昼休みは白雪先生も交えて保健室でお弁当を食べた。他の先生は職員室で周りに人がたくさんいる中で食べられるけど白雪先生はいつもお昼は一人なので寂しかったとのことだ。
私たちと同じような二段重ねのお弁当箱の中には色合いも綺麗で栄養バランスも良さそうなまさしく理想的と言えるお弁当が詰められている。
「先生もお弁当なんですね。自分で作ってるんですか?」
「まあねー今はこっちの方が安上がりだし」
人見知りの美月が自分から話しかけるくらいには白雪先生は話しかけやすい雰囲気を持っている。
以前感じた話さなければならない雰囲気は今はなく、あれは任意で発動できるものだったのではないかと思い始めている。誰にでも話しかける蘭々とはまた違った方向でコミュニケーション能力が高い。
「今はってことは昔は違ったんですか?」
「大学生で初めて一人暮らししたときはね。気合入れて凝ったもの作ろうとして材料費高くついたり、段取り悪かったりで時間ばっかりかかっちゃって、適当にコンビニで買って弁当作ってた時間バイトした方がトータルでプラスになったんじゃないかって思うほどだったなぁ。今となっては夕飯の残りつめたり逆に多めにおかず作って夕飯に回したり、料理にも慣れて段取りもある程度うまくなったから結構節約できるんだよ。二人も大学進学希望でしょ? 一人暮らしするなら気をつけなよ」
「一人暮らしか……」
絶対にしたいという訳ではないけれど少しだけ興味がある。家のことをすべて自分でやらなければならないのは大変そうだけれど、時間をすべて自由に使えるというのは魅力的だ。
お父さんの目を気にせずに出かけられるし、お風呂上りに下着も付けずにだらしない格好で部屋の中を歩いても何も言われない。寂しいときは友達を呼べる……呼べる友達はできるだろうか。
「一人暮らしって楽しいですか?」
美月も一人暮らしには興味があるようでワクワクしたような表情で先生に尋ねた。
「そうだねー大学時代から数えて一人暮らしは七年目だけど、最初の一、二年めちゃくちゃ楽しかったよ。遅くまで起きてても怒られないし、休みの日は予定がなければいつまでも寝ていられたし、好きなときに食べて好きなときにお風呂に入って、友達も呼び放題で、彼氏も……あ、ごめん、ちょっと嫌なこと思い出したからこの辺でこの話は終わりね」
「え、先生彼氏いたんですか? もっとその話聞きたいです」
久々に美月の恋愛脳が炸裂し、お行儀悪くテーブルの上に身を乗り出して食い気味で白雪先生に質問する。白雪先生は一瞬ぎょっとしてよろけたが何とか態勢を整えて美月を落ち着かせて質問に答えてくれた。
この場所でなら美月はいつもの美月でいることができるようだ。
「んーあんまり未成年にするような話じゃないんだけど、まあいいか。大学二年生のある日、私の家に私の彼氏と友達の女の子とその子の彼氏が集まったの。皆二十歳になった記念にお酒飲んでたんだけど私お酒強くなくて寝ちゃってたんだよ。友達の彼氏が次の日朝早くからバイトだからって途中で帰ったところまでは覚えてたんだけど、それで目が覚めたら……」
「覚めたら……?」
「何があったんですか?」
「……この先は未成年NGね。未成年OKな表現で言うと私の彼氏と友達は浮気してたって話。一夜にして彼氏も友達も失って、それ以来彼氏は作ってないし、お酒も飲まないようにしてる。二人とも浮気するような奴と付き合っちゃだめよ」
「はい」
「良い男を見つけたらしっかり手綱を握ってもう自分以外考えられないようにしちゃいなさい」
「はい」
「良い返事。美月は見込みあるね。弟子にしてあげる」
「良いんですか?」
「ええ、私の経験からなんでも教えてあげる。これでも昔は結構モテたんだから、付き合うところまでならいくらでもアドバイスしてあげられる。その後の交際については責任持てないけどね」
「はい、美里師匠」
「うむ、よろしい。詩織はどうする? 弟子入りするかい?」
「詩織は大丈夫です。もうほぼ付き合ってるも同然なのでアドバイスは必要ありません」
