雨が降り始めて丸一日。
ちょっとヤバいかもと思い始めた。
どうヤバかっていうと……。
「川の水位が上がってきている」
元々水位はくるぶしほどもなかったけど、今は倍近くあると思う。
危険だから近づかないようにしているから、どのくらいの深さになっているかまではわからない。
そう。危険なんだ。
「まさか谷の奥の方からも水が流れてくるとはなぁ」
「元々水はけの悪い土地ですし、水は低いところに流れますから」
「当たり前と言えば当たり前よね」
はぁ。
緑化のことばかり考えてて、水害のことなんてまったく頭になかった。
さっき遠目に見た時に、畑側の川岸が削られているようだったし……このままじゃ危険だな。
ひとまず西側の高台に避難するか。
ルーシェとシェリルにも説明をして、三人で手分けしてみんなに避難を呼びかけた。
雨が降り出してからワームたちも集落に呼んでいたのは幸いだったな。
「ここを使うモグ。ここは日中の暑い時間に、子供たちが遊ぶ場所モグ。広いから全員入れるモグよ」
「ありがとうトレバー」
「なぁに。困ったときはお互い様モグ。それにしても、このまま雨が降り続いたら下の畑やツリーハウスが水没してしまうモグね」
「ま、まぁそこまでは降らない……と思うけど」
けど……砂漠を緑化させるためには雨が必要だ。
雨を降らせるたびに水が大量に流れてくるとなると、いつ水害が発生するかわかったもんじゃない。
洪水、土砂崩れ……どっちも発生しそうだ。
『ねぇねぇ』
「ん?」
足元で俺のズボンを引っ張るのはベヒモスだ。
ベヒモスは集落に来てから、人前に姿を現している。
ウリ坊の姿で。
おかげでみんなから「またどこで拾ってしてきたんだい」って言われた。
「なんだよ、ベヒモス」
『……』
無言で俺を睨んでやがる。
「なんだいベヒモスくん」
『ぼくが助けてあげようか?』
「助ける?」
何を言っているんだ?
「どうしたモグ、ユタカくん。ベヒモスくんがお腹を空かせたモグか?」
「あ、いや、大丈夫。ちょっと雨の様子見てくるよ」
ベヒモスの声は、俺やルーシェ、シェリルにしか聞こえない。
他の人にはフゴフゴ鳴いているように聞こえるようだ。
ベヒモスを抱えて穴の入り口へと向かった。
「助けてくれるって、どうやって?」
『ぼくは大地の大精霊だよ? 地形を少し変えるぐらい、朝飯まえさ。ご飯は食べないけど』
「地形……できるのか!?」
『えっへん。凄いでしょ?』
凄い!
『ベヒモスくん、出番がなくて不貞腐れていたものねぇ』
『まったく、幼稚な奴だ』
『うるさいうるさいうるさいやい! ぼくだって活躍したいもんね!』
「あら? ベヒモスくん、ご機嫌斜めモクねぇ」
「あはは。いやぁ、雨で遊べないからストレス溜まってるようで」
「そうなのね。うちの子も退屈してるモクよ」
アクアディーネもジンも、他の人には見えていない。
きっとウリ坊が誰もいない宙に向かって、ブヒブヒ鳴いてるように見えるんだろうなぁ。
「具体的にどう地形を変えるんだ?」
『まぁそれは要相談だね。どうしたいか言ってよ。そのうえで洪水や土砂崩れの心配がないか、ぼくは判断してあげる』
「ありがとうベヒモスくん。じゃあ――」
大地の大精霊が地形を変えるから、地面が揺れるけど心配しないで。
集落のみんなにそう説明したその日、地面が揺れまくった。
ただ地震のような揺れじゃなくって、小刻みな揺れがながーく続く感じ。
外は相変わらず土砂降りだったから、出て様子を見る事もできず。
『雨雲を成長させすぎたわね。ジンのせいよ』
『わたしのせいだと!? お前たちが海水を蒸発させ過ぎたからじゃないのか』
『違うわよっ』
人形サイズのアクアディーネとジンが、言い争っている。
雨が止んだのは三日後。
辺りにはあちこり水たまりができ、久々に顔を出した太陽の日差しを浴びてキラキラ光って見える。
「ぬかるみができてるだろうから、足元に気を付けて。特に崖の上り下りには十分に注意してくれよ」
子供たちはべちゃべちゃになった泥で遊んでいる。
お母さんたちは引き攣った顔で見ているけど、いつ鬼の形相になるやら……。
あぁ……アスまで泥まみれになって遊び始めたぞ。
頼むからそのままドリュー族の穴
はぁ……さて、集落はどうなってるのかな。
足を滑らせないよう気を付けながら崖の縁へと向かうと――
「あれ? ツリーハウスが、なんか多い?」
西の高台には七本のツリーハウスがあったはずだ。
トレバーたちが一時的に暮らしていたツリーハウスと、移住組のツリーハウスとで七本。
だけど、俺の目に映るツリーハウスはもっと多い。
んんー……ん?
