「……おかえり」
「ただいま。髪ぼさぼさ、寝てたのか?」
「うん、ちょっと体調悪くて。午前中の試合見た後、帰ってきちゃった。でももう大丈夫」
「そっか、それで準決では真人のやつシュート何本か外してたのか。てっきり詩織が見てれば絶対決められるジンクス破れたのかと思った。まあそれでも勝ったけど」
伊織は少しおどけて言った後、真剣な表情になった。
「試合の後、お前のクラスの佐々木さん、だったか。あの人が真人に会いに来て聞いたんだ。初詣の日、一緒にいたのは詩織かって。真人は黙っていたけど、佐々木さんはあのときのお前の服とか髪型の特徴を完璧に言い当てたり、昨日の観戦中のこととか気づいてて、それで問い詰めて、黙っていることが肯定を意味するくらいの状況になってた」
やはり、もう止められない。完全にばれていて、今頃はメッセージアプリやSNSでこのことが広まっていて、月曜日には私に対して何をしてやるかの話し合いが行われているに違いない。
そう思っていたのに、伊織から出てくる言葉は意外なものだった。
「佐々木さん、誰にも言わないって言ってた。その上で詩織と真人が付き合ってないなら絶対諦めないってよ」
「ほんとに? 佐々木さんがそんなこと言ったの?」
誰にも言わないなんてそんなことがあるだろうか。冷たくて威圧的な目で私を見ていた佐々木さんが、周りに言いふらして私に対して何かをしないことなんてありえない。その言葉は信じられなくて私の気が晴れることはなかった。
気落ちしてうつむく私に伊織が尋ねた。
「つらいなら辞めちまうか?」
「え? 辞めるって何を?」
「真人と関わりを持つこと」
「な、なんで? そんなこと……」
伊織の目は真剣だ。冗談でも何でもなく本気で言っている。
「真人と関わらなければこんなことで悩むこともない。午後、試合見ずに帰ったのも体調不良なんて嘘だろ?」
「……どうして」
「美月さんが教えてくれた。詩織が午前中に佐々木さんと話してからすごく不安そうにしてて、午後は見ずに帰っちゃったって。心配だから声をかけて欲しいってさ」
いつかのために教えていた伊織の連絡先を私のために使うとは美月らしい優しさだ。それでも、美月や伊織の優しさに触れても私の不安は拭えない。
「どうする? お前の返答次第では俺から真人に言う。もう詩織と関わるなって」
そんなこと了承するはずがない。私の価値観を変えてくれて、色々なことに希望を持たせてくれた真人君との関わりを失うなんてありえない。
「嫌だ。せっかく仲良くなれてきたのに、もっと仲良くなりたい」
「口ではそう言うけどさ、お前の顔すごくつらそうだぞ?」
「そんなことない! 適当なこと言わないで!」
誤魔化すためについ大きな声を出してしまった。それは十六年間一緒に過ごしてきた伊織相手には悪手でしかない。
「……詩織は嘘をつくと大きな声を出すよな。嘘をつき慣れていないから」
伊織の優しい声色と表情は私の本音を待っているように思えた。
伊織相手に誤魔化しても無駄だ。誰よりも私のことを知っていて、細かな癖や仕草も知っているのだから。正直に話すしかない。
「……私は真人君のことが好きで、これからもずっと仲良くしていたい。でも、真人君は人気者だから私みたいなのが仲良くしてることが分かったら嫉妬されたり、何かひどいことをされるんじゃないかって不安に思ってて、今日佐々木さんに一緒に初詣に行ってたことが完全にばれてどうしたらいいのか分かんなくなって、もっと不安になってつらくて横になってた。佐々木さんはいつも私のこと冷たい目で見てくるから、誰にも言わないって言葉が信じられない」
私の本音を聞いた伊織は目を閉じて、何かを思い出しながら話し出す。
「美人で明るくて自分の気持ちに正直で自分に自信を持っている。好きなことに一生懸命で、仲が良い人には度を越えて優しい。社交的でおしゃれに気を遣ってて皆をまとめる力がある」
「な、何? いったい」
