「確かに俺らは明日の放課後大会に出発の予定だけど、俺は行かない」

「え? どういうことだよ伊織」

 真人君が焦るのも無理もない。私も佐々木さんも秋野さんも驚いている。あれだけ部活に一生懸命な伊織が大会に参加しないなんていったい何を考えているのだろう。

「別に問題ないだろ。明日の夜に宿に着いて、金曜が開会式と練習。土、日、月で試合なんだから、ベンチ入りしていない俺は開会式にいなくていいし練習も必要ない。土曜日の試合のサポートさえできればいいから金曜日の夜に自分で行くよ」

 バスケ部の事情は分からないけれど、伊織がそれで良いというのだから大丈夫なのだろう。真人君も難しい顔をしているけれど色々妥協して納得しているみたいだ。

「明日の放課後まではとりあえずいつも通り過ごす。大事なのは明後日だ」

 そうだ、明後日は丸一日真人君と伊織がいないはずの一日になる。私への守りが薄くなるということだ。でもそれは逆にチャンスでもある。

「伊織が大会に行ったふりをして、隠れて見張って何かしているところを捕まえる」

「ああ、嫌がらせしてる連中は下駄箱に何かするのが好きみたいだからそこを重点的に見張る。今までも見てたけど授業始まる前に戻っちまってたからそのタイミングで何かしてたのかもな」

「証拠があれば先生たちはすぐに動いてくれるよね」

「ああ、そいつらは退学になるはず」

 本当は加害者全員を退学にして欲しいところだけれど、加害者をすべて明らかにするのは現実的ではない。ただ、見せしめ的に何人か退学になれば嫌がらせはなくなるだろう。

「ほんとは加害者全員退学にさせたいけど、まあ何人か退学になればビビッてなにもしなくなるだろ」

「美月も学校にいた方が良いよね」

「ああ、もう大丈夫だって実感してもらった方が良いし、美月さんには悪いけど嫌がらせを誘わないといけないからな」

 あれ? 私なんだか伊織と通じ合っている。考えていることが分かる。次に言いたいことが分かる。この感覚は小学四年生のとき以来かもしれない。きっと美月を助けたいという同じ気持ちを持ったからだ。不謹慎にも少しだけ嬉しくなった。

「でもー、萩原さんクラスで一人になっちゃうんじゃない? 教室には伊織君行けないよねー?」

 秋野さんの疑問に答えたのは真人君だ。

「二組に仲の良い運動部の男子がいるからそいつらにお願いするよ。一日くらいなら萩原さんのこと気にかけて、声かけたりしてくれると思う」

「えー? それって何部―? 何人くらいー? 彼女持ちいるー?」

「え、えっと……運動部の男子とはだいたい仲良いから自由に選べると言えば選べるけど……」

「じゃあ二組ならねー、陸上部の中村君とー、テニス部の今田君と長谷部君、あとーサッカー部の星野君が良いかなーって思うんだけどどうかなー」

「えーっと星野は彼女いたような……」

「えー、じゃあサッカー部の秋山くんでー。萩原さんを守ってくれたらー私たち四人と遊びましょーってお願いしていいよー」

「え、ちょ、ちょっと心愛、勝手に何言ってんの。真海と愛楽もいないのに。しかもあんたの好みで選んだでしょ」

「えー? それは学校に来るのが遅いのが悪いってことでー。それにー蘭々の好みに合わせる必要はまだないよねー?」

 秋野さんが真人君をちらっと見た。当然佐々木さんにもその意図は伝わる。佐々木さんは秋野さんに少しだけ不満そうな顔を見せながら小さくため息をついた。

「分かった。それでいいよ」

「ありがとう、佐々木さん、秋野さん。頼みやすくなるよ」

「いいよー、イケメンスポーツ男子と遊べればウィンウィンだしー」

 それぞれの役割がだんだんと決まってくる。伊織は大会に行ったふりをして加害者を見つけ出して捕まえる。

 真人君は教室の方には行けない伊織の見えないところで美月を守るために二組の男子にお願いする。また今日、明日で金曜日はバスケ部が学校にいないことをそれとなくアピールする。

 佐々木さんと大石さんは教室で私を守ってくれる。五組所属で教室が遠い秋野さんは同じクラスの小畑さんと一緒に休み時間に美月の様子を見に来ることを買って出てくれた。そして言い方は悪いが二組男子の餌になる。

 私は学校では特にやることがない。でも何かしなければと思い、一つ思いついた。

「私、今日は学校休んで今から美月の家に行こうと思う。放課後に行こうと思ったけど、こうしてる間にも美月はきっとつらい思いをしてるから、少しでもそばにいたい」

 反対する人はいなかった。それどころか伊織も真人君も優しそうに微笑んでくれている。美月を支えるのが私の役割。これは私にしかできない仕事だ。

 教室を出た直後に大石さんと小畑さんと出会い、作戦を説明するために秋野さんが残ることになった。

「詩織さん、ごめんね」

 昇降口で靴を履き替えたところで真人君が私に声をかけた。

「えっと……何が?」

 謝られるようなことをされた覚えはない。

 真人君は少しだけうつむいている。

「俺が助ける、守るって約束したのに、結局伊織に任せることになっちゃったから」

「ううん、真人君はちゃんと約束守ってくれたよ。ちゃんと助けてくれたし、守ってくれた。それに、私は真人君にはバスケをやってて欲しい。私にかまけてバスケがおろそかになるのは嫌だ。今回は見に行けないけど、心の底から応援してる。いっぱいシュート決めてね」

 真人君の顔が明るくなった。いつもの優しくてちょっと可愛い笑顔だ。

「うん。俺にできる全力を尽くしてくるよ。詩織さんも頑張って」

 そう言いながら振ってくれる手に私は勇気をもらう。

 登校してくる生徒たちの流れに逆らって歩く私を皆が奇異の目でじろじろと見る。中には指を差したり私を見ながらひそひそと話をしたりする人もいて、今までならば一人では耐えることができないものだった。

 しかし今の私は美月を助けるという使命感でいっぱいで、そんなことは気にならない。


 校門付近に差し掛かったところで走って追いかけてきた佐々木さんに声をかけられた。

「ごめん、呼び止めて」

「どうしたの?」

「えっと……あの……」

 いつもハキハキしていて自信を持って発言している佐々木さんがどうにも歯切れが悪く、言い淀んでいる。それくらい大事なことを言いに来たのだと察した。佐々木さんは口をキュッと結んでから私と向き合って、はっきりと言った。

「私、最近真人君や春咲さんと過ごすことが多くなって、二人のことをもっと好きになった。でも真人君は春咲さんのことが好きだと思う。だから、二人が付き合ったら私はキッパリと諦める。でも一つだけわがままを聞いて欲しいの」

「うん、何?」

「二人が真人君とはる……詩織が付き合うことになったら私に一番に教えて欲しい。萩原さんよりも、伊織君よりも先に教えて欲しい。大好きな二人のことを一番最初に祝福したい。どうかな?」

 佐々木さんの涙を見たのは初めてだった。ほんの少しだけれどうっすらと目に浮かべた涙の雫は朝の陽ざしにきらめいて、すっかりと清楚な見た目に変貌を遂げていた佐々木さんの容姿と合わせるとまるでドラマのワンシーンみたいに綺麗だった。

 佐々木さんは真人君のことが本気で好きで、私のことも好きでいてくれた。その思いが強く私の心に響いた。私は佐々木さん、いや、蘭々と友達になれた気がした。

「うん。必ず蘭々に一番に伝える。約束」

 約束の指切り。それは私に勇気をくれる。