「詩織さん? なんか緊張してない? 一回落ち着こうよ」
「もーもったいぶらないで。早く教えて」
「ごめんごめん。えっと、特定の誰が好きだとかは言わなかったんだけど好きなタイプというか好きになるための条件は教えてくれたよ。かなり渋ってたけどね」
「条件?」
「詩織さんと仲が良いこと。そういう人じゃないと無理だって言ってた。その上であんまり派手じゃなくて優しい人が良いって」
「それって……」
私と仲が良いと言えば美月か最近仲良くなった蘭々たちしかいない。蘭々たちはどちらかと言うと派手な方だし、美月がどうしようもないくらい優しい子だということは私たちは皆知っている。
「美月しかいないじゃん」
「俺以外の皆は伊織のことをシスコンとか妹が一番じゃないかっていじってたけど、やっぱりそうだよね。あの場で名前を言うのは悪いと思って言わなかったけど」
私は窓際から離れてベッドに背中から倒れこんだ。バフっという音がして、反動で少しだけ身体が弾む。嬉しくて、ほっとして足の力が入らなくなってしまった。
スマホを抱きながらまるで自分のことのように喜びを噛みしめた。胸元のスマホからかすかに真人君の声が聞こえて慌てて耳元に戻した。
「詩織さん? 大丈夫? 変な音したけど」
「だ、大丈夫。ちょっとベッドに横になっただけだから」
「眠い? さすがにもう……」
「ううん、眠くないよ。嬉しすぎて力が抜けちゃっただけ。私、美月の恋がうまくいったらいいなってずっと思ってたから。もうすぐうまくいくんだって思うと涙が出るくらい嬉しくて、あ、ごめん、本当に涙が出てきた」
幸せが私の胸に溢れている。私の小さな胸に収まりきらなくなったその幸せは嬉し涙として排出されていく。それでも枯れることはなく無限に湧き出てくる。
私は自分で思っていたより美月や伊織のことが好きなのだと気づいた。本気で二人のことが好きだからこんなにも嬉しいのだ。
「詩織さん、落ち着いた?」
「うん、ごめんね。嬉しくてつい」
「いやいや。ところで、もうすぐうまくいくってどういうこと? 何か予定でもあるの?」
「うん。バレンタインの日、頑張ろうねって話してたから」
そこで告白するつもり。美月も私も。察しの良い真人君ならこれ以上言わなくても二人分の気持ちを分かってくれるはずだ。
「バレンタイン、あと十日か……」
真人君が少しトーンの低い声で呟く。真人君ほどモテる人ならば食べきれないほどのチョコをもらって嬉しい日になるはずなのに、その声はとても楽しみなイベントを語るようなものではなかった。もらいすぎも良くないのかもしれない。
「真人君って中学のときチョコどれくらいもらってたの? もらいすぎてお返しするのが大変だったりした?」
「えっと、俺、いわゆる本命チョコは受け取らないようにしていたからたいしたことないよ」
「どうして? 渡したい人いっぱいいそうなのに」
その主義を高校でも続けられるのは困る。
「その気持ちに応える気がないのにもらうのは失礼だと思ったから。中学のときの俺はバスケが忙しかったし、その、小学生のときに好きだった詩織さんのことを忘れられなくて恋愛とか全然考えてなかったし。彼氏のついでにあげるみたいな明確に義理だって分かる子からしか受け取らなかった」
急に忘れられなかったとか言われると照れるからやめて欲しい。
でも、気持ちに応える気がないから受け取らないということは応える気がある相手からなら受け取るということ。きっと私の本命チョコは受け取ってくれるはずだ。
「詩織さんは誰かにあげたこととかあるの?」
「お父さんと伊織に毎年適当に買ったやつあげてるけど、他の誰かにあげたことはないかな。でも今年は色んな人にお世話になったからお礼のために美月と一緒に作って渡そうと思ってる。真人君には一番綺麗にできたやつをあげるからね」
「お礼……そういうことなら楽しみにしてるよ」
さすがにこの場で本命ですと言う勇気はなかった。
「手作りなんて初めてだからあんまり自信ないけど頑張ります」
