「詩織さん、俺たちの番だよ。あ、手も離して準備万端だね」

「う、うん」

 まだまだチャンスはあるし落ち込んでいる暇はない。私の分もお賽銭を出そうとしてくれた桜君を「こういうのは自分のお金の方がご利益ありそうだから」と制し、百円玉を賽銭箱に投げ入れた。お願いごとは三つ。

 桜君がもっとすごい選手になりますように、本気で勉強するので結果がついてきますように、桜君ともっと仲良くなれますようにできればお付き合いとかできたら最高です。

 私はお願いを終えると隣の桜君を見上げた。

 目をつぶって聞き取れないくらい小さな声で何かを呟いている。目をつぶっていても分かるくらい真剣な表情だった。

 お参りを終えると参拝者の列から外れて境内の広いところに移動した。

「桜君は何をお願いしたの? 結構長くお願いしていたみたいだけど」

「……まず俺自身がアメリカでも通用する選手になれますようにってことと、あとはチームの一、二年生一人一人のこと。伊織なら身長が十五センチは伸びますようにとかかな。伊織って俺よりもドリブルとか上手いんだよ。もっと身長があれば間違いなくすごい選手になると思うんだよね」

「そうなんだ、桜君がそんなこと言ってたって聞いたら伊織喜ぶかも。あ、でもうちのお父さんもお母さんも身長は普通だから期待はできなさそう」

「ま、こればっかりは努力じゃどうにもならないところがあるからね。でっかく育った運の良さに感謝しないといけないな。詩織さんはなんてお願いしたの?」

 改めて見上げると桜君は本当に大きい。ずっと見上げていると首が痛くなりそうなほどだ。だから徐々に視線を落としていくと桜君の手で目が止まる。

 美月が言っていた。周りから見れば私と桜君はカップルに見えるのだから堂々とするべきだ、と。手を繋ぐのはおかしくない。

 そして名前で呼ぶのもおかしくない。このまま仲良くなれてもきっかけがないと苗字呼びのままになりそうなので今切り替えてしまおう。

「私は勉強頑張るからもっと頭を良くしてくださいってことと、ま、真人君がもっとすごい選手になりますようにって。試合見たら私もファンになったから」

 そう言いながら私は真人君の左手を自分の右手で握った。一瞬驚いた真人君だったがすぐに握り返してくれた。二人とも手袋をしているので感触は分かりづらいが大きくてきっと温かい。

「出店でも回ろっか? それかおみくじか……」

 照れくさそうにしている真人君が声を絞り出した。真人君も私のことを意識していくれているみたいで嬉しくて、心の中がじわっと温かくなるような気がした。

 なんとなく目を合わせられなくなって、手を繋いだ感触を忘れないようにその場に立っていると、私たちがいた広い場所にもどんどんと人が増えてきた。

 人の間を縫って移動した。近くに行くためにもまっすぐ歩けず歩く距離は長くなり、履き慣れたスニーカーを勧めてくれた美月には感謝しなければならない。

 おみくじは二人そろって吉だった。詳細までは見せ合っていないけれど私の恋愛運は割と良い感じだ。ただ気持ちを伝えるのはタイミングを見極めるべしと書かれていたので、そんなことを書かれると今日はやめた方が良いのかなと思ってしまう。

 それなら離れ桜の下で気持ちを伝えよう。おばあちゃん先生から聞いていた伝説の件もあるしそれが良い。三月か四月の桜が咲いている頃が良いかな、それまでにいっぱい真人君と仲良くなろう。

「ごめん、ちょっとお手洗いに行っていいかな? ここで待ってて」

 おみくじを引いた後に出店の方へ向かう途中、私は真人君から離れておみくじを売っていた社務所の方へ戻った。その近くにあるトイレが目的ではなく、社務所で売っているお守りが目的だ。

 おみくじを買ったときはお守りコーナーに人が大勢いて諦めたが今は人が減っていてすぐに買えそうだ。

 お守りを買って真人君のもとに戻ると真人君はまた女の子に囲まれていた。さっきの二十歳前後の女性たちとは違い私たちと同年代、というか私と同じクラスの佐々木さんと大石さんだ。

 名前は知らないけれど二人とよく一緒にいる別のクラスの二人も合わせて四人で真人君を囲んでいる。

 佐々木さんと大石さんは私のクラスの女子の中で最も影響力と発言力を持っていて、私になんとなく嫌な視線を向けるグループの中心人物だ。

 四人とも、特に佐々木さんはとても顔が良い。中学の修学旅行で東京に行ったときにアイドルにスカウトされたことがあるということを教室で話していたのを聞いたことがある。

 名刺も見せびらかしていたので多分嘘じゃない。高校生になったらその道も考えたが、恋愛したいからやめておいたそうだ。

 私たちのクラスにはあまり良い男がいないらしく、休み時間ごとに他のクラスに遠征してイケメン男子たちに声をかけまくっているのだとか。

 真人君には三回くらいアプローチしているがやんわりと断られ、なんと伊織にも一度交際を申し込んだこともあるらしい。もちろん伊織は断ったそうだ。伊織が私が苦手な人と付き合うわけがないので当然のことだ。

