お母さんが土曜日に仕事があるときはお父さんがお昼ご飯を作る。お父さんは炒飯に異常な自信とこだわりを持っている、というか炒飯くらいしか作ることができないので今日も炒飯だろう。
いつもは部活でいない伊織が今日は珍しく帰ってきているためきっといつもの二倍の量は作るはずなので、手伝いついでに付け合わせにサラダくらいは作ってみようかなどといつもは考えないようなことを考えてみた。
伊織は高校生とはいえアスリートなので栄養バランスには気をつけているみたいだし、お父さんの作る炒飯は肉類は結構入れるけれど野菜はネギがほんの少し入っているくらいなので野菜は足りていない。
伊織には色々お世話になったし、今もきっと美月にメッセージでも送って謝っているところなのでお礼や労いをこめてたまにはこういうのも良いだろうと思う。
制服から部屋着に着替えて台所に行くとお父さんが具材を刻んでいるところだった。
「お、詩織、もしかして手伝ってくれるのか? 詩織ももう高校生だもんな、料理にも興味を持つ年頃だよな。お父さんが色々教えてやるぞ。はっ、もしかして例のバスケ部の彼氏に料理を作ってあげるつもりか?そ、それはまだ早いと思うぞ。そんなことのためにお父さんの技術は伝授できないからな」
「そんなんじゃないよ。炒飯だけじゃ飽きるしサラダでも作ろうと思っただけ。そもそも彼氏じゃないし」
勝手に勘違いして盛り上がっているお父さんを適当にあしらって冷蔵庫から適当に野菜を見繕う。
レタスは適当にちぎって並べるとしてあとはきゅうりとトマトと、サラダチキンなんてものもあった。
サラダを作ると言っても私は料理が得意なわけではないので切って盛り付けるだけになってしまうし、一人ひとり別の皿に盛り付けてドレッシングはお好みにして味付けはしない。私の料理の知識と技術ではこれくらいが限界だ。
料理部の美月ならもっと色々作れるのかななんて考えたが、料理部は実質お菓子作り部と化していると聞いていたので美月の料理スキルに関しては今度聞いてみたいと思う。
「おい詩織、包丁なんて使うのか。待っていればお父さんがやるぞ」
中華鍋を振るい具材やお米を炒めているお父さんが隣で包丁を用意し始めた私を横目に見て心配そうに声をかけた。
「大丈夫だよ。そんなに複雑な切り方しないし」
「そ、そうか。落ち着いてな、ゆっくりだぞ。包丁を持たない手は猫の手だぞ」
きゅうりを切るだけでこの慌てよう。私が一人で一食作るなどと言い出したときにはどうなってしまうのだろうか。
炒飯もサラダも完成して、伊織を呼ぶため部屋のドアをノックしようとしたとき、部屋の中からかすかに声が聞こえてきた。どうやら伊織は誰かと電話をしているらしいがよく聞こえないので、しゃがんでドアに耳をくっつけてかすかな声を聞き取る。
「そうなんだ。まあ詩織も似たようなもんだし、別にそんなに恥ずかしいことじゃ……え? うん、まあ、大会が遠くなると部活休みの日も増えるし、いいよ」
誰と何の話をしているのだろうか。私のことも話題に出ているみたいで、真人君たちのようなバスケ部の人と話すにしては口調が穏やかすぎるような気がする。
私と伊織がなかなか降りてこないことを心配したお父さんが様子を見に来たが、ドアに耳をくっつける私の姿を見て同じようにしゃがんで耳をくっつけて聞き耳を立てた。
「……ああそれは詩織のを借りればいいんじゃない? 練習だし、あんまり乗ってないから綺麗だし。詩織にも伝えておく……じゃあそろそろ……うん、ありがとう。また、学校で」
私のを借りる? 乗ってない? 学校で? 余計に混乱してきて訳が分からない。
そのときドアが内側に開いた。ドアに耳をくっつけるばかりか体重もかけていた私の体は伊織の部屋に倒れこんでしまった。意外と体幹が強いらしいお父さんは元の姿勢のまま倒れる私を目で追っていた。
「詩織、大丈夫か? 怪我してないか?」
「う、うん」
「何してんだよ、二人して……」
