「私は真人君のことが好き。バレンタインの日はその気持ちを伝えるつもりだった。真人君も受け入れてくれるって期待してた。でも真人君が八月からアメリカに行っちゃうって話を聞いて、どうしたら良いか分からなくなった。あのときは話を打ち切っちゃってごめん」
「それは、俺が悪いんだし詩織さんは悪くないよ」
「いなくなっちゃうことが悲しかった、怒ってた。なんでもっと早く言ってくれなかったの? なんで私の告白から逃げるようなことをしたの?」
真人君は申し訳なさそうな表情になるが、うつむくことはなく私の目をまっすぐに見つめている。
「毎日のようにメッセージでやり取りをしていたときも、いじめから私を守ってくれたときも、私のことを好きだと言ってくれたときも、長電話をした夜も、一緒に遊びに行ったときも、私にとって大切な思い出のときも真人君は私に隠し事をしていたんだって思って、失望した」
真人君の目はゆるぎなく私を見つめ続ける。私の感情は止まらない。勝手に流れ出る涙なんて気にならない。
「でも、真人君のことを嫌いになることなんてなかった。ずっと好きなままだった。頑張ってる姿とか考え方に憧れて、一緒にいたり声を聞くだけで安心して、何があっても信頼出来て、たまに子供っぽくて守ってあげたいときがあって、たくさん優しい言葉をかけてくれた。それは全部本物だったって、嘘じゃないって分かるから。だから色んな気持ちが混ざってどうしたら良いか分からなくなっちゃった」
私たちの間を春風が駆け抜ける。涙は風のせいではない。真人君はその風に顔をしかめながらも微動だにしない。
「私、真人君は大学からアメリカに行くんだと思ってた。だからあの日はそれまでで構わないから彼女にしてくださいって言うつもりだった」
彼女という言葉に真人君は反応して眉をピクリと動かす。
「二年以上あるからそれまでにもっと仲良くなって、将来を誓い合えるくらいの仲になって、真人君がアメリカのスターとか美人なお姉さんにも見向きもしないくらい私のことを好きになってもらって、いつか一緒に暮らせたらって思ってた」
真人君が目を見開いた。
「色んな人に相談して自分の気持ちと向き合って色んなことを考えたけど、この気持ちは変わらなかった。むしろ日夏さんや真人君のお母さんと話して、私の知らない真人君をたくさん知ることができてもっと強く思うようになった」
一旦間を取って、目を閉じて小さく息を吸い込んだ。目を開けて再び真人君視線を交わらせた。
「私、真人君の彼女になりたい。私の知らない真人君を知りたいし、真人君が知らない私のことを知って欲しい。そしていつかその先の関係にもなりたいと思ってる」
言ってやった。言ってしまった。もう言わなかった時間に戻ることはできない。
「私はこれを伝えたくて、今日真人君をここに呼び出したの」
あとは真人君次第。この先のことは何も想定していない。でも私は真人君を信じている。
「座ろうか」
真人君が自分の鞄を持って桜の木の下のベンチに座るように促す。私の鞄はすでにベンチの端に置いてあり、私たちは二人分の鞄に挟まれるように座った。
「詩織さん」
名前を呼んでもらうたびに心が震えた。嬉しくなった。今も変わらない。
「俺も同じ気持ちだよ。俺は詩織さんの彼氏になりたかった」
真人君は照れくさそうに私から目を背けた。頬や耳が赤くなっているように見える。
「俺はNBA選手になるのが夢だったから、去年アメリカ行きが決まってすごく嬉しかったんだ。でも詩織さんのことが心残りだった。小学生の頃からずっと好きだったのに何もできないまま月日だけが経っていて、このままアメリカに行ったらもう一生会えないかもなって思った」
「だから、伊織に話して初詣に誘ってくれたんだよね?」
「うん。本当はそれだけの約束だったんだ。初詣が終わったらアメリカに行くことを話して、お別れする。思い出を作るだけだったんだ。その約束で伊織は協力してくれた」
「え? でも、伊織は……」
そのあとも色々助けてくれた。
「伊織のことは許してあげて欲しい。詩織さんを傷つけたこと、伊織は何も悪くないんだ。俺が帰りに詩織さんからまた一緒にどこかに行きたいって言ってもらえたことで舞い上がっちゃって、約束を破ったんだ。それでも伊織はしょうがないなって色々フォローしてくれた」
伊織のいる方に目を向けると、美月が心配そうな目でこちらを見ていた。伊織はその影で校舎に寄りかかっていてこちらを見ていない。
