スワードは珍しく目を奪われた。手に持つシャンパングラスに力がこもるくらいには目を凝らして彼女を見つめる。
男達は自分より頭2つ分は小さく華奢な令嬢に盛った猿のように食いついて、一方の令嬢は子猫のように震えていた。
「シャンパンはお好きですか!?」
「もしくはお茶でもいかがでしょう!」
「いいえ結構です!わたし…えっと…そう!食器アレルギーなので、何も持ってはいけないのです!」
(ははっ もっとマシな嘘があるだろうに)
名を尋ねられた令嬢が青ざめて拒否するのを見ると、スワードは周りにバレないようクスリと笑った。
なぜ名乗りたくないのかは知らないが、あまり社交が得意でないことは確かだ。
男達に囲まれた令嬢は「助けて」「許して」と言わんばかりに手を組んで、男達と一問一答していた。
そしてスワードは令嬢が壁沿いにジリジリ移動していることに気がついた。どうやら会場の出口を目指しているらしい。
(たまには人助けでもしてみるか)
スワードはそれらしい口実を見つけて一歩踏み出したが、周りの令嬢達に行く手を阻まれた。
「ご政務も熱心になさってると聞きました!」
「わたくし殿下のお役に立てますわ!」
実に邪魔だった。
しかしいつも「王国の麗星」と評判の王太子が、大勢の貴族の前でなりふり構わない姿を見せるわけにもいかず、スワードもこの時ばかりは自分の異名を呪ったのだった。
それから次にスワードが見た時には、令嬢はすでに消えていた。
──行ってしまった、か。
スワードは意気消沈した。
あの令嬢と知り合えなかったことが残念でならなかった。同時に1人の令嬢にそんなことを感じる自分が不思議で仕方がない。
スワードはこのシコリとなった感情の正体が分からず、彼女と話してこの感情に名前をつけたかった。
頃合いを見て会場を抜けたスワードは、あの令嬢が去っていった出口に足を運んだ。
物語では大抵ここで王子が令嬢の持ち物を拾うものだが、現実でそんなに都合がいいことはなく、ただ冷たい夜風が吹くだけだった。
──まぁ、次がある。
舞踏会が終わり、スワードは今後の舞踏会のスケジュールを確認した。
今回の舞踏会に参加できたということは王都の、ある程度の家格の令嬢であるはずだ。
それならば今後も舞踏会で顔を合わせることになるだろう、もしかしたら向こうから挨拶をしにくるやもしれない。スワードは呑気にそう思った。
しかし「次」はいつまで経っても来なかった。
あの可憐な令嬢はスワードの感情にシコリを残したまま、舞踏会に参加することは2度となかった。スワードは舞踏会に参加しては彼女がいないと知るなり萎萎し、頭の片隅でその令嬢を思いながら日々を過ごしていた。
そして「あの日」。
「すまない。平気か?」
スワードの体に電気が走った。
シルト侯爵の娘であり噂の「怪力令嬢」こそが、あの夜スワードにシコリを残した令嬢だった。
そしてその令嬢シャルロッテは、スワード相手に感情が昂り、ケーキをぶっ潰して彼をチョコレートまみれにした。
「不敬罪」を恐れた彼女は涙ながらにスワードに命乞いをしたが、どうやら彼女は「か弱くなって恋がしたい」らしい。
(恋をする?どこの誰と?私以上の男はいないだろう)
誰にも奪われたくなかった。もっと彼女を知りたい、もっと自分を知ってほしい。
シャルロッテの側にいたい。
その昂る感情を自覚すると、スワードはやっとシコリの正体に気がついた。
──これが恋か。
スワードはあの夜から昂り続けた感情に名をつけ、それはストンと腑に落ちた。他の令嬢達では知り得なかった新しい感情、それは「恋」だったのだ。
そうしてスワードはシャルロッテと「力ずく」で縁を繋いだ。2度とないチャンスを、シャルロッテとの恋を成就させるために。
◇◇◇
「…か弱くな…れました…むにゃ」
シャルロッテの寝言にスワードの顔が緩んだ。
「か弱く」なりたい切実なシャルロッテも、顔を赤くして怪力発動する彼女も、この腑抜けた寝顔さえ愛おしい。
「私なら怪力ごと愛せるぞ。早くこっちに来い」
スワードはシャルロッテのしとりと汗ばむ頬に触れた。
明日はどうやって昂らせようか、そんな幸せな悩みに口角を上げ、スワードはシャルロッテの部屋を後にしたのだった。