ふと時計を見るともう十二時を過ぎていた。さすがに明日試合の真人君には休んでもらった方が良いかもしれない。
「真人君、時間は大丈夫? 明日試合でしょ?」
自分で話を延長しておきながらこの言い草は自分でもどうかと思ったが真人君のことが心配になってしまったのだから仕方がない。寝不足で全力を出し切れなかったなんて事態になったら申し訳が立たなくなってしまう。
「そうだね、そろそろ……詩織さん、最後に一つだけ良いかな?」
「うん、どうしたの?」
「ビデオ通話にしても良いかな? そうしたらお守りと合わせて詩織さんに見てもらってるって思えて明日は頑張れそう」
「え⁉ それは……」
真人君の顔は見たい。でも、寝る直前のパジャマ姿の自分を見せるというのは初めてのことで、とてつもなく恥ずかしい。
よりによって今日は私が持っている中で一番地味で可愛げのない全身グレーの、下手すれば男物とも思われるようなパジャマを着ている。安かったからと言ってお母さんがデザインも見ずに買ってきたやつだ。
もしかすると本当に男物かもしれないがどうせ家でしか着ないしと思って私も特に気にしていなかった。
それに今は前髪も下ろしている。最近は蘭々に言われたこともあってずっと前髪をヘアピンで留めて目を出すようにしていたから、今までとは逆に下ろしている方が恥ずかしいと感じるようになってしまった。
パジャマはともかく前髪くらいならすぐに留められるけれど、これから寝ようとしているのにヘアピンなんてつけていたらおかしいと思われるだろうか。
急いで鏡の前に移動して全身を眺めてみると、地味で野暮ったい女が一人立っている。一応前髪を横に流してみたけれどすぐに戻ってきてしまい為すすべがない。
「詩織さん? ごめん、急に変なこと言って。ちょっと顔が見たかったんだ。その、女の子のプライベートな姿を見たいとか配慮が足りなかった。ごめん忘れて」
「いや、大丈夫。全然見られて困るものとかないから。ただ、その、あんまり可愛いパジャマじゃないから期待はしないでね」
「う、うん。詩織さん、家だとすごく地味で男みたいな服を着てるって前に伊織が言ってたから大丈夫。ビデオ通話に切り替えても良いかな?」
なんてことを言うんだ。と思ったが、そのおかげで真人君は心の準備ができて幻滅しなさそうなので今回は許そう。
「うん、じゃあ切り替えるよ」
何気に初めて使う機能で、二重の意味でドキドキする。スマホの画面が一瞬暗転した後、真人君の顔がアップで映し出された。
毛穴まで見えそうな距離、綺麗な目をしているとか、私よりも肌に潤いがありそうとか考えて冷静でいられなくなる。画面の中の真人君は目を見開いて何かに驚いているようだ。
「真人君、近いよ……驚いてるみたいだけどどうしたの?」
「いや……」
画面が離されて真人君の顔と肩くらいまでが見えるようになった。見えた範囲から判断すると真人君は部でお揃いのジャージを着ているようだ。
「急に詩織さんの顔が見えたからびっくりしちゃって」
ビデオ通話がしたいと言ったのは真人君なのに照れている様子は少し面白い。画面越しだといつもとは違う視点から見ることができて新鮮に感じる。こういうのも悪くない。
「確かに伊織の言った通りだ」
落ち着きを取り戻した真人君がまじまじと私を見て言った。その目は私の顔ではなくかすかに見えているであろうパジャマの方に向けられている。覚悟はしていたけれどいざ見られると恥ずかしい。
「ごめんね、もうちょっと可愛いの着ておけばよかった」
「どんな服を着ていても詩織さんは詩織さんだよ。可愛い服を着ているところも見てみたいけどね」
「それは、そのうちね」
「うん、そのうち楽しみにしてる。そうだ、代わりと言ってはなんだけど俺の寝間着見てよ。ちょっと待ってね」
真人君がそう言うと画面が固定された。映し出された真人君の両手が空いているところを見るとテーブルか棚の上にでも立てたのだろう。
「詩織さん、俺の上半身全部見える?」
「うん、ばっちり」
