帰りのバスの中、こんなに遊んだのは小学生以来ですっかり疲れ切ってしまった私は眠気を覚えていた。

 うとうととしながらこのまま隣に座る真人君の肩に頭を預けて寝てしまおうかとも考えたが、「せっかく二人きりでお出かけなんだからいっぱいお話ししないと」と心の中の美月が言うのでなんとか話題をひねり出して会話を続けることにした。

 しかし真人君の方も眠気を覚えているようで返事が「うん……」とか「あぁ……」とかさらに眠気を催すものばかりで、いつしか私の意識は心地よい闇の中へと沈んでいった。

 気がつくと私は空港にいた。私のそばには伊織と美月がいる。美月が私の背中を押して一歩踏み出すと目の前に真人君が現れる。何かを話しているようだけれど聞き取れない。その言葉を聞き取るため、私に伝えるため私たちの距離は近づく。一歩ずつ、一歩ずつ近づいてもなかなかその言葉は聞き取れない。もっと近づいて映画のようについにはキスをしてしまうのではと期待できる距離まで近づいたところで真人君は急に背中を向けて走り去ってしまう。振り返ると伊織もいなくなっていて、美月と私だけがその世界に取り残された。

 その世界を突如として大きな揺れが襲う。地震かと思って外へ逃げ出そうとすると次の瞬間には私はバスの中にいた。

「あれ……? 夢?」

 どうやら揺れは地震ではなくバスが停車したときの揺れだったようで慌てて停留所の名前を確認すると降りる予定だった場所よりも四つも過ぎてしまっている。

「やばい! 真人君、起きて! 降りなきゃ」

「……ああ詩織さん。ごめん、俺がちゃんと言っておけば……え? あ、うわ、やば」

 二人で待たせてしまっている運転手さんに謝りながらバスを降りると、そこは私の家と真人君の家のちょうど真ん中くらいの場所だった。一度真人君の家から歩いて帰っているし、そこまで致命的な寝過ごしではなくて助かった。

「ごめん、寝ちゃってた」

「ううん、私もだし」

 真人君と歩く距離が長くなって嬉しい、と言うのは照れくさくて言えなかった。

「あ、伊織に連絡しないと」

 お父さん向けには伊織と一緒に出掛けていることになっているので帰るタイミングは合わせないといけない。美月と伊織は美月のエプロンを買ってお昼ご飯を食べた後、美月の中学の頃の友人が通う高校の吹奏楽部の演奏会を見に行くことになっており、その後の伊織は私がバス停に着いて連絡をするまで美月の家で待っていることになっている。

 伊織に電話をかけると色々な声も聞こえてきて伊織の声が聞き取りづらい。どこか騒がしいところにでもいるようだ。私の声も大きくなってしまって隣に真人君がいるのに恥ずかしい。

「もしもし伊織? なんか騒がしいけど、どこにいるの?」

「美月さんの家だけど。ちょっとうるさかったか? 今美月さんと風美とお姉さんと俺の四人でゲームして盛り上がってたんだ。どうした? バス停についたのか?」

「……二人で寝過ごしちゃって。降りる予定のところ過ぎちゃった。これから歩いて行くからちょっと遅くなりそう」

「あ、そう。真人も一緒なんだろ?」

「うん」

「じゃあいいや。家に着く五分前になったらまた連絡くれ。じゃあな」

「え、ちょっと……切れちゃった」

 最近の伊織ならどこにいるんだとか、あとどれくらいで家に着きそうなんだとか聞いてきそうなものなのに、簡潔に用件だけ言って電話を切ってしまった。そんなに萩原姉弟とのゲーム大会が楽しいのだろうか。

「伊織、なんだって?」

「美月の家でお姉さんと弟君と一緒にゲームで盛り上がってるみたい」

「姉弟とも仲が良いなんて良いことじゃない」

「そうなんだけど、なんか私のことが軽んじられているみたいで、こう、釈然としないというか。関係が進むのは嬉しいんだけどね」

「複雑なんだね、兄妹っていうのも。俺一人っ子だから勉強になるよ」

「一人っ子だと寂しいときとかない?」

「んーどうだろう。俺の場合、小さいときから時間があるときはバスケの練習していたから寂しいって思ったことはないかな。でも詩織さんと伊織を見てると兄弟がいる人をちょっと羨ましく思うことはあるかな」

「えー? 私たちを見て? どういうところが羨ましい?」

「一番は家でも気軽に話せる相手がいるっていうところかな。それに詩織さんたちみたいな双子もだけど、兄弟って生まれつきの関係でしょ? きっと死ぬまで関係が続くんだろうなって思うと、俺はいつか両親が死んじゃったら一人になっちゃうからさ」

「それはそうだけど」

 結婚すれば一人じゃないよなんて恥ずかしくて言えない。

「バスケの練習相手になれただろうし、弟か妹だったら色々教えてあげることもできたのかなって思うんだ」

「教えるのも好きなの?」

「うん。将来はプロになりたいけど、引退した後とかプロになれなかったときは指導者を目指そうかなって思ってるんだ」

「真人君、教えるのも上手だったしそっちも向いてると思う。プロ選手としてもだけど何十年後かに監督とかコーチになったときも応援するからね」

「何十年か……それくらい現役でいられるように頑張るよ」

「その前にまた私にも教えてくれると嬉しいな。一年生の間はもうバスケの授業ないみたいなんだけど二年生になったらまたあるし、夏休み開けたら体育祭もあるから」

「……う、うんそうだね。部活がない日ならいつでも大丈夫だよ」

 こうして二年生になったときの楽しみがまた増える。

 その後も他愛もない話を続けながら歩いた道のりは、寝過ごしてよかったと思うくらいに楽しいもので、伊織に連絡するのを忘れてしまっていた。私はもう、真人君のそばにいるだけで幸せを感じられる。

 連絡が遅れても特に怒ることもなく、むしろもう少し遅くなっても良かったぞみたいな顔をした伊織と入れ替わるように真人君と別れ、伊織と一緒に家に入った。

 笑顔で出迎えるお父さんを見るのは少し心苦しくはあったけれど、もうすぐちゃんと話すからと心の中で謝りながら伊織の部屋に向かい、お互いに今日のお出掛けの報告をしあった。

 今日あったことを楽し気に語る伊織を見るだけで美月の幸せそうな笑顔が想像できて、色々な意味で今日という日は大切な思い出となった。