「真人がいつか言っていた、佐々木さんのことだよ。正直悪いところに目をつむりすぎだろって思うけどな。あの人校則破って髪染めたり化粧したり、注意した先生に口答えしたりするし、嫌いな人にはかなり塩対応らしいし」
真人君が言っていた加点法での評価だ。そう考えると佐々木さんはすごく立派な人物に思える。まだ私にはその見方は完全には身についていない。
「でも真人がそう言ってから俺もちょっと見方を変えてみたんだ。あの人よく真人のところに来るから見る機会が結構あってさ。あの人、嘘はつかないと思うよ。少なくとも真人には。まあ俺には嘘ついて付き合ってくれとか言ってきたけど、真人と仲良くなるためでしょって言ったらすぐに謝ってきた」
「佐々木さんのこと、信用しても良いんじゃないかってこと?」
「まあな。それが一番不安なんだろ? それなら大丈夫だよ。詩織に嫌な思いさせたら真人が怒る。あの人が真人が怒るようなことをするはずがない。俺が保証してやる」
「でも、どんな手段でも使うって……」
「試合終わってミーティングしてるとき、部員の輪のすぐそばで待機して終わった瞬間真人に声をかけて告白するとか、非常識ギリギリのことだってするってことじゃないか? 俺らバスケ部は慣れっこだけど他の学校の人らにも見られてたからな。めっちゃ注目されてた」
伊織は思い出し笑いをしている。その表情から佐々木さんへの嫌悪感は見えない。伊織がそんな表情をするなら私も佐々木さんのことを少しだけ信じてみてもいいのかもしれない。
「伊織がそう言うなら、佐々木さんのこと信じてみる。それならもう不安はないからほんとに大丈夫」
「うん。まあなんかあったら言えよ。じゃあな」
伊織は自分の部屋に行こうとする。
「あ、ありがと、色々」
自分の部屋に入りかけの伊織にお礼を言った。最近は本当に世話になりっぱなしで感謝しかない。
「別にいいよ。あ、そうだ。明日は十時試合開始な。あと夕飯までにそのぼさぼさの髪直しておけよ。父さんが余計の心配するからな。それと美月さんにもちゃんとお礼の連絡しておけよ。ものすごく心配してた。あと今日は真人に連絡するな。明日の決勝のために色んなこと考えずに集中してるから、話したいことがあるなら明日の試合の後にしろ」
高校に入ってから伊織は優しくなったが最近は特に優しい。まるで本当の兄のように世話を焼いてくれる。一応兄ではあるのだけれど。つい嬉しくて面白くて吹き出してしまった。
「なんだよ。おかしなこと言ったか?」
「ううん。なんかお兄ちゃんみたいだなって思って」
「みたいじゃないだろ。俺はお前のお兄ちゃんだぞ」
「ちょっとだけお母さんから出てくるのが速かっただけでしょ」
「ま、詩織のどんくささは生まれつきだもんな。お前が運動苦手なのは母さんの腹から出る競争に俺に負けた瞬間から決まってたんだ」
「ひどい。好きで運動苦手なわけじゃないのに」
「小学校低学年の頃は無理して外で俺と一緒に遊ぼうとして、よく転んで怪我して泣いてたもんな」
私たちがいつもべったりしていたときの話だ。小五になる前くらいまではとにかくいつも一緒にいた。
私は違うクラスなのに休み時間ごとに伊織のクラスに行っておしゃべりしていたし、登下校も放課後に友達と遊ぶのも一緒。
伊織の友達に無理やり混ぜてもらっていたし、私の友達にも伊織を無理やり混ぜたりした。今はもうその頃とは全然違う私になってしまったけれど、良い思い出として今も心に残っている。
「せっかく励ましてくれたお礼してあげようと思ってたのにそうやって馬鹿にするならなしにしようかな」
「お礼? なんかくれるの?」
「……何か欲しいものはある?」
伊織は真剣に考え込む。できれば軽く考えて簡単なものにして欲しい。
「……彼女、かな」
「え? 彼女?」
「もうすぐ二年生だしさ。そろそろ欲しいなって思って。詩織の知り合いで良い人いたら紹介してくれよ……あ、ごめん。お前友達少なかったわ」