 別に私が佐々木さんの話に特別聞き耳を立てたり動向を監視しているわけではなくこれらの話は全て佐々木さんが教室で皆に聞こえるくらい大きな声で話しているのを聞いただけだ。

 そんなことをできる辺り、佐々木さんは私と違って強い人間なのだと思っている。

 雑踏に紛れて真人君と四人の会話を盗み聞いた。

「真人君、一人? なわけないよね、誰かと待ち合わせ?」

「バスケ部の皆かな。だったらあたしらと一緒にどう? 女の子いた方が楽しいでしょ」

「むしろ真人君一人とうちら四人でもいいけど」

「ねーいいでしょー? 真人君」

 四人とも真人君のことが好きなんだろうなと思う。真人君が誰を選んでも恨みっこなし的な盟約が交わされていて、誰かと付き合い始めるまでは協力して真人君と仲良くなっていくつもりのようだ。

「ごめん、一緒に来ている人がいるから皆とは行けない」

 穏やかに返答する真人君に四人は食い下がる。普段しないようなぶりっ子な仕草や表情、声で真人君を困らせている。

「誰? 一緒に来てるのって、バスケ部の人たちじゃないの?」

「もしかして彼女?」

 佐々木さんが核心をついた。私もドキッとさせられる。真人君は何と答えるのだろうかと、ほんの少しだけれど真人君に近づいて聞こえやすい位置に移動した。
 
 真人君は少しだけ考え込んでから答えた。

「彼女ではないよ。えっと、皆みたいな綺麗な人を前にすると照れちゃうような人だから悪いけど今日のところは……」

 彼女じゃない。まあそれはそうだ。分かっていたことだけれどちょっとだけ胸がチクリと痛む。

「何それー? 綺麗だってー」

「あ、あれじゃない? いとこの小学生とか」

「そっか、小学生の男の子にうちら四人は刺激強すぎかー」

「……そういうことなら、またね」

 ケラケラ笑いながら去っていく三人。一人だけ落ち着いていた佐々木さんと目が合った気がした。

 真人君の前では絶対にしないような冷たくて威圧するような視線で私を見ている、と思ったが一瞬目が合った気がしただけで佐々木さんもすぐに三人について行って真人君のそばから離れていった。

 ばれたわけない。一応私なりに頑張って、雑草から綿毛の飛び切ったタンポポくらいにはレベルアップしたのだからこんなたくさんの人がいる中で私だと認識できるはずがない。

 四人が真人君から十分離れたのを確認してから真人君のそばに戻った。

「ごめん、お手洗い混んでて……」

「こっちこそごめん。さっきの見てたよね? ちょっとだけ詩織さんの姿が見えたから」

 周りの人よりも頭一つ高い真人君の目線からは雑踏に紛れた私のことも見つけられていたようだ。

「詩織さんはさっきの人たちみたいな、こう、きゃぴきゃぴしてるというかイケイケな人たちのことちょっと苦手だって伊織から聞いてたから、俺と一緒にいたことは言わない方が良いかなって思ったんだ。適当な嘘ついてごめん」

「そんな、謝ることなんてないよ。むしろ守ってくれてありがとうって感じだから」

「なら良かった。よし、じゃあ行こう」

 真人君が私のことを考えて行動してくれたことに嬉しさを感じ、彼女じゃないと言い切られたことにほんの少しだけ寂しさを感じ、同じくほんの少しだけ伊織に感謝しながら、私は真人君とまた手を繋ぎながら出店を回った。

 美月のアドバイス通り、焼きそばは真人君に奢ってもらった。次のチョコバナナは私が奢った。そうすると本当に次は俺が、次は私がと奢り奢られの関係ができあがった。

 私は割とすぐにお腹がいっぱいになってしまったので最後の方は一人分だけ買って私がちょこっとだけ食べさせてもらった後に残りを真人君にあげていた。真人君はまだまだ身長が伸びている成長期らしく、何でも食べた。

 食べている姿はまるで子供みたいで可愛らしく何枚か写真を撮らせてもらった。待ち受けにする勇気はまだないけれど、いつかできたらいいなと思う。

 楽しかった。いっぱい歩いていっぱい食べていっぱい話した。一番の共通の話題は伊織で、家での様子とか部活での様子とか教え合った。

 真人君も伊織のことを結構信頼していて大事な友人だと思ってくれているみたいで私も嬉しかったし、部活でのエピソードは大変そうだったけれどそれを話す真人君は楽しそうでキラキラしていた。

 私は人付き合いが少なくエピソードは少ないものの美月のこととか勉強のことを話したりして、真人君は真剣に聞いてくれた。真人君はその真面目な性格とお父さんからの言いつけで勉強にもしっかりと取り組んでいて学年で十位くらいの成績らしい。

 詩織さんには敵わないよと謙遜していたけれど、毎日朝早くから夜遅くまでバスケに取り組んでいるのに学年で十位なんてとてつもないことだと思い、真人君への思いは、好きだけでなく尊敬も加わった。