それからシャルロッテが話し始めたのは、彼女とベルナールの幼少期のことだった。


◇◇◇


 当時、シャルロッテから見るに、ベルナールは次期侯爵として沢山のことを学んでいた。基本科目はもちろん、領地経営や帝王学のさわりまで、ありとあらゆることを学んでいたという。もちろん社交もその一貫で、その頃のベルナールは頻繁に同年代のお茶会へ足を運んでいた。

 ある日のこと、いつも通りベルナールはお茶会へ、シャルロッテはのんびりピアノレッスンを受けていた。
 そしてベルナールが帰宅するのを見ると、シャルロッテはいつも通り飛んで迎えに行った。それが仲良しシルト姉弟のお決まりだったから。

 しかしその日はいつも通りなどではなかった。ベルナールがボロボロで帰ってきたからだ。シャルロッテは血相を変えて駆け寄った。

「ベル!?どうしたのその怪我は…!?」
「あ、これ?ちょっと転んじゃって」
「転んだって……」

 シャルロッテはベルナールを見やった。泥だらけのズボン、お茶のシミができたシャツ、頬の腫れと血が滲む唇。それらが転倒による怪我でないことは明らかだったが、心配するシャルロッテにベルナールは明るく笑った。

「ぶっ!変な顔しないでよ。怪我は男の勲章だよ?ってことは、僕はすでに出世街道を歩き始めたってことじゃん」
「でも──」
「へーきだって!」

 ベルナールの強い語気で、それ以上シャルロッテは踏み込めなかった。それでもベルナールはあらゆるお茶会へ参加し続けたが、決まって怪我をして帰ってくるのだった。

 しかしシャルロッテがベルナールの社交を断たせる出来事があった。彼が足首を骨折し、運ばれて帰宅したのである。

 同行した執事のセバスチャン曰く、お茶会で殴られた拍子に転倒して、ロックガーデンに足首をぶつけてしまったとのことだった。
 セバスチャンは一連の怪我のことに口を固く閉ざしていたが、シャルロッテが更に問い詰めると彼は目を伏せた。

「これまで大怪我をしなかったことが不思議なくらいです。お坊ちゃまはずっと…その…」

 そしてセバスチャンがシャルロッテをチラリと見ると、それ以上言葉を紡ぐことはなかった。シャルロッテは直感した。

(わたしが「怪力令嬢」だからなのね……)


◇◇◇


「"怪力令嬢の弟"とレッテルを貼られて、虐められていたんです。だからベルを……」
「彼を守るために社交を断たせた、と」
「そう…ですね」
「だが君の弟は守られるタマではない。違うか?」
「え?それはどういう……」

 スワードはシャルロッテに飲ませるはずだった、すっかり冷めたお茶を飲む。そしてドアを見やって笑みを浮かべて呟いた。

「来るぞ」

 その言葉とすれ違うようにコンコンコンッとドアがノックされ、こちらが入室の許可をする前にドアが開け放たれた。

 ベルナールだ。

 おそらく入浴は済んだようで、レッドブラウンの束になった髪が、水を数滴垂らしている。ベルナールはまずシャルロッテの様子を確認すると、次にスワードに向けて嫌悪感を示した。

「ソード卿、こんな時間に姉上と2人きりなんて何のつもり?」
「夜のお茶会をしていました。ベルナール殿もいかがです?」

 スワードはベルナールのツンケンした態度をものともせず、余裕の様子で微笑んだ。ベルナールもそれに怯むことなく続ける。

「お茶よりもっといいことしない?僕と2人、男水入らずで」
「…というと?」

 ベルナールはそう言って親指を立て、ドアの外を指した。そして不敵に微笑んでスワードに言った。


「ビリヤードしようよ。一度でいいから本気でやりたかったんだよね」