好きなタイプは? とか、紹介したい人いるよとか言う前に伊織は自分の部屋に入ってしまった。今すぐ伊織の部屋に行くことは物理的には可能なのだけれど、伊織はそれは求めていないように思いやめておいた。
伊織が彼女募集中とはこれは美月にとってチャンスと見るべきかピンチと見るべきか。今まで何度か告白されていることは知っているがすべて断っているとのことだし、その頃は彼女を作る気がなかっただけだろうか。
今告白されたらとりあえず付き合ってみるとかなってしまうのではないか。そうなると美月もうかうかしていられない。
伊織に言われた通り髪を整えながら美月に電話をかけた。普段はメッセージで済ませるのだけれど今日は直接話をしたい気分だった。
「もしもし、詩織? 大丈夫?」
美月はすぐに出た。第一声が私を心配する言葉なところが美月らしく、感謝と申し訳なさでいっぱいになる。
「うん。伊織から佐々木さんのこと色々聞いて、佐々木さん私のこと誰にも言わないって言ってたみたいで信じてみようって思って。だからもう大丈夫」
「ほんとに大丈夫? 佐々木さんって、その、私ちょっと怖いっていうか詩織も苦手だったよね? 別れ際にどんな手段でも使うって言ってたし、信じられる?」
「私も不安だったけど、伊織が佐々木さんは嘘つかないって言ってたから、信じることにした」
「……そっか、伊織君が言うなら大丈夫だね。良かった」
「うん、美月が伊織に言ってくれたおかげ。ありがとね」
「それはいいよ別に。伊織君と話せて良い思いさせてもらったし」
「伊織ね。私がお礼に何が欲しい? って聞いたら彼女欲しいって言ってたよ。私の友達で良い人いたら紹介してくれって。今度、美月のこと紹介するね」
「え? 伊織君、今彼女募集中なの? やだ、頑張らなきゃ」
スマホを持っていない方の手で胸の辺りでぐっと力を入れている美月が想像できる。可愛い美月と伊織が本当に恋人になってくれることを願うばかりだ。
美月との通話は夕飯の時間になるまで続いた。
「ただいま。髪ぼさぼさ、寝てたのか?」
「うん、ちょっと体調悪くて。午前中の試合見た後、帰ってきちゃった。でももう大丈夫」
「そっか、それで準決では真人のやつシュート何本か外してたのか。てっきり詩織が見てれば絶対決められるジンクス破れたのかと思った。まあそれでも勝ったけど」
伊織は少しおどけて言った後、真剣な表情になった。
「試合の後、お前のクラスの佐々木さん、だったか。あの人が真人に会いに来て聞いたんだ。初詣の日、一緒にいたのは詩織かって。真人は黙っていたけど、佐々木さんはあのときのお前の服とか髪型の特徴を完璧に言い当てたり、昨日の観戦中のこととか気づいてて、それで問い詰めて、黙っていることが肯定を意味するくらいの状況になってた」
やはり、もう止められない。完全にばれていて、今頃はメッセージアプリやSNSでこのことが広まっていて、月曜日には私に対して何をしてやるかの話し合いが行われているに違いない。
そう思っていたのに、伊織から出てくる言葉は意外なものだった。
「佐々木さん、誰にも言わないって言ってた。その上で詩織と真人が付き合ってないなら絶対諦めないってよ」
「ほんとに? 佐々木さんがそんなこと言ったの?」
誰にも言わないなんてそんなことがあるだろうか。冷たくて威圧的な目で私を見ていた佐々木さんが、周りに言いふらして私に対して何かをしないことなんてありえない。その言葉は信じられなくて私の気が晴れることはなかった。
気落ちしてうつむく私に伊織が尋ねた。
「つらいなら辞めちまうか?」
「え? 辞めるって何を?」
「真人と関わりを持つこと」
「な、なんで? そんなこと……」
伊織の目は真剣だ。冗談でも何でもなく本気で言っている。
「真人と関わらなければこんなことで悩むこともない。午後、試合見ずに帰ったのも体調不良なんて嘘だろ?」
「……どうして」