「ああ例の彼、桜真人か。彼は良いね、生徒の人気はもちろん教員からの信頼も厚い。顔も良いし高身長でバスケも超高校級、勉強もそれなりにできるしなにより誠実な性格で浮気をしなさそうなところが良い。詩織、絶対手放しちゃだめだよ」
私の肩に手を置きながら白雪先生は目を潤ませた。過去の浮気された経験は相当心に来るものだったのかという思いと、白雪先生ってこんなに変……面白い人だったのかという思いが交錯して私は苦笑いを返すことしかできなかった。
大学とか将来とか真人君の話をしたからかどうしてもこの先のこと思い浮かべてしまう。
真人君は私のことが好きだと言ってくれて、私も真人君のことが好きで、バレンタインの日に告白するつもりでいる。美月の言う通りきっとOKをもらえてお付き合いすることになれると信じている。
でもその先のことは何も分からない。真人君の夢はバスケのプロ選手でありアメリカでプレーすること。つまりアメリカでプロになりたいと思っている。
私はその辺の事情には詳しくないけれど、少し調べた限りではアメリカのプロバスケ選手は大卒が多いらしく、もしかしたら真人君は大学からアメリカに行くかもしれない。
アメリカに行くなんて私には到底できることではなく、そうなったら私たちの関係は自然と消滅してしまうかもしれない。手放すつもりがなくても手の届かないところに行ってしまう気がする。
「詩織? どうしたの? ぼーっとして」
真人君と離れ離れになることを想像したらつい意識がどこかに行ってしまっていた。
「あれか、真人はきっとすごい選手になって手の届かないところに行ってしまうんだろうなって思ってたな?」
さすがは美月の師匠、鋭い。やっぱり私も弟子にしてもらった方が良いかもしれない。
「まあ遠距離でも絶対に上手くやれるっていう信頼関係を作って、必ず迎えに来るんだって思わせるくらいの存在になればいいんじゃない? 卒業まであと二年もあるんだから頑張りなよ」
さすがは美月の師匠。まるで実体験というか自分の後悔というか、実感のこもったアドバイスは私の心にしっかりと入ってきた。
白雪先生の言う通り、あと二年もある。四月からは同じクラスだし、もっともっと真人君と仲良くなって、将来のことを話せるくらいの関係になれば良い。
私たちと同じような二段重ねのお弁当箱の中には色合いも綺麗で栄養バランスも良さそうなまさしく理想的と言えるお弁当が詰められている。
「先生もお弁当なんですね。自分で作ってるんですか?」
「まあねー今はこっちの方が安上がりだし」
人見知りの美月が自分から話しかけるくらいには白雪先生は話しかけやすい雰囲気を持っている。
以前感じた話さなければならない雰囲気は今はなく、あれは任意で発動できるものだったのではないかと思い始めている。誰にでも話しかける蘭々とはまた違った方向でコミュニケーション能力が高い。
「今はってことは昔は違ったんですか?」
「大学生で初めて一人暮らししたときはね。気合入れて凝ったもの作ろうとして材料費高くついたり、段取り悪かったりで時間ばっかりかかっちゃって、適当にコンビニで買って弁当作ってた時間バイトした方がトータルでプラスになったんじゃないかって思うほどだったなぁ。今となっては夕飯の残りつめたり逆に多めにおかず作って夕飯に回したり、料理にも慣れて段取りもある程度うまくなったから結構節約できるんだよ。二人も大学進学希望でしょ? 一人暮らしするなら気をつけなよ」
「一人暮らしか……」
絶対にしたいという訳ではないけれど少しだけ興味がある。家のことをすべて自分でやらなければならないのは大変そうだけれど、時間をすべて自由に使えるというのは魅力的だ。
お父さんの目を気にせずに出かけられるし、お風呂上りに下着も付けずにだらしない格好で部屋の中を歩いても何も言われない。寂しいときは友達を呼べる……呼べる友達はできるだろうか。
「一人暮らしって楽しいですか?」
美月も一人暮らしには興味があるようでワクワクしたような表情で先生に尋ねた。
「そうだねー大学時代から数えて一人暮らしは七年目だけど、最初の一、二年めちゃくちゃ楽しかったよ。遅くまで起きてても怒られないし、休みの日は予定がなければいつまでも寝ていられたし、好きなときに食べて好きなときにお風呂に入って、友達も呼び放題で、彼氏も……あ、ごめん、ちょっと嫌なこと思い出したからこの辺でこの話は終わりね」
