三学期が始まる始業式の日。そういえばあの天国のようなクラスは四月からだったと残念な気持ちで登校すると教室、いや一年生のフロア全体に異様な雰囲気が漂っていた。
「桜君が女の子と二人で初詣に行ってたらしいよ」
そんな内容の話声がいたるところで聞こえた。
やばい。知り合いに鉢合わせしたのは佐々木さんたちだけで、そのときは真人君がうまく誤魔化してくれたと思っていたけれど他にも見た人がいたんだ。
私はともかく真人君はあの身長にあの容姿だからかなり目立つ。雑踏の中でもすぐに見つけられるので誰かに見られていてもおかしくない。
噂はどれほど真実に近づいているのか確かめようと教室内の女子の会話に耳を傾けた。佐々木さんたちはまだ教室に来ていないようだった。
「えーショック。彼女かな?」
「どうなんだろ。蘭々たち真人君に聞きに行ったけど」
「見た人の話ではうちの学校の人かどうかは分からなかったらしいよ」
「てか見たの誰? うちの学校生徒数多いしその人も全部の女子の顔は覚えてないでしょ」
「見たのは二組の女バレの人らしいけど、人ごみの中で見だったから写真は撮れなかったって」
「えーどんな人だろ。可愛い系? 美人系? 身長とか髪型とか」
「いや身長は真人君よりちっちゃいに決まってるでしょ。どっちかって言うと可愛い系で大人しそうな感じだったっぽい。髪は黒で肩よりちょい下くらい」
「そっかー真人君可愛い系が好みだったかー。そら美人系の蘭々が何回告っても断るわけだ。三年の超美人な先輩もフッてたよね」
「あ、蘭々たち戻ってきた」
私と真人君が二人でいるところは見られたけれどまだ私だとは気づかれていないようだ。髪型を変えて行って良かったと心底思う。
噂話をしていた女子たちは教室に入ってきた佐々木さんと大石さんの周りに集まる。蘭々と言うのは佐々木さんの下の名前だ。
「どうだった?蘭々、真人君なんて言ってた?」
教室の後ろの出入り口付近で皆に囲まれている佐々木さんの表情は見えない。きっと怒りや憤りに満ちていて、それでいて冷たい表情をしているのだろうなと思う。でも聞こえた声色は意外にもあっけらかんとしていた。
「いやー全然教えてくれなかった。女の子と一緒だったことは認めてくれたけど、彼女じゃないって言うしそれ以上は何も言わなかったよ」
囲んでいた女子たちは残念そうに輪を解散して自分の席に戻って行く。そのとき私のスマホにメッセージが届いた。真人君からだ。私を心配してくれている。
【ごめん、なんか変な噂になってるみたい。やっぱり学校近くの神社にしたのはうかつだった。本当にごめん。とりあえず聞かれたら誤魔化しておくけどそれで大丈夫?】
【気にしないで 真人君は悪くないから。でもできれば私だったって分からないようにはしておいて欲しいです】
真人君へ返信した後に美月からも心配のメッセージが来たが、大丈夫と送っておいた。私だとバレていない以上は下手に色々動かない方が良い。
そしてしばらくは真人君と直接会話をするのは控えた方が良さそうだ。どうしても会話したいときは間に伊織を挟んで偶然を装うしかない。
そんなことを考えてスマホから顔を上げたとき、私は誰かの視線を感じた。
冷たくて威圧するような視線。佐々木さんが先ほどまでと同じ場所から窓際の前から二番目の席に座る私を見ていたようだが、私が佐々木さんの方を向くとすぐに目をそらして自分の席に行ってしまった。
佐々木さんは初詣当日も同じように私を見ていた。もしかすると真人君と一緒にいたのが私だと気づいているのではないかと不安になる。
昼休みまでは平和に過ごし、美月とお昼ご飯を食べるため食堂に行こうとすると教室を出たところで後ろから佐々木さんに声をかけられた。珍しく取り巻きは誰もいない。何を言われるかびくびくしながら振り返った。
「春咲さん。ちょっとごめんね」
佐々木さんはそう言いながら目を隠していた私の前髪を手で優しくかき上げた。私の目が、顔の全てが露わになり、佐々木さんはその顔をじっと見つめる。冷たくて威圧するような視線は変わらない。
初詣に見た私と比べているのだろうか。私は勇気を出して尋ねた。
「あの、な、何か、私の顔についてる?」
佐々木さんは質問には答えず、にやりと笑って「いきなりごめんね」と一言だけ残して教室に戻って行った。
これはもうばれてしまっただろうか。不安な気持ちを美月には見透かされてしまいものすごく心配されたがなんとか誤魔化して昼休みを終え、午後の授業を終えた。結果としてこの日は何もなかった。
そして次の日も、その次の日も特に何もなかった。噂の当事者である真人君は何も語らないし、目撃者の記憶と証言だけでは私を特定することは不可能で、唯一気づく可能性がありそうな佐々木さんも確信には至らなかったのか特に何も言わない。
結局この噂は真人君には仲の良い女の子はいるみたいだけど彼女じゃないらしいし、この学校の生徒でもなさそう。という結論に落ち着く気配が見えてきた。皆自分にもチャンスはあると思い込み、真人君の人気が落ちることもなかった。
