──2度目の邂逅だ。
スワードは覚えていないだろうが、ベルナールとは一度だけ遭遇したことがあった。侯爵が政務で王宮に赴く際、ベルナールもついて行った時のことだ。
ベルナールは王宮の迷路庭園で物思いに耽っていた。
(もうすぐ母上の命日…か。生きていたら見せたかったな)
そこで見た薔薇は今まで見たどれよりも美しく、ベルナールは気がつけば手が伸びていた。どうにか天の母に捧げたかった。
しかし美しいものには棘がある。ベルナールは薔薇の棘の痛みに怖気て因循していると、頭上で風を切り裂く音がした。
「これで足りるか?」
声の主は剣で切り落とした薔薇を5本、ベルナールに手渡した。その時の青年こそが麗しき王太子、スワードだった。彼の風格と美貌を見た衝撃は、10年近くたった今も記憶に新しい。
いくら騎士のフリをしていようが、ベルナールがスワードを見間違えるはずもなかった。
◇◇◇
「やったことあるでしょ?ビリヤード」
スワードは挑戦状を叩きつけるが如く、スワードを連れ出した。
日中は日陰で薄暗かったこのビリヤードルームも、今はシャンデリアと掻き集めたガスランプで煌々と照らされている。
ベルナールは高硬度かつ超重量の怪力仕様キューを粗雑に投げ、スワードはそれをさらりと受け取った。彼が持つとキューはまるで細枝のようにも見える。ベルナールはそんな澄まし顔のスワードが余計に忌々しかった。
「……今までも色々いたんだよね、姉上の見た目に集る虫どもがさ」
「男ですか?」
「そ。純朴男、優男、軟派男…まぁ姉上が怪力令嬢って知った途端に、みーんな消息を断ったけど」
ベルナールはそう言って先行でボールを撞き、ゲームが始まった。
勝負を左右する最初の一撞きで、9個のボールは多方に離散する。まるで姉のシャルロッテからそそくさと逃げていった男達のようだ。
(遅かれ早かれ、あんたも姉上を捨てるでしょ)
ベルナールはスワードを前に心中で悪態をついた。かつて自分に良くしてくれた輝く王太子も、今となっては姉の美貌だけに堕ちた愚かな男。
スワードが姉を王宮に住まわせたと聞いた時、ベルナールは感情が入り乱れた。
あの日、薔薇を授けてくれた王太子に対する憧憬。そして、姉に近づいてくることへのどうしようもない嫌疑。
──カコンッ
「ファール。選手交代ですね、ベルナール殿」
ベルナールはその一声でハッと我に帰った。
後攻のスワードはすでに美しいフォームでキューを構えている。ベルナールの撞きでバラついたボールは、どれも難易度の高いポジショニングだが、しかしスワードは涼しい顔でボールを撞いていった。そして3個目のボールをポケットした時、スワードが口を開いた。
「それで?私に話があるのだろう?」
「──っ!」
ベルナールはスワードの真っ直ぐな視線を受け、まるで縫い付けられたように動けない。しかしベルナールは萎縮こそするものの努めて気丈に振る舞った。
「気づいてたんですね。僕が殿下を知ってるって」
「私とて《《一応》》王太子だ。変態だが人を見る目はある」
「…それは!いえ、申し訳ございません」
ベルナールは自分の行った無礼の数々と、それを見透かされていた事実に身が縮まった。その間もスワードは次々にボールを撞き、それらは軽快に穴へ落ちて行く。
「でも一言だけ言わせてください」
「ああ」
「お願いですから…姉上で遊ばないでください」
「なんだと?」
スワードは顔を顰め、ベルナールは手にするキューを両手で強く握りしめた。そこからベルナールが語ることは、他ならぬ姉シャルロッテの過去だった。