無様に倒れる私とあたふたしているお父さんを呆れた目で伊織が見下ろす。伊織はまだ着替えずにジャージのままだ。
「すまん伊織、つい。お昼に呼びに来たんだ……」
「ああ、分かった。行くよ」
伊織は倒れている私の手を取って引っ張り上げてから部屋を出る。私とお父さんも後ろに続く。私は伊織の手を引いてお父さんには聞こえないように耳元で尋ねた。
「伊織、さっきの電話って……美月?」
「ああ」
「着替えてないってことはもしかして部屋に入ってからずっと電話してたとか?」
「いや……まあ、そうだな。大きい声を出したことを謝ったら気にしてないって言ってくれて、その後に何故か雑談する流れになって……」
美月、頑張ったんだ。伊織と話すだけですぐに照れたり、有頂天になっていたのに伊織が部屋に入ってから今まで約二十分、こんなに会話が続いたことは初めてのはずだ。
「最後の方だけ聞こえちゃったんだけど、何か約束みたいなことした?それに私も関係してるような……」
「聞こえちゃったじゃなくて聞いてたんだろ……まあ、昼飯終わったら話すよ」
私の切った不格好なきゅうりやトマトをほんの少しだけ笑いながらすべて平らげ、私の三倍ほどの量の炒飯を食べ尽くし、伊織は自分の部屋に戻って行った。お父さんによる電話の相手についての質問を避けるためだろう。
「お父さんごめん、片付けお願い」
少し寂しそうなお父さんに申し訳なく思いつつも私も伊織の後を追い、開けっ放しになっているドアから伊織の部屋に入った。私が部屋に入ると伊織は開口一番、本題を話した。
「いつかは決まってないけど部活も学校もが休みの日、美月さんの自転車の練習に付き合うことになった。美月さんは自転車持ってないらしいから詩織のやつを借りる。ついでに詩織も一緒に来て練習しろよな」
「え? 何それ? なんでそんなことになったの?」
「別に、雑談してたらいつも二キロくらい歩いて登校してるって聞いたから、自転車の方が楽じゃない? って言ったら自転車乗れないって言うから、詩織も似たようなもんだよって返して、そしたら乗り方教えてくれない? って聞かれたからいいよって答えただけだよ」
「答えただけだよって、いいの?」
「何が?」
「いや、伊織がいいなら私もいいんだけどさ……」
飄々と話す伊織に私は困惑する。自転車の乗り方を教えて欲しいなんてお願いをする美月も美月だが二つ返事で了承する伊織も伊織だ。なんだかもうカップルみたいな、そこまでいかなくともとても仲の良い関係のような気がする。
もちろん私にとっては願ったり叶ったりな展開ではあるけれど、展開が速すぎてついていけない。
「美月さんの家の近くにちょうどいい公園があるらしくて、うちからはちょっと遠いから自転車で行こうと思うんだけど、詩織も自転車は少しくらいは乗れるよな?」
「ば、馬鹿にしないで。私が自転車に乗らないのは心配性なお父さんのためだから。乗れるから、むしろ伊織なんていらなくて私一人で美月に教えられるくらいだから」
「そうなんだ。じゃあ俺いらないな。お前と美月さんなら土日空きまくってそうだからいつでも行けるな」
にやにやと私を馬鹿にしたような視線を向ける伊織。大人になって、優しくなったと思ったけれど、こうやってたまに子供の頃のように意地悪になる。
「そうは言ってないでしょ。伊織がいないとお父さんが心配するし、もしも私や美月が怪我したりしたら伊織に運んでもらわないといけないし、一緒に来て」
「はいはい、父さんに自転車通学許してもらえるくらいに頑張ろうな。じゃ、俺これからランニング行ってくるから」
私の抗議を聞き流して伊織は部屋を出る。今頃真人君以外のバスケ部の人たちはカラオケに行っているはずだったけれど、伊織も大概ストイックだ。
聞きたいことがあって玄関までついて行った。
「なんだよ。見送り?」
「伊織は、その、美月のことどう思ってる?」
伊織が一瞬だけ目を見開いたような気がした。でもすぐに無表情になって私に背を向けて外への扉を開けた。
