バカだなあ、って思った。
 物理の授業で、笹ヶ瀬くんが手を挙げて大島の間違いを指摘したとき。
 あんな凡ミス、ほっとけばいいのに。
 私、高梁柚葉は、耳にイヤホンをつけて頬杖をつきながら、そう思っていた。

 一年のときも大島が担任だったから、私は大島という教師がどんな人間か、よく知っていた。
 偉くもないのにいつも偉そうにしていて、自分以外のすべての人を見下しているくせに、人に見下されるのは許せない。そんな最低な教師だ。いますぐ教師なんてやめたほうがいいと思う。
 でも、そんな最低な大人がやっていることが、普通に見過ごされてしまうんだ。

 一年のときも、笹ヶ瀬くんと同じように大島の餌食になった生徒がいた。
 優しくてしっかり者の女の子だった。
 私はその子と友達だった。

 ある日、理不尽に怒られていたクラスメイトをかばって反発したのがきっかけで、大島から無視されるようになった。

 その子は夏休み明けから学校に来なくなった。誰もその子のことを口にしなかった。口にすれば、同じように無視していた自分たちも悪者になってしまうから。

 クラスの空気なんて、たった一人の気分で、簡単に変わってしまう。

 あの子は夏休みまで必死に耐えていた。明るくてよく笑う子が、何も喋らなくなって、毎日時間が過ぎるのをじっとこらえている様子は、見ていて辛かった。
私なら一日だってそんな空気に絶えられなくて学校に来なくなると思う。

 笹ヶ瀬くんも、きっとそうなるだろうと思った。

 だけど笹ヶ瀬くんは、クラス全員から無視されてもとくに気にする様子もなく、毎日学校に来て、淡々と授業を受けていた。
 全然、平気そうに見えた。

 でも、あと一か月で夏休みだ。夏休みが明けたら、あの子みたいに、学校に来なくなるかもしれない。

 そうなってほしくなかった。
 でも同時に、そうなることを願ってもいた。
 笹ヶ瀬くんが学校に来なくなったら、私たちは楽になる。見なくてすむから。
 本人がそこにいなければ、可哀想だと思うこともなくなるから。

 こんなことを思う私は、最低だと思う。

 でも、いまの私に、他人のために使おうと思える体力も気力もなかった。

 一年後、私はもういないから。
 私はあと一年しか生きられない。
 それは生まれたときから決まっていて、どうあがいたところで変えられないことだった。