「あれ? いつから高台に銭湯ができたんだ?」
建てた覚えはない。
銭湯は集落に一つだけだったはず。
それにあの建物は……みんなで建てた銭湯そのものじゃないか!?
え?
『ふっふっふ。どう?』
「おわっ。ベヒモス――くん」
『切らないでよ。ちゃんとぼくのこと、かわいい大精霊だって理解してたら素直にベヒモスくんって呼べるはずだよ』
自分で自分をかわいいと……。
この世界にはそういう種族が多いのだろうか。
『それで、どう? 凄いでしょ』
「凄いっていうか、どうなっているんだ?」
『下の層、君たちの居住スペースの地面を上げたんだ。同時にここの層は下げてね』
上と下の層が、まったく同じ高さになっている。
おかげで広くなった気がした。
いや、気がしたんじゃない。
下と高台が合体したにしても、かなり広くなっている。
「もしかして、もう一段上の層も下ろしてきたのか?」
『ピンポーン。大正解! 広い方がいいでしょ? あ、あとね、お向かいの畑も広くしたよ。たくさん野菜を育てられるようにね』
「本当か!?」
慌てて対岸を見てみると、同じ高さに持ち上げられた畑があった。
岩塩洞窟のあるヤギの居住スペースの一部が下がったのか。
でも東の更に上の層が下がって、ヤギたちの居住スペースは以前よりも広くなっていた。
全体的に高い層が下にきたって感じだな。
『余分な土は圧縮して崖の縁をガッチガチに固めたよ。感謝してくれてもいいからね』
「ガチガチ? うわ、本当だ。まるでコンクリートだな。ところでベヒモスくん」
『うん。なぁに? お礼をいいたいの? いいよいいよ、いくらでも聞いてあげる』
しゃがんでベヒモスの頭を撫でてやる。
ベヒモスは撫でられてうっとりしているようだ。
そのベヒモスを対岸が見えるように体の向きを変える。
「なぁ。どうやって畑に行けばいいんだ?」
対岸まで十メートル以上ある。
下には雨水が溜まってできた池があった。
橋は……ない。
『んーっと…………えへ』
「えへじゃない! どうすんだこれ!!」
陸の孤島状態じゃないかこれ。
「ユタカさぁ~ん」
「ユタカァ」
周りの様子を見に行っていた二人が戻ってきた。
二人とも、畑に行けず困ってるだろうな。
「ユタカさん、見ましたか!」
「おっきな水溜まりがあったわよっ」
「アスちゃんを見つけた湖ほどじゃありませんが、あの水溜まりがあったらお魚が泳げたりしませんかね?」
「魚を育てるの。どう? いい案でしょ?」
……全然困っていなかった。
はぁ……。
「二人とも落ち着いて。海の魚は淡水じゃ育てられないから」
「「たんすい?」」
「またその話はおいおい。それよりも、橋を架けなきゃいけないから、ダッツを探してくれないか?」
「「はぁーい」」
二人の頭には、魚の塩焼きが浮かんでいるんだろうなぁ。
鮎とか山女魚の卵とかって、手に入らないかなぁ。
とりあえず今は、新しくなった集落で快適に暮らせるようにしなきゃな。
まずは畑に向かう橋作りだ。
ちょっとヤバいかもと思い始めた。
どうヤバかっていうと……。
「川の水位が上がってきている」
元々水位はくるぶしほどもなかったけど、今は倍近くあると思う。
危険だから近づかないようにしているから、どのくらいの深さになっているかまではわからない。
そう。危険なんだ。
「まさか谷の奥の方からも水が流れてくるとはなぁ」
「元々水はけの悪い土地ですし、水は低いところに流れますから」
「当たり前と言えば当たり前よね」
はぁ。
緑化のことばかり考えてて、水害のことなんてまったく頭になかった。
さっき遠目に見た時に、畑側の川岸が削られているようだったし……このままじゃ危険だな。
ひとまず西側の高台に避難するか。
ルーシェとシェリルにも説明をして、三人で手分けしてみんなに避難を呼びかけた。