「え、先生彼氏いたんですか? もっとその話聞きたいです」
久々に美月の恋愛脳が炸裂し、お行儀悪くテーブルの上に身を乗り出して食い気味で白雪先生に質問する。白雪先生は一瞬ぎょっとしてよろけたが何とか態勢を整えて美月を落ち着かせて質問に答えてくれた。
この場所でなら美月はいつもの美月でいることができるようだ。
「んーあんまり未成年にするような話じゃないんだけど、まあいいか。大学二年生のある日、私の家に私の彼氏と友達の女の子とその子の彼氏が集まったの。皆二十歳になった記念にお酒飲んでたんだけど私お酒強くなくて寝ちゃってたんだよ。友達の彼氏が次の日朝早くからバイトだからって途中で帰ったところまでは覚えてたんだけど、それで目が覚めたら……」
「覚めたら……?」
「何があったんですか?」
「……この先は未成年NGね。未成年OKな表現で言うと私の彼氏と友達は浮気してたって話。一夜にして彼氏も友達も失って、それ以来彼氏は作ってないし、お酒も飲まないようにしてる。二人とも浮気するような奴と付き合っちゃだめよ」
「はい」
「良い男を見つけたらしっかり手綱を握ってもう自分以外考えられないようにしちゃいなさい」
「はい」
「良い返事。美月は見込みあるね。弟子にしてあげる」
「良いんですか?」
「ええ、私の経験からなんでも教えてあげる。これでも昔は結構モテたんだから、付き合うところまでならいくらでもアドバイスしてあげられる。その後の交際については責任持てないけどね」
「はい、美里師匠」
「うむ、よろしい。詩織はどうする? 弟子入りするかい?」
「詩織は大丈夫です。もうほぼ付き合ってるも同然なのでアドバイスは必要ありません」
「ああ例の彼、桜真人か。彼は良いね、生徒の人気はもちろん教員からの信頼も厚い。顔も良いし高身長でバスケも超高校級、勉強もそれなりにできるしなにより誠実な性格で浮気をしなさそうなところが良い。詩織、絶対手放しちゃだめだよ」
私の肩に手を置きながら白雪先生は目を潤ませた。過去の浮気された経験は相当心に来るものだったのかという思いと、白雪先生ってこんなに変……面白い人だったのかという思いが交錯して私は苦笑いを返すことしかできなかった。
大学とか将来とか真人君の話をしたからかどうしてもこの先のこと思い浮かべてしまう。
真人君は私のことが好きだと言ってくれて、私も真人君のことが好きで、バレンタインの日に告白するつもりでいる。美月の言う通りきっとOKをもらえてお付き合いすることになれると信じている。
でもその先のことは何も分からない。真人君の夢はバスケのプロ選手でありアメリカでプレーすること。つまりアメリカでプロになりたいと思っている。
私はその辺の事情には詳しくないけれど、少し調べた限りではアメリカのプロバスケ選手は大卒が多いらしく、もしかしたら真人君は大学からアメリカに行くかもしれない。
アメリカに行くなんて私には到底できることではなく、そうなったら私たちの関係は自然と消滅してしまうかもしれない。手放すつもりがなくても手の届かないところに行ってしまう気がする。
「詩織? どうしたの? ぼーっとして」
真人君と離れ離れになることを想像したらつい意識がどこかに行ってしまっていた。
「あれか、真人はきっとすごい選手になって手の届かないところに行ってしまうんだろうなって思ってたな?」
さすがは美月の師匠、鋭い。やっぱり私も弟子にしてもらった方が良いかもしれない。
「まあ遠距離でも絶対に上手くやれるっていう信頼関係を作って、必ず迎えに来るんだって思わせるくらいの存在になればいいんじゃない? 卒業まであと二年もあるんだから頑張りなよ」
さすがは美月の師匠。まるで実体験というか自分の後悔というか、実感のこもったアドバイスは私の心にしっかりと入ってきた。
白雪先生の言う通り、あと二年もある。四月からは同じクラスだし、もっともっと真人君と仲良くなって、将来のことを話せるくらいの関係になれば良い。