「詩織と仲が良いなって思う。これからも仲良くしろよ……行ってきます」
「うん。行ってらっしゃい」
いつもは部活でいない伊織が今日は珍しく帰ってきているためきっといつもの二倍の量は作るはずなので、手伝いついでに付け合わせにサラダくらいは作ってみようかなどといつもは考えないようなことを考えてみた。
伊織は高校生とはいえアスリートなので栄養バランスには気をつけているみたいだし、お父さんの作る炒飯は肉類は結構入れるけれど野菜はネギがほんの少し入っているくらいなので野菜は足りていない。
伊織には色々お世話になったし、今もきっと美月にメッセージでも送って謝っているところなのでお礼や労いをこめてたまにはこういうのも良いだろうと思う。
制服から部屋着に着替えて台所に行くとお父さんが具材を刻んでいるところだった。
「お、詩織、もしかして手伝ってくれるのか? 詩織ももう高校生だもんな、料理にも興味を持つ年頃だよな。お父さんが色々教えてやるぞ。はっ、もしかして例のバスケ部の彼氏に料理を作ってあげるつもりか?そ、それはまだ早いと思うぞ。そんなことのためにお父さんの技術は伝授できないからな」
「そんなんじゃないよ。炒飯だけじゃ飽きるしサラダでも作ろうと思っただけ。そもそも彼氏じゃないし」
勝手に勘違いして盛り上がっているお父さんを適当にあしらって冷蔵庫から適当に野菜を見繕う。
レタスは適当にちぎって並べるとしてあとはきゅうりとトマトと、サラダチキンなんてものもあった。
サラダを作ると言っても私は料理が得意なわけではないので切って盛り付けるだけになってしまうし、一人ひとり別の皿に盛り付けてドレッシングはお好みにして味付けはしない。私の料理の知識と技術ではこれくらいが限界だ。
料理部の美月ならもっと色々作れるのかななんて考えたが、料理部は実質お菓子作り部と化していると聞いていたので美月の料理スキルに関しては今度聞いてみたいと思う。
「おい詩織、包丁なんて使うのか。待っていればお父さんがやるぞ」
中華鍋を振るい具材やお米を炒めているお父さんが隣で包丁を用意し始めた私を横目に見て心配そうに声をかけた。
「大丈夫だよ。そんなに複雑な切り方しないし」
「そ、そうか。落ち着いてな、ゆっくりだぞ。包丁を持たない手は猫の手だぞ」
きゅうりを切るだけでこの慌てよう。私が一人で一食作るなどと言い出したときにはどうなってしまうのだろうか。
炒飯もサラダも完成して、伊織を呼ぶため部屋のドアをノックしようとしたとき、部屋の中からかすかに声が聞こえてきた。どうやら伊織は誰かと電話をしているらしいがよく聞こえないので、しゃがんでドアに耳をくっつけてかすかな声を聞き取る。
「そうなんだ。まあ詩織も似たようなもんだし、別にそんなに恥ずかしいことじゃ……え? うん、まあ、大会が遠くなると部活休みの日も増えるし、いいよ」
誰と何の話をしているのだろうか。私のことも話題に出ているみたいで、真人君たちのようなバスケ部の人と話すにしては口調が穏やかすぎるような気がする。
私と伊織がなかなか降りてこないことを心配したお父さんが様子を見に来たが、ドアに耳をくっつける私の姿を見て同じようにしゃがんで耳をくっつけて聞き耳を立てた。
「……ああそれは詩織のを借りればいいんじゃない? 練習だし、あんまり乗ってないから綺麗だし。詩織にも伝えておく……じゃあそろそろ……うん、ありがとう。また、学校で」
私のを借りる? 乗ってない? 学校で? 余計に混乱してきて訳が分からない。
そのときドアが内側に開いた。ドアに耳をくっつけるばかりか体重もかけていた私の体は伊織の部屋に倒れこんでしまった。意外と体幹が強いらしいお父さんは元の姿勢のまま倒れる私を目で追っていた。
「詩織、大丈夫か? 怪我してないか?」
「う、うん」
「何してんだよ、二人して……」
無様に倒れる私とあたふたしているお父さんを呆れた目で伊織が見下ろす。伊織はまだ着替えずにジャージのままだ。