雨が降り出してからワームたちも集落に呼んでいたのは幸いだったな。
「ここを使うモグ。ここは日中の暑い時間に、子供たちが遊ぶ場所モグ。広いから全員入れるモグよ」
「ありがとうトレバー」
「なぁに。困ったときはお互い様モグ。それにしても、このまま雨が降り続いたら下の畑やツリーハウスが水没してしまうモグね」
「ま、まぁそこまでは降らない……と思うけど」
けど……砂漠を緑化させるためには雨が必要だ。
雨を降らせるたびに水が大量に流れてくるとなると、いつ水害が発生するかわかったもんじゃない。
洪水、土砂崩れ……どっちも発生しそうだ。
『ねぇねぇ』
「ん?」
足元で俺のズボンを引っ張るのはベヒモスだ。
ベヒモスは集落に来てから、人前に姿を現している。
ウリ坊の姿で。
おかげでみんなから「またどこで拾ってしてきたんだい」って言われた。
「なんだよ、ベヒモス」
『……』
無言で俺を睨んでやがる。
「なんだいベヒモスくん」
『ぼくが助けてあげようか?』
「助ける?」
何を言っているんだ?
「どうしたモグ、ユタカくん。ベヒモスくんがお腹を空かせたモグか?」
「あ、いや、大丈夫。ちょっと雨の様子見てくるよ」
ベヒモスの声は、俺やルーシェ、シェリルにしか聞こえない。
他の人にはフゴフゴ鳴いているように聞こえるようだ。
ベヒモスを抱えて穴の入り口へと向かった。
「助けてくれるって、どうやって?」
『ぼくは大地の大精霊だよ? 地形を少し変えるぐらい、朝飯まえさ。ご飯は食べないけど』
「地形……できるのか!?」
『えっへん。凄いでしょ?』
凄い!
『ベヒモスくん、出番がなくて不貞腐れていたものねぇ』
『まったく、幼稚な奴だ』
『うるさいうるさいうるさいやい! ぼくだって活躍したいもんね!』
「あら? ベヒモスくん、ご機嫌斜めモクねぇ」
「あはは。いやぁ、雨で遊べないからストレス溜まってるようで」
「そうなのね。うちの子も退屈してるモクよ」
アクアディーネもジンも、他の人には見えていない。
きっとウリ坊が誰もいない宙に向かって、ブヒブヒ鳴いてるように見えるんだろうなぁ。
「具体的にどう地形を変えるんだ?」
『まぁそれは要相談だね。どうしたいか言ってよ。そのうえで洪水や土砂崩れの心配がないか、ぼくは判断してあげる』
「ありがとうベヒモスくん。じゃあ――」
大地の大精霊が地形を変えるから、地面が揺れるけど心配しないで。
集落のみんなにそう説明したその日、地面が揺れまくった。
ただ地震のような揺れじゃなくって、小刻みな揺れがながーく続く感じ。
外は相変わらず土砂降りだったから、出て様子を見る事もできず。
『雨雲を成長させすぎたわね。ジンのせいよ』
『わたしのせいだと!? お前たちが海水を蒸発させ過ぎたからじゃないのか』
『違うわよっ』
人形サイズのアクアディーネとジンが、言い争っている。
雨が止んだのは三日後。
辺りにはあちこり水たまりができ、久々に顔を出した太陽の日差しを浴びてキラキラ光って見える。
「ぬかるみができてるだろうから、足元に気を付けて。特に崖の上り下りには十分に注意してくれよ」
子供たちはべちゃべちゃになった泥で遊んでいる。
お母さんたちは引き攣った顔で見ているけど、いつ鬼の形相になるやら……。
あぁ……アスまで泥まみれになって遊び始めたぞ。
頼むからそのままドリュー族の穴
はぁ……さて、集落はどうなってるのかな。
足を滑らせないよう気を付けながら崖の縁へと向かうと――
「あれ? ツリーハウスが、なんか多い?」
西の高台には七本のツリーハウスがあったはずだ。
トレバーたちが一時的に暮らしていたツリーハウスと、移住組のツリーハウスとで七本。
だけど、俺の目に映るツリーハウスはもっと多い。
んんー……ん?