「詩織さんと初詣に行ったことが噂になったとき、言ってしまえば良かったんだ。確かに一緒に行ったけど、それっきりでもうなんとも思っていないって。むしろ全然楽しくなかったとか、詩織さんをこき下ろすようなことを言えば詩織さんや萩原さんがいじめられることはなかった。でも言えなかったんだ。伊織から詩織さんも楽しかったって言ってたって聞いて嬉しくて、詩織さんとの関係を終わらせたくなかった。俺のわがままだったんだ」
「ちゃんと守ってくれたんだから、気にすることないよ」
真人君は潤んだ優しい目で私を見て「ありがとう」と呟いた。
「アメリカに行くこと、ずっと言おう言おうって思っていたけど、詩織さんと仲良くなるにつれて詩織さんはもしかしたら俺のことを好きなんじゃないかって思うようになって、言ったら詩織さんが悲しむと思って言えなくなった」
私の想像通りだ。それが正解かどうかはともかく私を気遣って黙っていたんだ。
「いじめのことがひと段落したし、世間的にもそういう日だしバレンタインの日に告白されるんじゃないかって予感はしていたんだ。伊織もそうだろうって言っていたしね。だからその日に打ち明けることを決めたんだ。ずっと黙っていた大事なことを、告白しようとしたときに打ち明けるなんてひどいことをする俺を嫌いになってもらうために。その方が悲しまないと思ってた」
「嫌いになんてならなかったよ」
「駄目だね、俺は。よく色んな人になんでもできてすごいとか、完璧だとか言ってもらえるけど本当は全然違うんだ。臆病で考えが浅くて、感情にすぐ流されて、そんな人間なんだ」
「知ってるよ。真人君のお母さんが言ってた。あの子は駄目な子だって」
「母さんが……」
「でも、あの子は良い子だって言ってた。一生懸命で優しくて気遣いができてって。私はそういう真人君を全部ひっくるめて好き」
私は体を真人君の方に向けて、左隣に座る真人君の右手を両手で握る。左手を見つめると真人君はそれに気づいて左手も重ね合わせた。その状態で私は真人君の言葉を待つ。
「俺は半年もしないうちにアメリカに行っちゃうから、それまで付き合うなんて無責任なことはできないと思って、俺に覚悟が足りなくて、詩織さんに告白させないようにしたんだ。これで終わり、最後の思い出にするために駅前に遊びに行ったとき、伊織が今日は色々忘れて楽しめって言ってくれたおかげで、今までの人生で一番幸せな時間だった。最後に最高の思い出ができたと思った」
「私もだよ。あの日は最高の思い出」
「バレンタインの日以来、ずっと悩んでいた。やっぱり間違ったのかなって。俺はどうするべきなのか。どうしたら詩織さんを悲しませずに済むのか。伊織はもちろん、大悟さんとか白雪先生とか、秋山にまで相談した。日夏先輩にもしっかりしろって伊織と一緒に背中をひっぱたかれた。それで覚悟を決めたんだ」
真人君はベンチから立ち上がって私の目の前に立った。
「俺が今日ここに詩織さんを呼んだのはこれを伝えるため」
真人君が息を呑む。私も立ち上がり、しっかりと視線を合わせた。
「俺は詩織さんのことが好きだ。俺は詩織さんの彼氏になりたい。それでいつかはその先……結婚しよう、俺が詩織さんを一生幸せにする」
時間が、空気の流れが止まったような気がした。
私はその言葉をあえてぼかして言った。だって高校生の私たちにとってはまだ現実的ではない言葉だし、恥ずかしいし。
「詩織さんにあんな仕打ちをして、自分勝手なことを言っているのは分かってる。それでも、詩織さんを悲しませないために、幸せにするために、こうするのが一番だと思ったんだ。詩織さんが俺のことを好きだと言ってくれたから、完全に覚悟ができた」
真人君は目を潤ませて顔を真っ赤にしている。カッコいいことを言っているのにカッコついていない。
でも、優しくて気遣いができて、一生懸命でカッコ良くて、誠実で真面目で、臆病で照れ屋で、私のことを好きだと言ってくれる真人君のことを私は愛している。
気がつくと私は真人君の胸の中にいた。大きな体の真人君が私の体を優しくしっかりと抱きしめていた。私も真人君の背中に手を回している。どちらからでもなく、おそらく同時に体が動いていた。
真人君の体は美月と違って硬くてごつごつしている。でも美月と同じで暖かい。
「真人君」
「ん?」
「大好き」
「俺もだよ。えっと、その、大好きだよ、詩織さん」
