午前中の授業を終えて昼休み、美月はいないがたまには白雪先生と二人でお昼ご飯を食べるのも良いだろうと思いお弁当を持って保健室に入ったが、三台のベッドがすべて埋まるほどの体調不良者がおり、直前の体育の授業で怪我をした人もいて先生は大忙しのようだった。

 奥のスペースで一人で食べ始めるか他のところに行って食べてと言われたので、蘭々たちに混ぜてもらおうと教室に戻るため保健室を出るとプリントを何枚か持った秋山君と出くわした。

「よう、もう弁当食べ終わったのか、早いな」

「違うよ。白雪先生と一緒に食べようと思ったんだけど、忙しいみたいだから出てきたの。秋山君はどうしたの? 今日、美月はお休みだよ?」

「え? まじ? 堀先生一言も教えてくれなかったんだけど。俺、信用されてないのかな……」

 驚いたり怒ったり悲しんだり秋山君は感情豊かに表情を変える。感情をありのままにぶつけるってこういうことなのかなと参考になる。

 秋山君も教室に戻るようで、行き先が隣の教室なので自然と一緒に歩き出すが、美月大好きクラブの同志である秋山君と一緒に歩くのは苦にならない。
 
 ちなみにそのクラブの部長は私。副部長は伊織だけど今は部長権限で部員資格停止中だ。一般部員が秋山君しかいない小数精鋭すぎるクラブなのでいつか白雪先生や蘭々たちも勧誘しようと思う。美月の家族は名誉部員なのでカウントしない。

「そういえば萩原さんの好きな人、結局誰なの? バレンタインのとき、明日になれば分かるって言ってたけど、二週間たっても誰かと付き合ってる雰囲気ないんだけど」

 確かに聞くよね。くだらないことを考えながら何も話さずにやり過ごそうとしていたけれど秋山君は逃がしてくれなかった。

「もしかして真人と春咲のことと関係あったりする?」

 知っているんだ、秋山君は。真人君か伊織が相談したのだろうか。

 秋山君とは仲良くなれそうだけれど未だに詳しくは知らない。今までの印象だと、感情が割と表に出やすく、責任感が強くてちょっとだけ意地っ張り。美月以外には思っていることをはっきり言えるタイプのように見える。

 信用できる人だとは思うし、事情を知っているのならばちょうど良いので、白雪先生のように少しでも道を開かせてくれることを期待して話をすることにした。でも教室までの道のりでは話しきれなそうだ。

「秋山君、お昼は?」

「え? まだだけど……」

「じゃあお昼ご飯持って保健室に来て。奥のいつも美月がいるところで話そう」

 私は突然の誘いに目を丸くする秋山君を置いて保健室に戻り、忙しそうな白雪先生に断りを入れて奥のスペースに向かった。

 これから秋山君が来ますと言うと先生も驚いていたけれど、色々な人と話したいという私の気持ちを察してくれたようで無言で頷いて了承してくれた。

 お弁当を食べながら待つこと三分、秋山君が保健室に到着し奥のスペースに入ってくる。

「失礼しまーす……ってもう食べてんのかよ」

「ごめん、私食べるの遅くて急がないと食べきれないから」

 文句を言いながら秋山君は私の正面に座って自分のお弁当を広げ始める。私の二倍くらいの量はあって、まるで体を大きくしたい伊織みたいだ。

「いっぱい食べるんだね」

「体大きくしたいからな」

「でも部活は辞める七割なんでしょ?」

「辞めるって決めるまでは頑張りたいし」

「いつ決めるの?」

「二年生になる直前かな。そんときの気持ち次第で辞めるか続けるか決める」

「どっちにするか決まってないけど決めるタイミングは決めてるんだ」

「考えるって言っても期限を定めておかないとグダグダになるからな。部活っていう団体である以上俺一人の問題じゃないし」

「そっか。やっぱり秋山君に相談して良かった」

「え? 何、いきなり。まだ春咲の話何も聞いてないけど」

 秋山君はきちんと考えて決められる人だ。私みたいに考えて考えて、考え続けてグダグダになっている人間とは違う。

「秋山君はどこまで知ってるの? 私と真人君のこと」

「真人が八月からアメリカに行くって春咲に言ってからちょっと気まずくなってるってところまで。バレンタインの二日後くらいに、四月から同じクラスだからよろしくなって伝えに言ったら深刻そうな顔で相談されたよ。で、それと萩原さんのことは関係あるのか?」

「うん。私、真人君の話を聞いてどうしたらいいか分からなくなっちゃってこの二週間ぐらいずっと宙ぶらりんなままというか、あの日以来真人君とまともに会話できてなくて。落ち込んでるというか悲しんでいるというかちょっとだけ怒ってるというか、私がそんな状態なのに自分だけ幸せになれないって」

「萩原さんが言ったのか?」

「伊織だよ。美月が好きなのは伊織。伊織も美月のことが好き。でも、私のせいでまだ付き合ってない」

「そっか、伊織か。やっぱりな……」

 秋山君は天井を見上げた。肌も白くて顔立ちも幼げなので年下のように見えてしまうときもあるが天井を見上げたことで露わになった首には、伊織や真人君と同じように男の子らしい喉仏がしっかりと見えており、同級生なのだと認識させられる。

 秋山君はそのまま「よし」と呟きながら一瞬だけ笑みを見せ、次の瞬間には私と向き合った。何かを決断したように見える。

「じゃあ春咲が真人とちゃんと向き合えるようになれば二人は付き合うんだな?」

「まあ、そうだと思う。私もそうしたいんだけど、どうしたら良いか悩んでて」

「俺も手伝うよ。春咲のこと」

「え? 良いの? もし美月のことをまだ好きなら、むしろ今の方が都合が良い気がするけど」

「好きだけど、未練があるから今もプリントとか届けに来てるし、春咲に萩原さんのこと聞いたりしてるけど、良いんだ。ほとんど吹っ切れてたし、伊織は良い奴だと思うし、二人が付き合ってくれたら完全に諦められる」

「秋山君がそれで良いなら私も良いんだけど」

「それに気まずい関係の奴らと同じクラスになりたくねえよ。こっちまで気まずくなりそう」

 秋山君は冗談めかして笑って見せた。

「ていうか知ってるか? 真人の奴、一学期しか学校に来ないのに特進クラスにした理由」

「えっと、バスケだけじゃなくて勉強も頑張りたいからって聞いたけど」

「それもあるけどもう一つあるんだ。あいつが相談しに来たときに言ってた。春咲と同じクラスになりたかったんだってよ。日本での高校生活の最後に同じ教室で過ごして思い出が欲しかったって」

 そんな風に思ってくれていたことは素直に嬉しい。でも、最後にという言葉はやっぱり寂しくて、胸がキュッと締め付けられるように苦しくなる。

「そんだけ春咲のことが好きなのに大事なことをずっと言わなかったってのは良くないよな、今更だけど。で、俺は何をすれば良い? 何をしてやれば春咲の手伝いになる?」

「うん、そんな感じで秋山君が思ったことを言ってくれると嬉しい。余計な気を遣わないで、自分はこう思うとか自分ならこうするとか言ってくれると助かる」

 秋山君は私が面と向かって話ができる貴重な男子。アドバイスではなくただの感想でもきっと他の人とは違った視点から話をしてくれてヒントをもらえると思う。