この日も美月は一日中保健室で聞き取りをされていた。私は今日は呼び出されることはなく教室で自習と授業が半分ずつの一日を過ごした。
真人君や伊織も話を聞かれているという情報はどこからともなく伝わってきて、さらに昨日の時点で加害者であることが確定している人は処分が決まるまで出席停止を命じられているらしいという噂まで私の耳に入ってきていた。
放課後に真人君に土曜日の件の話をするとなんだか難しい顔をしながらも了承してくれて、どこに行きたいかを後日相談することになった。何か予定があったのではと尋ねるとそういうわけではないと言うのでそれ以上は追求しなかった。
なんとなく浮かない表情をしていてまだ疲れが残っているのではないかと思ったのでしっかり休むように言うと、真人君は「ありがとう」と言いながらいつもの真人君のようで少しだけ違う憂いを帯びた微笑みを私にくれた。
呼び出されたり呼び出されなかったりを繰り返して迎えた金曜日の放課後、私は白雪先生から保健室へ呼び出された。
保健室に入ると奥のスペースに通され、聞き取りが終わっても教室に入ることができずに一日を保健室で過ごした美月と並んで椅子に座った。テーブルをはさんで美月の正面に白雪先生が座って私たちと向き合う形になった。
「悪いね、放課後にいきなり呼び出して」
白雪先生はいつになく真剣な表情だ。それだけでこれから大事な話があるのだと分かる。
「学校というのは一つの方向に動き始まれば早いものでね。月曜から昨日までの聞き取り調査の結果を踏まえて昨日の職員会議で加害生徒への処分の内容が決まったんだ。本当は生徒に詳細を話すべきではないんだけど二人には私から説明して欲しいって校長直々に言われたから、業務命令ってことで説明するよ」
隣に座る美月が息を飲み、膝の上で拳を握るのが見えた。私もつられて手に力が入る。
「加害生徒は全員無期限の停学」
その一言で私も美月も握っていた拳を緩める。美月の優しさは先生たちに届いたようだ。
「まあ無期限と言ってもおそらく終業式後に解除されて四月からは普通に登校するようになると思うけど、学年末テストは受けられないから留年の可能性が出る子もいるかも。三年生に加害者はいなかったみたいだけど卒業式にも出られないし、停学期間中は外出を最低限にして他の生徒と会うことがないように指導されるから、お世話になった先輩にお別れを言うこともできない。停学中に違反を犯すと即退学になる」
白雪先生は停学による影響を淡々と説明すると、大きく息を吐きながらいつもの緩い表情に戻って椅子の背もたれに寄りかかった。優しい目で美月を見ている。
「処分の対象者は一、二年生の女子生徒三十二人。SNSに二人の悪口を書いた生徒も誰に向けたものか明らかな場合は処分対象。あなたたちのお友達の秋野心愛だっけ? あの子が特定した裏垢は学校で依頼した業者とほぼ一致していて業者よりも情報が早かったから処分の早期決定にものすごく貢献してくれたよ」
白雪先生は背中を背もたれから離して少し前のめりになり、テーブルの上の美月の目の前に右手を置いた。その動きにつられて美月は左手を差し出すと、白雪先生は右手を美月の左手の上にそっと重ねる。
よく見ると美月の手は少し震えていた。自分の提言で処分が変わったことで色々な感情が交錯しているのだろう。
「会議は揉めたよ。原則通り退学にすべきだという人もいたし、被害者自身が望んでいないなら退学にすべきでないっていう人もいたし、そもそも処分対象の三十二人にはこそこそ陰口を言っていただけの連中は入っていないからそれに不満を持っている人もいた。まあ学校としてはそんなに大量に退学者を出したくなかったのもあって長い話し合いの結果、美月に甘えることに決まったんだ。今まで無期限停学って実際は二週間くらいで解除されてたんだけど、今回は最低でも終業式までって決まったのは退学にすべきっていう意見との無理やり作った妥協点ってところだね」
白雪先生は両手で美月の左手を包み込むように握った。私もテーブルの下で美月の右手を自分の両手で握った。美月の手は私の手より少しだけちっちゃくて、柔らかい。
美月を見つめる白雪先生の眼差しが再び真剣なものになる。
「この判断が正しかったかどうかはまだ分からない。美月がもう二度と同じような思いをせずに学校生活を送ることができて、笑顔で卒業してくれたとき初めて正しかったと言えるんだ。だから私たちはそれを全力でサポートするから、なんでも相談して」
「はい」
「詩織もだよ。何自分は美月を支えるだけの存在ですみたいな顔してんの?美月のことになると自分も被害者だってこと忘れてるでしょ。メンタル強いのは良いことだけど、伊織とか真人とか心配してくれる人にはちゃんと甘えるんだよ」
それはもう仕方のないことだ。私の方は美月や皆の支えのおかげで割と早い段階で乗り越えてしまったし、美月が嬉しそうに、楽しそうにしているのを見れば私のメンタルは回復するし、現状は順風満帆と言える状況なので特に相談したいこともない。
真面目な話を終えた私たちは間近に迫ったバレンタインデーの計画について話し合い、白雪先生の成功談と失敗談からのアドバイスをもらって保健室をあとにした。