「最高の思い出、更新された」
「これからもっと更新していこう。最高は塗り替えるものだから」
「うん」
「それは、俺が悪いんだし詩織さんは悪くないよ」
「いなくなっちゃうことが悲しかった、怒ってた。なんでもっと早く言ってくれなかったの? なんで私の告白から逃げるようなことをしたの?」
真人君は申し訳なさそうな表情になるが、うつむくことはなく私の目をまっすぐに見つめている。
「毎日のようにメッセージでやり取りをしていたときも、いじめから私を守ってくれたときも、私のことを好きだと言ってくれたときも、長電話をした夜も、一緒に遊びに行ったときも、私にとって大切な思い出のときも真人君は私に隠し事をしていたんだって思って、失望した」
真人君の目はゆるぎなく私を見つめ続ける。私の感情は止まらない。勝手に流れ出る涙なんて気にならない。
「でも、真人君のことを嫌いになることなんてなかった。ずっと好きなままだった。頑張ってる姿とか考え方に憧れて、一緒にいたり声を聞くだけで安心して、何があっても信頼出来て、たまに子供っぽくて守ってあげたいときがあって、たくさん優しい言葉をかけてくれた。それは全部本物だったって、嘘じゃないって分かるから。だから色んな気持ちが混ざってどうしたら良いか分からなくなっちゃった」
私たちの間を春風が駆け抜ける。涙は風のせいではない。真人君はその風に顔をしかめながらも微動だにしない。
「私、真人君は大学からアメリカに行くんだと思ってた。だからあの日はそれまでで構わないから彼女にしてくださいって言うつもりだった」
彼女という言葉に真人君は反応して眉をピクリと動かす。
「二年以上あるからそれまでにもっと仲良くなって、将来を誓い合えるくらいの仲になって、真人君がアメリカのスターとか美人なお姉さんにも見向きもしないくらい私のことを好きになってもらって、いつか一緒に暮らせたらって思ってた」
真人君が目を見開いた。
「色んな人に相談して自分の気持ちと向き合って色んなことを考えたけど、この気持ちは変わらなかった。むしろ日夏さんや真人君のお母さんと話して、私の知らない真人君をたくさん知ることができてもっと強く思うようになった」
一旦間を取って、目を閉じて小さく息を吸い込んだ。目を開けて再び真人君視線を交わらせた。
「私、真人君の彼女になりたい。私の知らない真人君を知りたいし、真人君が知らない私のことを知って欲しい。そしていつかその先の関係にもなりたいと思ってる」
言ってやった。言ってしまった。もう言わなかった時間に戻ることはできない。
「私はこれを伝えたくて、今日真人君をここに呼び出したの」
あとは真人君次第。この先のことは何も想定していない。でも私は真人君を信じている。
「座ろうか」
真人君が自分の鞄を持って桜の木の下のベンチに座るように促す。私の鞄はすでにベンチの端に置いてあり、私たちは二人分の鞄に挟まれるように座った。
「詩織さん」
名前を呼んでもらうたびに心が震えた。嬉しくなった。今も変わらない。
「俺も同じ気持ちだよ。俺は詩織さんの彼氏になりたかった」
真人君は照れくさそうに私から目を背けた。頬や耳が赤くなっているように見える。
「俺はNBA選手になるのが夢だったから、去年アメリカ行きが決まってすごく嬉しかったんだ。でも詩織さんのことが心残りだった。小学生の頃からずっと好きだったのに何もできないまま月日だけが経っていて、このままアメリカに行ったらもう一生会えないかもなって思った」
「だから、伊織に話して初詣に誘ってくれたんだよね?」
「うん。本当はそれだけの約束だったんだ。初詣が終わったらアメリカに行くことを話して、お別れする。思い出を作るだけだったんだ。その約束で伊織は協力してくれた」
「え? でも、伊織は……」
そのあとも色々助けてくれた。
「伊織のことは許してあげて欲しい。詩織さんを傷つけたこと、伊織は何も悪くないんだ。俺が帰りに詩織さんからまた一緒にどこかに行きたいって言ってもらえたことで舞い上がっちゃって、約束を破ったんだ。それでも伊織はしょうがないなって色々フォローしてくれた」
伊織のいる方に目を向けると、美月が心配そうな目でこちらを見ていた。伊織はその影で校舎に寄りかかっていてこちらを見ていない。
