さった杭を抜いてくれるようで。その傷口からは沢山の感情が込み上げ、やがて溢れ出た。
「感謝します………本当に…」
もうベルナールの震える口では言葉にできず、スワードもそれ以上は求めない。
ベルナールは「姉のどこが好きか」と質問を投げた己を恥じた。なんて稚拙な考えだろうか、と。
「好き」とは先に心で感じるもの、感情が揺さぶられるものではなかろうか。そして「好き」の理由は後から言葉となってついてくる。
その衝撃と時差はまるで光の後に音が轟く雷のようで、恋はさしずめ雷なのだろう。
そうしてベルナールが落ち着きを取り戻すと彼の瞳に静かに光が灯った。母親譲りの、菫色の瞳に。
◇◇◇
勝負を終えた2人が部屋を後にするとシャルロッテが迎えた。彼女は大判のショールを手に持ち、それをベルナールの肩にふわりと掛けた。同時にシャルロッテのパウダリーな甘い香りがベルナールの鼻腔をくすぐる。ベルナールはこの香りで己の半生を思い出す。
「怪力令嬢」になってからずっと庇い合ってきたシルト姉弟。その姉は不憫で健気で、誰よりも優しい存在だ。ベルナールはきっとこの先も姉を脅かす存在が現れれば、今日のように鋭く爪を立てるだろう。愛する姉のためならば。
でも出来れば自分の出番が無いことを──目の前の変態王太子の言葉が《《真実》》でありますように。
そう思いながら、ベルナールは眼前のスワードとシャルロッテを見た。
「君の髪は濡れるとミルク少なめの紅茶色になるのだな」
「ちょっ!ちょちょちょっ!?」
スワードはシャルロッテの湿った髪の毛を梳かすように頭を撫でた。スワードの指が髪の毛一筋に触れていくと、シャルロッテが呼応するように紅く染まる。
「綺麗だ」
スワードは照れもせずシャルロッテに言う。
そのスワードは、いつか父が母を愛おしそうに見る時と同じ目をしていた。