私の声を確認すると真人君は着ていたジャージを脱ぎ、私に中に着ていたTシャツを見せた。
ピンク色のTシャツ。しかも美月が好きそうなパステルピンクではなく目にあまり良くなさそうなショッキングピンク。
そして胸からお腹にかけてバスケットボールに手足と天使の羽が生えてやけにつぶらな瞳をした謎のキャラクターが描かれている。
謎キャラの体はバスケットボールだけあって茶色なのでシャツの色とは絶妙にマッチしていない気がする。
しかもバスケットボールのくせに小さなバスケットボールを持ってダンクシュートを打とうとしているその姿は妙にイラっとさせる雰囲気を醸し出している。絶対ジャンプじゃなくて羽で飛んでいる。
「どう? イケてるでしょ?」
真人君は今まで見たことがないようなドヤ顔で私に感想を聞いてくる。私は苦笑いをするしかない。
「後ろも良いんだよ」
真人君が後ろを向いて背中を見せつけた。
【I AM バスケマン】とでかでかと黒で書かれたその文字はきっとあのバスケットボールの妖精みたいなキャラのことを表しているのだろう。
憎たらしい顔をしているけれどキャラ自体は悪くないと思うので、背中の文字をもう少し主張を小さくして、謎キャラももっと小さくして左胸の辺りにワンポイントで置いてあげて、シャツの色を白とか黒とかのシンプルな色、せめてもう少し目に優しい色にしてくれれば私はきっと手放しで褒め称えたことだろう。
「……カッコいいね。良く似合ってる」
ああ、真人君に嘘をついてしまった。でも私にお気に入りのTシャツを見せびらかして無邪気に笑う姿を見たら、本音を言うことは憚られた。何かの間違いで美月のエプロンを真人君が買いに行くことにならなくて本当に良かったと思う。
何事も完璧だと思っていた真人君も不安を抱えたり弱気になることはあるし、欠点を持っている。
完璧でない真人君が不安なときには私の声を聞かせてあげたいし、支えられるようになりたい。そんなことを、画面の向こうで私にTシャツをアピールし続ける真人君を見ながら考えた。
「もーもったいぶらないで。早く教えて」
「ごめんごめん。えっと、特定の誰が好きだとかは言わなかったんだけど好きなタイプというか好きになるための条件は教えてくれたよ。かなり渋ってたけどね」
「条件?」
「詩織さんと仲が良いこと。そういう人じゃないと無理だって言ってた。その上であんまり派手じゃなくて優しい人が良いって」
「それって……」
私と仲が良いと言えば美月か最近仲良くなった蘭々たちしかいない。蘭々たちはどちらかと言うと派手な方だし、美月がどうしようもないくらい優しい子だということは私たちは皆知っている。
「美月しかいないじゃん」
「俺以外の皆は伊織のことをシスコンとか妹が一番じゃないかっていじってたけど、やっぱりそうだよね。あの場で名前を言うのは悪いと思って言わなかったけど」
私は窓際から離れてベッドに背中から倒れこんだ。バフっという音がして、反動で少しだけ身体が弾む。嬉しくて、ほっとして足の力が入らなくなってしまった。
スマホを抱きながらまるで自分のことのように喜びを噛みしめた。胸元のスマホからかすかに真人君の声が聞こえて慌てて耳元に戻した。
「詩織さん? 大丈夫? 変な音したけど」
「だ、大丈夫。ちょっとベッドに横になっただけだから」
「眠い? さすがにもう……」
「ううん、眠くないよ。嬉しすぎて力が抜けちゃっただけ。私、美月の恋がうまくいったらいいなってずっと思ってたから。もうすぐうまくいくんだって思うと涙が出るくらい嬉しくて、あ、ごめん、本当に涙が出てきた」
幸せが私の胸に溢れている。私の小さな胸に収まりきらなくなったその幸せは嬉し涙として排出されていく。それでも枯れることはなく無限に湧き出てくる。
私は自分で思っていたより美月や伊織のことが好きなのだと気づいた。本気で二人のことが好きだからこんなにも嬉しいのだ。
「詩織さん、落ち着いた?」
「うん、ごめんね。嬉しくてつい」
