日曜日の夜十一時を少し過ぎた頃、もう少しで寝ようかと思っていたところでスマホに真人君からメッセージが届いた。

 明日の決勝戦に進出したということは今日の夕方に連絡を受けていたので何事かと思ったけれど、今から電話してもいいかという内容だった。

 金曜日に別れてから文字のやり取りしかしていなかったので妙にワクワクしてしまい、返信代わりにこちらから電話をかけた。

 周りに誰かいたらどうしようと後悔したときにはすでに真人君が電話に出ていた。

「もしもし真人君? いきなりごめんね、周りに誰かいなかった?」

「大丈夫だよ。今は一人で旅館のロビーにいるから。こちらこそこんな夜遅くにごめん。一応伊織がまだこの時間なら寝てないだろって言ってたんだけど大丈夫だった?」

「うん、全然大丈夫。真人君こそ明日決勝戦でしょ? 眠らなくて大丈夫?」

「うん、というかなんか眠れなくて」

「何かあったの?」

「……ちょっと調子が悪くて。あ、体調じゃなくてバスケの方ね。シュート外しまくったし、パスのミスもたくさんあった。ディフェンスも簡単に抜かれることが多かったし、皆のおかげで試合は勝てたけど俺個人の結果だけ見たら最悪だった。自分の思い描くプレーが全然できなかったんだ」

 真人君は基本的に穏やかで優しくて謙虚だ。でもバスケのことに関しては実力に裏打ちされた自信に満ちていて、弱気な発言を聞いたことはほとんどない。それなのに今日の真人君は様子がおかしい。

「ごめんね、最近バスケ以外のことで忙しくさせちゃったから。移動も大変だったでしょ?」

「それは関係ないよ。詩織さんや萩原さんを助けるために行動しようって決めたのは俺自身だし、あのくらいの移動でプレーに悪影響が出るようじゃこれから先、選手としてやっていけないから……ごめん、余計な気遣いさせちゃって。こんな弱気じゃいけないよね。ほんとにごめん、こんな夜遅くに、どうしても詩織さんの声が聞きたくなったんだ」

「いいよ。私の声で良かったらいくらでも聞かせてあげる。弱気なこととか、不安なこととかなんでも言って。私じゃ技術的なことは解決できないけど、せめて気持ちが楽になるまで話は聞けるから」

 私への嫌がらせが始まった日の夜、不安で仕方がなかったときに私は真人君の声が聞きたくなった。

 そのときはスマホに手を伸ばす気力すらなくて電話を掛けられなかったけれど、真人君も不安なときに私の声が聞きたくなったというのならこれ以上に嬉しいことはない。

「ありがとう……それじゃあお言葉に甘えちゃおうかな」

「うん、なんでも言って?」

「俺、高校バスケ界では結構な注目選手でさ、チームの中でも先輩差し置いてエースとか言われて、大会でも俺を見に来てくれる人もたくさんいて悪い気はしなかった。それに見合うくらいの選手になろうって思って、それなりに努力して結果も出してきた」

「うん、私も注目してる」

「でも、昨日と今日は自分の思うようなプレーが出来なくて、試合が終わった後に観戦していた人の声が聞こえたんだ。今日の桜真人たいしたことなかったなって。それは事実だったから怒ったりは傷ついたりはしなかったけど、ふと思ったんだ。皆が俺のことを褒めてくれたり、注目してくれるのは俺がバスケがそれなりに上手いからなんだよなって。俺からバスケを取ったら何が残るんだろうって。今はいくらでもバスケに力を入れられる環境や体や時間があるけどいつか終わりが来る。永遠にバスケをすることはできない。バスケのない俺に価値はあるのかなって思って、怖くなった。不安で眠れなくなったんだ」

 真人君はバスケ以外のことではあまり自信がない。得意の加点法による評価も自分自身のこととなるとバスケ以外の評価はできていない。それならば私が評価してあげるしかない。

「真人君はバスケだけじゃないよ。いつも優しくて、穏やかで、気が利いて、察しが良くて、何事にも一生懸命で、いつも笑顔を絶やさなくて、顔も振る舞いもカッコいい。バスケ抜きにしても皆から好かれる存在だよ」

 もちろん私からも、という言葉は飲み込んだ。初詣で引いたおみくじに書いてあった通り、気持ちを伝えるのはタイミングを見極めてバレンタインにする予定だ。それまで言ってはならない。

「何より、私のことを守ってくれた。バスケ抜きでも真人君は百点満点の人だと思う。バスケを加えたら限界を超えて二百点くらいになってるだけだよ」

「満点だなんて言いすぎだよ……でも、ありがとう。詩織さんにそういう風に言ってもらえるとすごく嬉しい」

「私も嬉しい」

「え? どうして?」

「私、真人君のこと完璧な人だと思ってたから。なんでもできて弱音なんか吐かないんだろうなって勝手に思ってた。そんな真人君でも不安になることもあって、そんなときに私の声が聞きたいだなんて思ってくれたことがすごく嬉しい。私も嫌がらせされて不安だったとき、真人君の声が聞きたいって思ってたから」

 真人君の返答はなく、電話越しにはかすかに息を飲む音が聞こえる。しばらく間を置いてほんの少しだけ上ずった真人君の声が聞こえた。