翌日の寝起きはとても良かった。悪かったのは昨日だけだったというのに随分と久しぶりな気がした。顔を洗って、寝癖を直して前髪を昨日佐々木さんがくれたピンク色のヘアピンで留めた。

 普段は黒とか茶色とか地味な色ばかりだけれど今日はなんとなくこれが良かった。

 制服に着替えて、今日は朝食をしっかりと食べてから歯を磨いて玄関に向かった。まだ何も解決はしていないけれど、必ず真人君が助けてくれるという確信があると自然と足取りは軽くなった。

 昨日と同じ場所で伊織が待っている。今日は自転車を押していくようで、伊織は解決するまでは朝練をさぼって一緒に登校してくれることになっていた。

 そこまでしなくてもと思ったが、朝練は任意参加らしいし、何より昨日美月から連絡があり、感染症の類ではなかったし熱も下がったので今日から学校に行けるとのことだったので、この際三人で一緒に登校することにした。

 少し緊張しながらも伊織と一生懸命会話をしようとする美月は、伊織に嫉妬してしまうくらい可愛かった。

 学校に着くと昇降口で真人君が待っていた。到着の少し前から先導していた伊織と少し話をした後に私に挨拶をしながら笑顔で手を振る。

 登校中の大勢の人に見られてしまい、さらに顰蹙を買ってしまうのではないかと危惧したが私がそばに近づくと真人君はその意図を説明してくれた。

「あえて目立つことをして詩織さんに嫌がらせをする人を不快にさせようと思うんだ。そしたらもっと派手な嫌がらせをしてくるはずだからそれを現行犯で咎める。大丈夫、俺や伊織がちゃんと守るから心配しないで」

「うん」

 真人君がそう言ってくれると安心できるけれど、でもやっぱり下駄箱の扉を開くこの瞬間は緊張する。昨日は伊織が見て処分してくれたけれどまた何か入れられているのではないかと勘繰ってしまう。

「真人がずっと見張ってたから大丈夫だ。何もない」

 伊織が私の気持ちを察して声をかけてくれた。真人君は微笑んでいる。私の下駄箱の中には私の上履きがあるだけだった。

 並んで歩く私と美月のすぐ目の前を真人君と伊織が歩く。真人君に声をかけようとした女子生徒がすぐ後ろの私に気づいて声掛けをやめた。私を見ながらひそひそ話をする女子生徒二人組がいる。

 ワイワイと話をしていた集団が私たちを見てスンッと静かになる。私、嫌われているなぁと改めて思う。

 一年一組の教室に入り、自分の席に目を向けると私の椅子に何故か佐々木さんが座っていて、その周りをいつもの三人が固めていた。佐々木さんと伊織が何やらアイコンタクトを取っている辺り、私の机にいたずらされないように伊織が佐々木さんにお願いしたのだろう。

 佐々木さんは私のヘアピンを見てものすごく嬉しそうに私を迎えてくれた。

 体育の授業では美月と佐々木さんと大石さんがそばにいてくれた。

 伊織と真人君は休み時間ごとに様子を見に来てくれて、数学の授業では少し遠くの教室に移動しなければならなかったけれど合同授業とは関係ない真人君がついてきてくれて、大急ぎで自分の教室に帰って行った。

 数学の後は伊織が迎えに来た。昼休みは真人君と伊織が私と美月をバスケ部の部室に連れて行ってそこでお昼ご飯を食べた。余った時間で自主練習をする二人を美月と一緒に見守った。

 放課後はまた真人君と伊織が送ってくれることになった。

「送ってくれるのは嬉しいけど、部活は大丈夫なの? 遅れちゃうでしょ?」

 昇降口に向かう道すがら伊織に聞いてみた。真人君は私たちよりも早くに昇降口に移動している。きっと私の下駄箱を確認して、嫌な言葉の書かれた手紙が入っていないか確認して、入っていたら私の目につく前に処分してくれているのだろう。

「ああ、監督に言われたんだ。大切な人を守れないことは部活に遅れることより重罪だって。だから全部解決するまでは朝も帰りもこんな感じになる」

「……私のことを好きだって言ってくれた真人君は分かるとして、伊織にとっても私は大切な人ってこと?」

「……うるせえ」

 伊織の顔が赤くなった。いつもならこういうときは照れて大きな声を出していたのだけれど美月をちらっと見て我慢したところを見ると伊織も成長したのだと思う。それでも昇降口に着いて早々に自転車を取りに走って行ってしまった。

 校門のそばで、自転車を脇に立たせて待っている真人君が見える。私も急いで靴を履き替え外に出ようとすると美月が下駄箱の扉を開けっぱなしにしたまま動いていないことに気づいた。

「美月? どうしたの?」

「あ、ご、ごめん……朝も帰りも伊織君と一緒だなんて嬉しくて」

「今だけだからね、頑張って」

「うん、ありがと」

 皆のおかげもあってこの日は視線を感じたりひそひそ話が聞こえたくらいで、他には何も起こらない平和な一日を過ごすことができた。

 次の日もその次の日も同じく平和だった。皆が守ってくれているからでもあるし、気のせいかもしれないが先生たちも私のことを注意深く見るようになっていたこともある。担任の先生にも呼び出されてそれとなく話を聞かれたりもした。

 噂は当然のように先生たちの耳にも入っているし、私への悪口、陰口も認識しているからだろう。あくまで耳に入っている程度のもので明確ないじめの証拠や加害者がはっきりしていない以上先生たちは大きな動きを見せることができず、私のフォローと注視しかできないのではないか、と昼休みにふらっと部室を訪れた日夏さんが言っていた。