「詩織さんと初詣に行ったことが噂になったとき、言ってしまえば良かったんだ。確かに一緒に行ったけど、それっきりでもうなんとも思っていないって。むしろ全然楽しくなかったとか、詩織さんをこき下ろすようなことを言えば詩織さんや萩原さんがいじめられることはなかった。でも言えなかったんだ。伊織から詩織さんも楽しかったって言ってたって聞いて嬉しくて、詩織さんとの関係を終わらせたくなかった。俺のわがままだったんだ」
「ちゃんと守ってくれたんだから、気にすることないよ」
真人君は潤んだ優しい目で私を見て「ありがとう」と呟いた。
「アメリカに行くこと、ずっと言おう言おうって思っていたけど、詩織さんと仲良くなるにつれて詩織さんはもしかしたら俺のことを好きなんじゃないかって思うようになって、言ったら詩織さんが悲しむと思って言えなくなった」
私の想像通りだ。それが正解かどうかはともかく私を気遣って黙っていたんだ。
「いじめのことがひと段落したし、世間的にもそういう日だしバレンタインの日に告白されるんじゃないかって予感はしていたんだ。伊織もそうだろうって言っていたしね。だからその日に打ち明けることを決めたんだ。ずっと黙っていた大事なことを、告白しようとしたときに打ち明けるなんてひどいことをする俺を嫌いになってもらうために。その方が悲しまないと思ってた」
「嫌いになんてならなかったよ」
「駄目だね、俺は。よく色んな人になんでもできてすごいとか、完璧だとか言ってもらえるけど本当は全然違うんだ。臆病で考えが浅くて、感情にすぐ流されて、そんな人間なんだ」
「知ってるよ。真人君のお母さんが言ってた。あの子は駄目な子だって」
「母さんが……」
「でも、あの子は良い子だって言ってた。一生懸命で優しくて気遣いができてって。私はそういう真人君を全部ひっくるめて好き」
私は体を真人君の方に向けて、左隣に座る真人君の右手を両手で握る。左手を見つめると真人君はそれに気づいて左手も重ね合わせた。その状態で私は真人君の言葉を待つ。
「俺は半年もしないうちにアメリカに行っちゃうから、それまで付き合うなんて無責任なことはできないと思って、俺に覚悟が足りなくて、詩織さんに告白させないようにしたんだ。これで終わり、最後の思い出にするために駅前に遊びに行ったとき、伊織が今日は色々忘れて楽しめって言ってくれたおかげで、今までの人生で一番幸せな時間だった。最後に最高の思い出ができたと思った」
「私もだよ。あの日は最高の思い出」
「バレンタインの日以来、ずっと悩んでいた。やっぱり間違ったのかなって。俺はどうするべきなのか。どうしたら詩織さんを悲しませずに済むのか。伊織はもちろん、大悟さんとか白雪先生とか、秋山にまで相談した。日夏先輩にもしっかりしろって伊織と一緒に背中をひっぱたかれた。それで覚悟を決めたんだ」
真人君はベンチから立ち上がって私の目の前に立った。
「俺が今日ここに詩織さんを呼んだのはこれを伝えるため」
真人君が息を呑む。私も立ち上がり、しっかりと視線を合わせた。
「俺は詩織さんのことが好きだ。俺は詩織さんの彼氏になりたい。それでいつかはその先……結婚しよう、俺が詩織さんを一生幸せにする」
時間が、空気の流れが止まったような気がした。
私はその言葉をあえてぼかして言った。だって高校生の私たちにとってはまだ現実的ではない言葉だし、恥ずかしいし。
「詩織さんにあんな仕打ちをして、自分勝手なことを言っているのは分かってる。それでも、詩織さんを悲しませないために、幸せにするために、こうするのが一番だと思ったんだ。詩織さんが俺のことを好きだと言ってくれたから、完全に覚悟ができた」
真人君は目を潤ませて顔を真っ赤にしている。カッコいいことを言っているのにカッコついていない。
でも、優しくて気遣いができて、一生懸命でカッコ良くて、誠実で真面目で、臆病で照れ屋で、私のことを好きだと言ってくれる真人君のことを私は愛している。
気がつくと私は真人君の胸の中にいた。大きな体の真人君が私の体を優しくしっかりと抱きしめていた。私も真人君の背中に手を回している。どちらからでもなく、おそらく同時に体が動いていた。
真人君の体は美月と違って硬くてごつごつしている。でも美月と同じで暖かい。
「真人君」
「ん?」
「大好き」
「俺もだよ。えっと、その、大好きだよ、詩織さん」
「最高の思い出、更新された」
「これからもっと更新していこう。最高は塗り替えるものだから」
「うん」