白雪先生や秋山君のアドバイスを受けて終業式までにはきちんと決着をつけたいと思いつつもいまいち決心がつかないまま、学年末テストがあることを理由に勉強に逃げて何もしないまま日曜日の卒業式を迎えた。

 明日が今日の代わりに休み、火曜から金曜がテスト。次の週は授業があってその次の週の月曜日が終業式だ。来週中にどうにかするために、もう一つ何か背中を押してくれるものが欲しい。

 そんなことを考えていると卒業式が終わった。

 一、二年生はすぐに解散となり帰宅する人も多いが、部活などでお世話になった三年生がいる人は最後のホームルームが終わって卒業生が校舎から出てくるのを校門と昇降口の間のスペースで待つのが恒例らしい。

 復活した美月が料理部の先輩に挨拶がしたいと言うので私も一緒に待っていると文芸部の三年生と出くわした。

 進路も連絡先も知らず顔と名前しか知らない先輩は私に気がつくと軽く手を振ってきたので私も会釈をして返す。そして先輩は一緒にいた友人と思わしき卒業生とどこかに行ってしまった。

 これが私の文芸部との関わり。嫌われてはいないと思うし嫌ってもいない。ただ単に一緒にいることも話すこともほとんどなかっただけの薄っぺらな関係だったというだけだ。周りで行われている先輩と後輩の感動的な別れの光景を見ているとこんな関係しか築かなかったことが少し心残りだ。

 そんなことをしている隙に隣にいたはずの美月がいなくなっていた。大量の生徒が集まっていてまさに人ごみ状態だったのではぐれてしまったかと思ったが、辺りを見回してみるとそんなに遠くには行っていなかった。卒業生かと思われる三人の女子生徒に囲まれて談笑している。

 あれが美月を可愛がっていたという料理部の先輩かと思ってぼんやりと眺めていると、なんたることかそのうちの一人が美月を抱きしめた。

「あっ」

 衝動的にそちらの方に向かおうとした瞬間に美月は解放され、ほっとしたのも束の間もう一人も美月を抱きしめる。そしてそれが終わると最後の一人も同じように美月を抱きしめた。

 いくら部活の先輩だからといって大衆の面前で美月にあんなことをするなんて私でもしたことがないのに羨ましい。それに美月もなんだか楽しそうで恨めしい。

 あの人たちにも美月大好きクラブに入ってもらえば資格停止中の伊織を除いても部員は五人になり、白雪先生になんとか顧問になってもらえば部活動立ち上げの申請ができたはずだ。

 でもあの人たちは今日で卒業なのでそれは叶わない。なんとも言い難いほどに残念でならない。

 美月に浮気をされたので私も仕返ししてやろうと唯一話ができそうな卒業生である日夏さんを駄目元で探すことにした。大学の前期試験は終わっているはずだし、バスケ部の集まりにいるかもしれないと思って身長の高い集団を探してみるとその集団はすぐに見つけることができた。

 真人君や伊織もいるので間違いなく男子バスケ部の集まりだが日夏さんの姿はない。調べたところによると日夏さんの志望校の合格発表は次の木曜日。駄目だったときの後期試験に備えてすぐに帰って勉強をしているのかもしれない。

「詩織」

 まあいたとしても私に構っている暇はないだろうし、あの集団の中に自分から話しかけに行けるほどの度胸は私にはないから関係ないかと思い、バスケ部の集団に背を向けると私以外のたくさんの人に抱かれてしまった美月が正面に立っていた。

「お待たせ。どうしたの? 元気なさそうだけど」

「なんでもないよ。日夏さんがいたら挨拶したかったなって思っただけ……」

 思っていることは言った方が良い。美月も言っていたし、白雪先生もそんなアドバイスをくれた。自分のしたいことを言った方が良いと秋山君が言ってくれた。ちょっとだけ練習してみようか、美月なら受け入れてくれるはずだ。

「それだけじゃなくて……美月が先輩たちに抱きしめられてたのが羨ましくて寂しくて、私も美月を抱きしめたいって思ってた」

 美月は目をまん丸くしてびっくりしているようだ。慌てて周りを見回して少し挙動不審になっている。やっぱり言わない方が良かっただろうか。

 しかし美月はすぐに優しく微笑んで、腕を広げて言ってくれた。

「いいよ。おいで」

 体は勝手に動いて美月の胸に飛び込んだ。美月が優しくしっかりと私の体を腕で包み込む。

 美月の匂い、感触は私を安心させる。ずっとこうしていたいと思えるほどに心地よくて、この状況を一言で表すならば天国。天使である美月に抱きしめられて不安な気持ちが浄化されていく。

「大丈夫。私はいつでも詩織の味方だよ」

「うん」

 こうやって美月に支えられながら、私は小さな一歩を確実に前に向けて進めていく。