「いやいや。ところで、もうすぐうまくいくってどういうこと? 何か予定でもあるの?」
「うん。バレンタインの日、頑張ろうねって話してたから」
そこで告白するつもり。美月も私も。察しの良い真人君ならこれ以上言わなくても二人分の気持ちを分かってくれるはずだ。
「バレンタイン、あと十日か……」
真人君が少しトーンの低い声で呟く。真人君ほどモテる人ならば食べきれないほどのチョコをもらって嬉しい日になるはずなのに、その声はとても楽しみなイベントを語るようなものではなかった。もらいすぎも良くないのかもしれない。
「真人君って中学のときチョコどれくらいもらってたの? もらいすぎてお返しするのが大変だったりした?」
「えっと、俺、いわゆる本命チョコは受け取らないようにしていたからたいしたことないよ」
「どうして? 渡したい人いっぱいいそうなのに」
その主義を高校でも続けられるのは困る。
「その気持ちに応える気がないのにもらうのは失礼だと思ったから。中学のときの俺はバスケが忙しかったし、その、小学生のときに好きだった詩織さんのことを忘れられなくて恋愛とか全然考えてなかったし。彼氏のついでにあげるみたいな明確に義理だって分かる子からしか受け取らなかった」
急に忘れられなかったとか言われると照れるからやめて欲しい。
でも、気持ちに応える気がないから受け取らないということは応える気がある相手からなら受け取るということ。きっと私の本命チョコは受け取ってくれるはずだ。
「詩織さんは誰かにあげたこととかあるの?」
「お父さんと伊織に毎年適当に買ったやつあげてるけど、他の誰かにあげたことはないかな。でも今年は色んな人にお世話になったからお礼のために美月と一緒に作って渡そうと思ってる。真人君には一番綺麗にできたやつをあげるからね」
「お礼……そういうことなら楽しみにしてるよ」
さすがにこの場で本命ですと言う勇気はなかった。
「手作りなんて初めてだからあんまり自信ないけど頑張ります」
ふと時計を見るともう十二時を過ぎていた。さすがに明日試合の真人君には休んでもらった方が良いかもしれない。
「真人君、時間は大丈夫? 明日試合でしょ?」
自分で話を延長しておきながらこの言い草は自分でもどうかと思ったが真人君のことが心配になってしまったのだから仕方がない。寝不足で全力を出し切れなかったなんて事態になったら申し訳が立たなくなってしまう。
「そうだね、そろそろ……詩織さん、最後に一つだけ良いかな?」
「うん、どうしたの?」
「ビデオ通話にしても良いかな? そうしたらお守りと合わせて詩織さんに見てもらってるって思えて明日は頑張れそう」
「え⁉ それは……」
真人君の顔は見たい。でも、寝る直前のパジャマ姿の自分を見せるというのは初めてのことで、とてつもなく恥ずかしい。
よりによって今日は私が持っている中で一番地味で可愛げのない全身グレーの、下手すれば男物とも思われるようなパジャマを着ている。安かったからと言ってお母さんがデザインも見ずに買ってきたやつだ。
もしかすると本当に男物かもしれないがどうせ家でしか着ないしと思って私も特に気にしていなかった。
それに今は前髪も下ろしている。最近は蘭々に言われたこともあってずっと前髪をヘアピンで留めて目を出すようにしていたから、今までとは逆に下ろしている方が恥ずかしいと感じるようになってしまった。
パジャマはともかく前髪くらいならすぐに留められるけれど、これから寝ようとしているのにヘアピンなんてつけていたらおかしいと思われるだろうか。
急いで鏡の前に移動して全身を眺めてみると、地味で野暮ったい女が一人立っている。一応前髪を横に流してみたけれどすぐに戻ってきてしまい為すすべがない。
「詩織さん? ごめん、急に変なこと言って。ちょっと顔が見たかったんだ。その、女の子のプライベートな姿を見たいとか配慮が足りなかった。ごめん忘れて」
「いや、大丈夫。全然見られて困るものとかないから。ただ、その、あんまり可愛いパジャマじゃないから期待はしないでね」