「美月さんが教えてくれた。詩織が午前中に佐々木さんと話してからすごく不安そうにしてて、午後は見ずに帰っちゃったって。心配だから声をかけて欲しいってさ」
いつかのために教えていた伊織の連絡先を私のために使うとは美月らしい優しさだ。それでも、美月や伊織の優しさに触れても私の不安は拭えない。
「どうする? お前の返答次第では俺から真人に言う。もう詩織と関わるなって」
そんなこと了承するはずがない。私の価値観を変えてくれて、色々なことに希望を持たせてくれた真人君との関わりを失うなんてありえない。
「嫌だ。せっかく仲良くなれてきたのに、もっと仲良くなりたい」
「口ではそう言うけどさ、お前の顔すごくつらそうだぞ?」
「そんなことない! 適当なこと言わないで!」
誤魔化すためについ大きな声を出してしまった。それは十六年間一緒に過ごしてきた伊織相手には悪手でしかない。
「……詩織は嘘をつくと大きな声を出すよな。嘘をつき慣れていないから」
伊織の優しい声色と表情は私の本音を待っているように思えた。
伊織相手に誤魔化しても無駄だ。誰よりも私のことを知っていて、細かな癖や仕草も知っているのだから。正直に話すしかない。
「……私は真人君のことが好きで、これからもずっと仲良くしていたい。でも、真人君は人気者だから私みたいなのが仲良くしてることが分かったら嫉妬されたり、何かひどいことをされるんじゃないかって不安に思ってて、今日佐々木さんに一緒に初詣に行ってたことが完全にばれてどうしたらいいのか分かんなくなって、もっと不安になってつらくて横になってた。佐々木さんはいつも私のこと冷たい目で見てくるから、誰にも言わないって言葉が信じられない」
私の本音を聞いた伊織は目を閉じて、何かを思い出しながら話し出す。
「美人で明るくて自分の気持ちに正直で自分に自信を持っている。好きなことに一生懸命で、仲が良い人には度を越えて優しい。社交的でおしゃれに気を遣ってて皆をまとめる力がある」
「な、何? いったい」
「真人がいつか言っていた、佐々木さんのことだよ。正直悪いところに目をつむりすぎだろって思うけどな。あの人校則破って髪染めたり化粧したり、注意した先生に口答えしたりするし、嫌いな人にはかなり塩対応らしいし」
真人君が言っていた加点法での評価だ。そう考えると佐々木さんはすごく立派な人物に思える。まだ私にはその見方は完全には身についていない。
「でも真人がそう言ってから俺もちょっと見方を変えてみたんだ。あの人よく真人のところに来るから見る機会が結構あってさ。あの人、嘘はつかないと思うよ。少なくとも真人には。まあ俺には嘘ついて付き合ってくれとか言ってきたけど、真人と仲良くなるためでしょって言ったらすぐに謝ってきた」
「佐々木さんのこと、信用しても良いんじゃないかってこと?」
「まあな。それが一番不安なんだろ? それなら大丈夫だよ。詩織に嫌な思いさせたら真人が怒る。あの人が真人が怒るようなことをするはずがない。俺が保証してやる」
「でも、どんな手段でも使うって……」
「試合終わってミーティングしてるとき、部員の輪のすぐそばで待機して終わった瞬間真人に声をかけて告白するとか、非常識ギリギリのことだってするってことじゃないか? 俺らバスケ部は慣れっこだけど他の学校の人らにも見られてたからな。めっちゃ注目されてた」
伊織は思い出し笑いをしている。その表情から佐々木さんへの嫌悪感は見えない。伊織がそんな表情をするなら私も佐々木さんのことを少しだけ信じてみてもいいのかもしれない。
「伊織がそう言うなら、佐々木さんのこと信じてみる。それならもう不安はないからほんとに大丈夫」
「うん。まあなんかあったら言えよ。じゃあな」
伊織は自分の部屋に行こうとする。
「あ、ありがと、色々」
自分の部屋に入りかけの伊織にお礼を言った。最近は本当に世話になりっぱなしで感謝しかない。