「桜君が女の子と二人で初詣に行ってたらしいよ」
そんな内容の話声がいたるところで聞こえた。
やばい。知り合いに鉢合わせしたのは佐々木さんたちだけで、そのときは真人君がうまく誤魔化してくれたと思っていたけれど他にも見た人がいたんだ。
私はともかく真人君はあの身長にあの容姿だからかなり目立つ。雑踏の中でもすぐに見つけられるので誰かに見られていてもおかしくない。
噂はどれほど真実に近づいているのか確かめようと教室内の女子の会話に耳を傾けた。佐々木さんたちはまだ教室に来ていないようだった。
「えーショック。彼女かな?」
「どうなんだろ。蘭々たち真人君に聞きに行ったけど」
「見た人の話ではうちの学校の人かどうかは分からなかったらしいよ」
「てか見たの誰? うちの学校生徒数多いしその人も全部の女子の顔は覚えてないでしょ」
「見たのは二組の女バレの人らしいけど、人ごみの中で見だったから写真は撮れなかったって」
「えーどんな人だろ。可愛い系? 美人系? 身長とか髪型とか」
「いや身長は真人君よりちっちゃいに決まってるでしょ。どっちかって言うと可愛い系で大人しそうな感じだったっぽい。髪は黒で肩よりちょい下くらい」
「そっかー真人君可愛い系が好みだったかー。そら美人系の蘭々が何回告っても断るわけだ。三年の超美人な先輩もフッてたよね」
「あ、蘭々たち戻ってきた」
私と真人君が二人でいるところは見られたけれどまだ私だとは気づかれていないようだ。髪型を変えて行って良かったと心底思う。
噂話をしていた女子たちは教室に入ってきた佐々木さんと大石さんの周りに集まる。蘭々と言うのは佐々木さんの下の名前だ。
「どうだった?蘭々、真人君なんて言ってた?」
教室の後ろの出入り口付近で皆に囲まれている佐々木さんの表情は見えない。きっと怒りや憤りに満ちていて、それでいて冷たい表情をしているのだろうなと思う。でも聞こえた声色は意外にもあっけらかんとしていた。
「いやー全然教えてくれなかった。女の子と一緒だったことは認めてくれたけど、彼女じゃないって言うしそれ以上は何も言わなかったよ」
囲んでいた女子たちは残念そうに輪を解散して自分の席に戻って行く。そのとき私のスマホにメッセージが届いた。真人君からだ。私を心配してくれている。
【ごめん、なんか変な噂になってるみたい。やっぱり学校近くの神社にしたのはうかつだった。本当にごめん。とりあえず聞かれたら誤魔化しておくけどそれで大丈夫?】
【気にしないで 真人君は悪くないから。でもできれば私だったって分からないようにはしておいて欲しいです】
真人君へ返信した後に美月からも心配のメッセージが来たが、大丈夫と送っておいた。私だとバレていない以上は下手に色々動かない方が良い。
そしてしばらくは真人君と直接会話をするのは控えた方が良さそうだ。どうしても会話したいときは間に伊織を挟んで偶然を装うしかない。
そんなことを考えてスマホから顔を上げたとき、私は誰かの視線を感じた。
冷たくて威圧するような視線。佐々木さんが先ほどまでと同じ場所から窓際の前から二番目の席に座る私を見ていたようだが、私が佐々木さんの方を向くとすぐに目をそらして自分の席に行ってしまった。
佐々木さんは初詣当日も同じように私を見ていた。もしかすると真人君と一緒にいたのが私だと気づいているのではないかと不安になる。
昼休みまでは平和に過ごし、美月とお昼ご飯を食べるため食堂に行こうとすると教室を出たところで後ろから佐々木さんに声をかけられた。珍しく取り巻きは誰もいない。何を言われるかびくびくしながら振り返った。
「春咲さん。ちょっとごめんね」
佐々木さんはそう言いながら目を隠していた私の前髪を手で優しくかき上げた。私の目が、顔の全てが露わになり、佐々木さんはその顔をじっと見つめる。冷たくて威圧するような視線は変わらない。
初詣に見た私と比べているのだろうか。私は勇気を出して尋ねた。
「あの、な、何か、私の顔についてる?」
佐々木さんは質問には答えず、にやりと笑って「いきなりごめんね」と一言だけ残して教室に戻って行った。
これはもうばれてしまっただろうか。不安な気持ちを美月には見透かされてしまいものすごく心配されたがなんとか誤魔化して昼休みを終え、午後の授業を終えた。結果としてこの日は何もなかった。
そして次の日も、その次の日も特に何もなかった。噂の当事者である真人君は何も語らないし、目撃者の記憶と証言だけでは私を特定することは不可能で、唯一気づく可能性がありそうな佐々木さんも確信には至らなかったのか特に何も言わない。
結局この噂は真人君には仲の良い女の子はいるみたいだけど彼女じゃないらしいし、この学校の生徒でもなさそう。という結論に落ち着く気配が見えてきた。皆自分にもチャンスはあると思い込み、真人君の人気が落ちることもなかった。