「お嬢様のお帰りだ!」
「開門用意ー!」
「いくぞ!せぇーーのっ!!」
 

 ──ズゴゴゴゴッ…

 地獄のようなおどろおどろしい音が鳴り、屋敷の扉が開かれた。

 シャルロッテは領地の屋敷のエントランスに踏み入れた。広い間取りに高い天井、輝くシャンデリアは星がモチーフで、大理石の床は足音が響く。王宮の物に勝るとも劣らない絢爛な屋敷は、シルト侯爵の成してきた功の証だ。
 しかし今では侯爵が領地視察に来た時か、こうして命日に訪れるくらいとなり、すっかり寂れた印象だ。

 そんな屋敷でシャルロッテとスワードを迎えたのは、エントランスを埋めるほどの使用人達で、彼らは扉に結ばれた極太い縄を持ってへたり込んだ。

 そうして誰もが汗だくで息切れをしていると、その中から白髭と瓶底眼鏡がズレた老執事がこちらへヨロヨロやってきた。

「ゼェ…ゼェ…お帰りなさいませ…!シャルロッテお嬢様…!」
「ただいま、セバスチャン。みんなもありがとう」

 シャルロッテはくたびれた老執事セバスチャンとその他大勢の使用人達に労いの言葉をかけた。セバスチャンは客人の存在に気がつくと、分厚い眼鏡がズレたままシャルロッテの隣の王太子…ではなく、「騎士」に挨拶をした。


「お客様、お見苦しいところをお見せしゲホォッ!失礼いたしゲホッ!しました」

「いや、構わない。それより独特な出迎えだな。扉を綱引きしていただろう」

「「え?」」


 スワードに投下された質問にシャルロッテとセバスチャンの間抜けな声が重なった。
 この珍妙な「綱引き開門」を説明するには、シャルロッテの過去の失態を語らなければならない。それは恥ずかしい。シャルロッテはしれっと嘘をついた。


「あれはそのぉー…うちの扉は普通よりちょっとだけ重めにできているので、みんなで開けてくれるんです。そうよねセバスチャン?」

「さっ左様でございます。ちょっとだけ使用人を集めて、ちょっとだけ綱で引っ張るのです」

「ちょっと?」

「「ちょっとです」」


 シャルロッテとセバスチャンは押し切り、スワードは疲労困憊の使用人達を見た。
 メイドや庭師や調理場の者達まで皆「綱引き開門」に総動員していることから、この扉がちょっとやそっとの代物でないことが窺える。シャルロッテ達の苦し紛れの言葉は、紛れるどころか丸見えだった。

 そうしてシャルロッテが使用人達とは別の意味で汗をかき始めたところで、彼女の必死の誤魔化しをぶち壊す声がした。


「ちょっとじゃないよ。それ300Kgあるから」


 声の方を見やれば、メイン階段に1人の少年がいた。

 その少年の髪は紅茶を思わすレッドブラウンがシルト侯爵に似ており、ミルク色の肌と美しい顔立ちがシャルロッテに瓜二つだ。
 彼の名はベルナール・シルト侯爵令息、シャルロッテの4つ下の実弟である。ベルナールは屋敷の主かのように優雅に階段を降りてくると、シャルロッテと変わらない背丈でスワードを見上げ、生意気に言った。

「この屋敷は姉上のために『怪力仕様』になってんの」

「怪力仕様?」

「そ。姉上の怪力に合わせて色々頑丈に作られてんの。この扉もむかーし姉上が男に花をもらった時にぶっ壊したんだよね。んで木製から300Kgのチタンに怪力仕様にされたんだけど…」

「昂っていない平常時のシャルロッテを含め、1人では誰も開閉できない。だから使用人総出で綱引きをする、と?」

「そーゆーこと。てかあんた誰?」