「別にいいよ。あ、そうだ。明日は十時試合開始な。あと夕飯までにそのぼさぼさの髪直しておけよ。父さんが余計の心配するからな。それと美月さんにもちゃんとお礼の連絡しておけよ。ものすごく心配してた。あと今日は真人に連絡するな。明日の決勝のために色んなこと考えずに集中してるから、話したいことがあるなら明日の試合の後にしろ」
高校に入ってから伊織は優しくなったが最近は特に優しい。まるで本当の兄のように世話を焼いてくれる。一応兄ではあるのだけれど。つい嬉しくて面白くて吹き出してしまった。
「なんだよ。おかしなこと言ったか?」
「ううん。なんかお兄ちゃんみたいだなって思って」
「みたいじゃないだろ。俺はお前のお兄ちゃんだぞ」
「ちょっとだけお母さんから出てくるのが速かっただけでしょ」
「ま、詩織のどんくささは生まれつきだもんな。お前が運動苦手なのは母さんの腹から出る競争に俺に負けた瞬間から決まってたんだ」
「ひどい。好きで運動苦手なわけじゃないのに」
「小学校低学年の頃は無理して外で俺と一緒に遊ぼうとして、よく転んで怪我して泣いてたもんな」
私たちがいつもべったりしていたときの話だ。小五になる前くらいまではとにかくいつも一緒にいた。
私は違うクラスなのに休み時間ごとに伊織のクラスに行っておしゃべりしていたし、登下校も放課後に友達と遊ぶのも一緒。
伊織の友達に無理やり混ぜてもらっていたし、私の友達にも伊織を無理やり混ぜたりした。今はもうその頃とは全然違う私になってしまったけれど、良い思い出として今も心に残っている。
「せっかく励ましてくれたお礼してあげようと思ってたのにそうやって馬鹿にするならなしにしようかな」
「お礼? なんかくれるの?」
「……何か欲しいものはある?」
伊織は真剣に考え込む。できれば軽く考えて簡単なものにして欲しい。
「……彼女、かな」
「え? 彼女?」
「もうすぐ二年生だしさ。そろそろ欲しいなって思って。詩織の知り合いで良い人いたら紹介してくれよ……あ、ごめん。お前友達少なかったわ」
好きなタイプは? とか、紹介したい人いるよとか言う前に伊織は自分の部屋に入ってしまった。今すぐ伊織の部屋に行くことは物理的には可能なのだけれど、伊織はそれは求めていないように思いやめておいた。
伊織が彼女募集中とはこれは美月にとってチャンスと見るべきかピンチと見るべきか。今まで何度か告白されていることは知っているがすべて断っているとのことだし、その頃は彼女を作る気がなかっただけだろうか。
今告白されたらとりあえず付き合ってみるとかなってしまうのではないか。そうなると美月もうかうかしていられない。
伊織に言われた通り髪を整えながら美月に電話をかけた。普段はメッセージで済ませるのだけれど今日は直接話をしたい気分だった。
「もしもし、詩織? 大丈夫?」
美月はすぐに出た。第一声が私を心配する言葉なところが美月らしく、感謝と申し訳なさでいっぱいになる。
「うん。伊織から佐々木さんのこと色々聞いて、佐々木さん私のこと誰にも言わないって言ってたみたいで信じてみようって思って。だからもう大丈夫」
「ほんとに大丈夫? 佐々木さんって、その、私ちょっと怖いっていうか詩織も苦手だったよね? 別れ際にどんな手段でも使うって言ってたし、信じられる?」
「私も不安だったけど、伊織が佐々木さんは嘘つかないって言ってたから、信じることにした」
「……そっか、伊織君が言うなら大丈夫だね。良かった」
「うん、美月が伊織に言ってくれたおかげ。ありがとね」
「それはいいよ別に。伊織君と話せて良い思いさせてもらったし」
「伊織ね。私がお礼に何が欲しい? って聞いたら彼女欲しいって言ってたよ。私の友達で良い人いたら紹介してくれって。今度、美月のこと紹介するね」
「え? 伊織君、今彼女募集中なの? やだ、頑張らなきゃ」
スマホを持っていない方の手で胸の辺りでぐっと力を入れている美月が想像できる。可愛い美月と伊織が本当に恋人になってくれることを願うばかりだ。
美月との通話は夕飯の時間になるまで続いた。