「う、うん。詩織さん、家だとすごく地味で男みたいな服を着てるって前に伊織が言ってたから大丈夫。ビデオ通話に切り替えても良いかな?」
なんてことを言うんだ。と思ったが、そのおかげで真人君は心の準備ができて幻滅しなさそうなので今回は許そう。
「うん、じゃあ切り替えるよ」
何気に初めて使う機能で、二重の意味でドキドキする。スマホの画面が一瞬暗転した後、真人君の顔がアップで映し出された。
毛穴まで見えそうな距離、綺麗な目をしているとか、私よりも肌に潤いがありそうとか考えて冷静でいられなくなる。画面の中の真人君は目を見開いて何かに驚いているようだ。
「真人君、近いよ……驚いてるみたいだけどどうしたの?」
「いや……」
画面が離されて真人君の顔と肩くらいまでが見えるようになった。見えた範囲から判断すると真人君は部でお揃いのジャージを着ているようだ。
「急に詩織さんの顔が見えたからびっくりしちゃって」
ビデオ通話がしたいと言ったのは真人君なのに照れている様子は少し面白い。画面越しだといつもとは違う視点から見ることができて新鮮に感じる。こういうのも悪くない。
「確かに伊織の言った通りだ」
落ち着きを取り戻した真人君がまじまじと私を見て言った。その目は私の顔ではなくかすかに見えているであろうパジャマの方に向けられている。覚悟はしていたけれどいざ見られると恥ずかしい。
「ごめんね、もうちょっと可愛いの着ておけばよかった」
「どんな服を着ていても詩織さんは詩織さんだよ。可愛い服を着ているところも見てみたいけどね」
「それは、そのうちね」
「うん、そのうち楽しみにしてる。そうだ、代わりと言ってはなんだけど俺の寝間着見てよ。ちょっと待ってね」
真人君がそう言うと画面が固定された。映し出された真人君の両手が空いているところを見るとテーブルか棚の上にでも立てたのだろう。
「詩織さん、俺の上半身全部見える?」
「うん、ばっちり」
私の声を確認すると真人君は着ていたジャージを脱ぎ、私に中に着ていたTシャツを見せた。
ピンク色のTシャツ。しかも美月が好きそうなパステルピンクではなく目にあまり良くなさそうなショッキングピンク。
そして胸からお腹にかけてバスケットボールに手足と天使の羽が生えてやけにつぶらな瞳をした謎のキャラクターが描かれている。
謎キャラの体はバスケットボールだけあって茶色なのでシャツの色とは絶妙にマッチしていない気がする。
しかもバスケットボールのくせに小さなバスケットボールを持ってダンクシュートを打とうとしているその姿は妙にイラっとさせる雰囲気を醸し出している。絶対ジャンプじゃなくて羽で飛んでいる。
「どう? イケてるでしょ?」
真人君は今まで見たことがないようなドヤ顔で私に感想を聞いてくる。私は苦笑いをするしかない。
「後ろも良いんだよ」
真人君が後ろを向いて背中を見せつけた。
【I AM バスケマン】とでかでかと黒で書かれたその文字はきっとあのバスケットボールの妖精みたいなキャラのことを表しているのだろう。
憎たらしい顔をしているけれどキャラ自体は悪くないと思うので、背中の文字をもう少し主張を小さくして、謎キャラももっと小さくして左胸の辺りにワンポイントで置いてあげて、シャツの色を白とか黒とかのシンプルな色、せめてもう少し目に優しい色にしてくれれば私はきっと手放しで褒め称えたことだろう。
「……カッコいいね。良く似合ってる」
ああ、真人君に嘘をついてしまった。でも私にお気に入りのTシャツを見せびらかして無邪気に笑う姿を見たら、本音を言うことは憚られた。何かの間違いで美月のエプロンを真人君が買いに行くことにならなくて本当に良かったと思う。
何事も完璧だと思っていた真人君も不安を抱えたり弱気になることはあるし、欠点を持っている。
完璧でない真人君が不安なときには私の声を聞かせてあげたいし、支えられるようになりたい。そんなことを、画面の向こうで私にTシャツをアピールし続ける真人君を見ながら考えた。