「すまん伊織、つい。お昼に呼びに来たんだ……」
「ああ、分かった。行くよ」
伊織は倒れている私の手を取って引っ張り上げてから部屋を出る。私とお父さんも後ろに続く。私は伊織の手を引いてお父さんには聞こえないように耳元で尋ねた。
「伊織、さっきの電話って……美月?」
「ああ」
「着替えてないってことはもしかして部屋に入ってからずっと電話してたとか?」
「いや……まあ、そうだな。大きい声を出したことを謝ったら気にしてないって言ってくれて、その後に何故か雑談する流れになって……」
美月、頑張ったんだ。伊織と話すだけですぐに照れたり、有頂天になっていたのに伊織が部屋に入ってから今まで約二十分、こんなに会話が続いたことは初めてのはずだ。
「最後の方だけ聞こえちゃったんだけど、何か約束みたいなことした?それに私も関係してるような……」
「聞こえちゃったじゃなくて聞いてたんだろ……まあ、昼飯終わったら話すよ」
私の切った不格好なきゅうりやトマトをほんの少しだけ笑いながらすべて平らげ、私の三倍ほどの量の炒飯を食べ尽くし、伊織は自分の部屋に戻って行った。お父さんによる電話の相手についての質問を避けるためだろう。
「お父さんごめん、片付けお願い」
少し寂しそうなお父さんに申し訳なく思いつつも私も伊織の後を追い、開けっ放しになっているドアから伊織の部屋に入った。私が部屋に入ると伊織は開口一番、本題を話した。
「いつかは決まってないけど部活も学校もが休みの日、美月さんの自転車の練習に付き合うことになった。美月さんは自転車持ってないらしいから詩織のやつを借りる。ついでに詩織も一緒に来て練習しろよな」
「え? 何それ? なんでそんなことになったの?」
「別に、雑談してたらいつも二キロくらい歩いて登校してるって聞いたから、自転車の方が楽じゃない? って言ったら自転車乗れないって言うから、詩織も似たようなもんだよって返して、そしたら乗り方教えてくれない? って聞かれたからいいよって答えただけだよ」
「答えただけだよって、いいの?」
「何が?」
「いや、伊織がいいなら私もいいんだけどさ……」
飄々と話す伊織に私は困惑する。自転車の乗り方を教えて欲しいなんてお願いをする美月も美月だが二つ返事で了承する伊織も伊織だ。なんだかもうカップルみたいな、そこまでいかなくともとても仲の良い関係のような気がする。
もちろん私にとっては願ったり叶ったりな展開ではあるけれど、展開が速すぎてついていけない。
「美月さんの家の近くにちょうどいい公園があるらしくて、うちからはちょっと遠いから自転車で行こうと思うんだけど、詩織も自転車は少しくらいは乗れるよな?」
「ば、馬鹿にしないで。私が自転車に乗らないのは心配性なお父さんのためだから。乗れるから、むしろ伊織なんていらなくて私一人で美月に教えられるくらいだから」
「そうなんだ。じゃあ俺いらないな。お前と美月さんなら土日空きまくってそうだからいつでも行けるな」
にやにやと私を馬鹿にしたような視線を向ける伊織。大人になって、優しくなったと思ったけれど、こうやってたまに子供の頃のように意地悪になる。
「そうは言ってないでしょ。伊織がいないとお父さんが心配するし、もしも私や美月が怪我したりしたら伊織に運んでもらわないといけないし、一緒に来て」
「はいはい、父さんに自転車通学許してもらえるくらいに頑張ろうな。じゃ、俺これからランニング行ってくるから」
私の抗議を聞き流して伊織は部屋を出る。今頃真人君以外のバスケ部の人たちはカラオケに行っているはずだったけれど、伊織も大概ストイックだ。
聞きたいことがあって玄関までついて行った。
「なんだよ。見送り?」
「伊織は、その、美月のことどう思ってる?」
伊織が一瞬だけ目を見開いたような気がした。でもすぐに無表情になって私に背を向けて外への扉を開けた。
「詩織と仲が良いなって思う。これからも仲良くしろよ……行ってきます」
「うん。行ってらっしゃい」