「あれ? いつから高台に銭湯ができたんだ?」
建てた覚えはない。
銭湯は集落に一つだけだったはず。
それにあの建物は……みんなで建てた銭湯そのものじゃないか!?
え?
『ふっふっふ。どう?』
「おわっ。ベヒモス――くん」
『切らないでよ。ちゃんとぼくのこと、かわいい大精霊だって理解してたら素直にベヒモスくんって呼べるはずだよ』
自分で自分をかわいいと……。
この世界にはそういう種族が多いのだろうか。
『それで、どう? 凄いでしょ』
「凄いっていうか、どうなっているんだ?」
『下の層、君たちの居住スペースの地面を上げたんだ。同時にここの層は下げてね』
上と下の層が、まったく同じ高さになっている。
おかげで広くなった気がした。
いや、気がしたんじゃない。
下と高台が合体したにしても、かなり広くなっている。
「もしかして、もう一段上の層も下ろしてきたのか?」
『ピンポーン。大正解! 広い方がいいでしょ? あ、あとね、お向かいの畑も広くしたよ。たくさん野菜を育てられるようにね』
「本当か!?」
慌てて対岸を見てみると、同じ高さに持ち上げられた畑があった。
岩塩洞窟のあるヤギの居住スペースの一部が下がったのか。
でも東の更に上の層が下がって、ヤギたちの居住スペースは以前よりも広くなっていた。
全体的に高い層が下にきたって感じだな。
『余分な土は圧縮して崖の縁をガッチガチに固めたよ。感謝してくれてもいいからね』
「ガチガチ? うわ、本当だ。まるでコンクリートだな。ところでベヒモスくん」
『うん。なぁに? お礼をいいたいの? いいよいいよ、いくらでも聞いてあげる』
しゃがんでベヒモスの頭を撫でてやる。
ベヒモスは撫でられてうっとりしているようだ。
そのベヒモスを対岸が見えるように体の向きを変える。
「なぁ。どうやって畑に行けばいいんだ?」
対岸まで十メートル以上ある。
下には雨水が溜まってできた池があった。
橋は……ない。
『んーっと…………えへ』
「えへじゃない! どうすんだこれ!!」
陸の孤島状態じゃないかこれ。
「ユタカさぁ~ん」
「ユタカァ」
周りの様子を見に行っていた二人が戻ってきた。
二人とも、畑に行けず困ってるだろうな。
「ユタカさん、見ましたか!」
「おっきな水溜まりがあったわよっ」
「アスちゃんを見つけた湖ほどじゃありませんが、あの水溜まりがあったらお魚が泳げたりしませんかね?」
「魚を育てるの。どう? いい案でしょ?」
……全然困っていなかった。
はぁ……。
「二人とも落ち着いて。海の魚は淡水じゃ育てられないから」
「「たんすい?」」
「またその話はおいおい。それよりも、橋を架けなきゃいけないから、ダッツを探してくれないか?」
「「はぁーい」」
二人の頭には、魚の塩焼きが浮かんでいるんだろうなぁ。
鮎とか山女魚の卵とかって、手に入らないかなぁ。
とりあえず今は、新しくなった集落で快適に暮らせるようにしなきゃな。
まずは畑に向かう橋作りだ。