真人君や伊織も話を聞かれているという情報はどこからともなく伝わってきて、さらに昨日の時点で加害者であることが確定している人は処分が決まるまで出席停止を命じられているらしいという噂まで私の耳に入ってきていた。
放課後に真人君に土曜日の件の話をするとなんだか難しい顔をしながらも了承してくれて、どこに行きたいかを後日相談することになった。何か予定があったのではと尋ねるとそういうわけではないと言うのでそれ以上は追求しなかった。
なんとなく浮かない表情をしていてまだ疲れが残っているのではないかと思ったのでしっかり休むように言うと、真人君は「ありがとう」と言いながらいつもの真人君のようで少しだけ違う憂いを帯びた微笑みを私にくれた。
呼び出されたり呼び出されなかったりを繰り返して迎えた金曜日の放課後、私は白雪先生から保健室へ呼び出された。
保健室に入ると奥のスペースに通され、聞き取りが終わっても教室に入ることができずに一日を保健室で過ごした美月と並んで椅子に座った。テーブルをはさんで美月の正面に白雪先生が座って私たちと向き合う形になった。
「悪いね、放課後にいきなり呼び出して」
白雪先生はいつになく真剣な表情だ。それだけでこれから大事な話があるのだと分かる。
「学校というのは一つの方向に動き始まれば早いものでね。月曜から昨日までの聞き取り調査の結果を踏まえて昨日の職員会議で加害生徒への処分の内容が決まったんだ。本当は生徒に詳細を話すべきではないんだけど二人には私から説明して欲しいって校長直々に言われたから、業務命令ってことで説明するよ」
隣に座る美月が息を飲み、膝の上で拳を握るのが見えた。私もつられて手に力が入る。
「加害生徒は全員無期限の停学」
その一言で私も美月も握っていた拳を緩める。美月の優しさは先生たちに届いたようだ。
「まあ無期限と言ってもおそらく終業式後に解除されて四月からは普通に登校するようになると思うけど、学年末テストは受けられないから留年の可能性が出る子もいるかも。三年生に加害者はいなかったみたいだけど卒業式にも出られないし、停学期間中は外出を最低限にして他の生徒と会うことがないように指導されるから、お世話になった先輩にお別れを言うこともできない。停学中に違反を犯すと即退学になる」
白雪先生は停学による影響を淡々と説明すると、大きく息を吐きながらいつもの緩い表情に戻って椅子の背もたれに寄りかかった。優しい目で美月を見ている。
「処分の対象者は一、二年生の女子生徒三十二人。SNSに二人の悪口を書いた生徒も誰に向けたものか明らかな場合は処分対象。あなたたちのお友達の秋野心愛だっけ? あの子が特定した裏垢は学校で依頼した業者とほぼ一致していて業者よりも情報が早かったから処分の早期決定にものすごく貢献してくれたよ」
白雪先生は背中を背もたれから離して少し前のめりになり、テーブルの上の美月の目の前に右手を置いた。その動きにつられて美月は左手を差し出すと、白雪先生は右手を美月の左手の上にそっと重ねる。
よく見ると美月の手は少し震えていた。自分の提言で処分が変わったことで色々な感情が交錯しているのだろう。
「会議は揉めたよ。原則通り退学にすべきだという人もいたし、被害者自身が望んでいないなら退学にすべきでないっていう人もいたし、そもそも処分対象の三十二人にはこそこそ陰口を言っていただけの連中は入っていないからそれに不満を持っている人もいた。まあ学校としてはそんなに大量に退学者を出したくなかったのもあって長い話し合いの結果、美月に甘えることに決まったんだ。今まで無期限停学って実際は二週間くらいで解除されてたんだけど、今回は最低でも終業式までって決まったのは退学にすべきっていう意見との無理やり作った妥協点ってところだね」
白雪先生は両手で美月の左手を包み込むように握った。私もテーブルの下で美月の右手を自分の両手で握った。美月の手は私の手より少しだけちっちゃくて、柔らかい。
美月を見つめる白雪先生の眼差しが再び真剣なものになる。
「この判断が正しかったかどうかはまだ分からない。美月がもう二度と同じような思いをせずに学校生活を送ることができて、笑顔で卒業してくれたとき初めて正しかったと言えるんだ。だから私たちはそれを全力でサポートするから、なんでも相談して」
「はい」
「詩織もだよ。何自分は美月を支えるだけの存在ですみたいな顔してんの?美月のことになると自分も被害者だってこと忘れてるでしょ。メンタル強いのは良いことだけど、伊織とか真人とか心配してくれる人にはちゃんと甘えるんだよ」
それはもう仕方のないことだ。私の方は美月や皆の支えのおかげで割と早い段階で乗り越えてしまったし、美月が嬉しそうに、楽しそうにしているのを見れば私のメンタルは回復するし、現状は順風満帆と言える状況なので特に相談したいこともない。
真面目な話を終えた私たちは間近に迫ったバレンタインデーの計画について話し合い、白雪先生の成功談と失敗談からのアドバイスをもらって保健室をあとにした。