それから、休み時間を図書室で過ごすようになった。
図書室はいつも静かで居心地がよかった。
何気なく本棚を眺めていたら、見覚えのあるタイトルが目に入った。
『檸檬』
明治時代の作家、梶井基次郎の短編集だった。
表題作の短編『檸檬』が一年のときの現代文の教科書に乗っていた。
初めてこの話を読んだとき、なんだか重い話だなと思った。
重い病気を患った青年が果物屋で買った檸檬を手に街をさまよう。本屋の棚から本を抜き取って、積み上げて、壊して、城をつくる。その上に檸檬を乗せ、檸檬が爆発するところを想像する。
結局、何が言いたかったのか、よくわからなかった。
その頃僕は無視されていなかったし、多くはないけれど、友達もいた。とくに悩みもなく平穏に毎日を過ごしていた。
でも、いまは?
一人でも構わないと思っていた。
悩んでなんかいないはずだった。
なのに、なんでこんなに、さみしいと思ってしまうんだろう。
本棚から本を抜き取って、机の上に置いてみた。
二冊、三冊と、色とりどりの本を積み上げていく。
分厚い本、薄い本を、いくつもいくつも。
馬鹿なことしてるな、と思う。
でも、きっとこの人は、馬鹿なことがしたかったんだと思った。
馬鹿なことをして、馬鹿みたいな想像でもしないと、生きていけなかったんだ。
不格好な城ができあがった。
でも、上に乗せるものを僕は何も持っていなかった。
「それ、もしかして檸檬のまね?」
急に声がして、びくっと肩を震わせた。
高梁さんが後ろから顔をだす。
「いや、違う。これはその……」
「あはは。やっぱりそうだ」
いつからいたんだろう。めちゃくちゃ恥ずかしい。
「息詰まるよね、あの教室。私、いまのクラス大嫌い」
高梁さんは僕の隣に立って言った。
「ね、球技大会のスローガン覚えてる?」
「スローガン? ……ええと、青春を掴み取れ、だっけ」
「そうそう。青春って言葉も大っ嫌いなの」
「大嫌いなものが多いな」
思わず苦笑した。
僕もその言葉はあまり好きじゃない。
「なんか押しつけがましくない? そんなものに手を伸ばす気も起きないくらい遠くにいる人だっているのに。でも誰もそんなことまで考えない。だってそんな重い言葉じゃないから。もっとふわふわしたものだから。青春なんかいらない。いまだけでいい。だから、私は私のやりたいことをやることにしました」
「やりたいこと?」
「言ったでしょ。夏休みまでになんとかするって」
僕はぽかんと高梁さんを見た。
あの言葉、まだ残ってたのか。
「あ、あった」
高梁さんはカウンターに置いてあった黄色い小鳥の人形をとってきて、本の城の上にちょこんと乗せた。
「そうしたらこの気詰まりな学校も粉葉みじんだろう」
にっと笑って言う。
それは『檸檬』の最後のセリフの引用だった。
「戻ろう。教室」
「そうだね」
そう言って、僕らは黄色の小鳥が学校を爆発する想像をしながら図書室を出た。