数日後、私たちはファミレスで向き合うように座っていた。

「まず、お互いの病状についてもっと詳しく話そう。私たちの中で隠しあってても仕方ないと思う」
「そうだな」
「まず、私は中学二年生の時に発症したって言ったでしょ?でも、本当に突然だったの。ある日、夜に寂しくて眠れなくなった。それからはぬいぐるみと手を繋いで眠ってる。酷い時は、お母さんに手を繋いでもらう時もあるくらい」

 私は目の前に置かれたジュースの入ったコップに視線を向けて、菅谷くんに詳しい症状を話していく。自分の症状を話すのは何処か恥ずかしくて、菅谷くんと目を合わせられない。

「学校でも昼休みは、家族に電話するときも多いの。特にお母さん。お母さんの仕事の昼休みと高校の昼休みの時間が被ってるのもあって、私はお母さんに頼りっぱなし」

 菅谷くんは静かに私の症状を聞きながら、所々《ところどころ》頷いてくれる。私が自分の症状を話終わると、次は菅谷くんが話始める。

「俺は先天性って言った通り、生まれた時からこの病気だった。自覚したのは、小学生に上がった時くらいかな?みんなが親や友達と居なくても一人で遊べたりしているのを見て、自分がおかしいのかもって思いだした」

 菅谷くんは私と違って、しっかりと私の目を見つめて話してくれる。

「それから家族も俺を不安に思い始めて、小学校二年生の時に病院に連れていって貰った。そして、頻発性哀愁症候群と診断された。それでも、普通に生活出来ていたんだ。去年、症状が悪化するまでは」

 菅谷くんはその時、初めて視線を下に向けた。

「去年、何かあったの……?」
「去年ってことは中学3年だろ?高校に入って中学校の友人と離れるのが怖くなったんだ」
「え……?」
「それに加えて、次の年に兄貴の一人暮らしも決まった」
「どういうこと……?」

 菅谷くんは顔を下に向けたままなので、菅谷くんの表情がよく見えない。

「馬鹿みたいだけど、『これからさらに寂しくなるかもしれないっていう不安だけで症状が悪化した』。まだ起きてもいない未来のことなのに」

 菅谷くんは「本当に馬鹿みたいだろ?」と悲しそうにこちらを見上げた。
 菅谷くんの気持ちを私は完全には分からない。でも……

「その気持ち、ちょっと分かる」
「え?」

「多分、この病気は不安で堪らないだけなんだと思う。『寂しい』って結局は不安なんだよ。私たちは、誰かに『大丈夫』って言って欲しいだけ」

 私は、テーブルの上に置かれた菅谷くんの手をぎゅっと握った。


「どうして私たち、こんなに『寂しい』んだろうね」


 「寂しい」という感情を経験したことがない人はいないはずなのに、「寂しさ」で生きていけなくなる人は私達だけ。

「ねぇ、川崎さん。川崎さんってこの病気になるまではどうやって寂しいって感情と付き合ってたの?」
「え?」

 菅谷くんの質問に私はすぐに答えられない。

「この病気になる前も、『寂しい』って感情はあっただろ?」
「……うん。あったと思うけど……」
「俺、生まれた時からこの病気だから分からないんだ。物心ついた時には、『寂しい』を病気として捉えてた。でも、普通の人にとって寂しいは病気じゃないだろ?」

 菅谷くんの言葉は当たり前のことなはずなのに、私はきっと一生そのことに気づけなかった。

「……基本、無視して過ごしてた……無視出来る程度の『寂しい』だったから……」
「今は無視出来ないくらい寂しい?」
「うん……寂しい」
「そっか。でも、思えばそうだよな。『寂しい』って別にめっちゃ悪い感情じゃないんだよな。みんな持ってる当たり前の感情。問題なのは、『寂しい』が大きすぎること」

 菅谷くんは何かを閃いたようだった。

「そうだよ!『寂しい』をなくす必要はないんだ。『寂しい』を小さくするだけでいい」
「え?」
「症状を軽くするってこと!『寂しい』を倒さなくても、無視出来るくらいの大きさに出来るなら、それはきっとこの病気が良くなったってことになる」
「……どうやって、寂しいを小さくするの?」
「まだそれは分からない。でも、『寂しい』は絶対的に悪いことって思うのは、俺らにとっても苦しいと思う。だから……うーん、何て言うんだろう。深く考えすぎると疲れるから、程々でいいのかもしれないってこと」

 菅谷くんが私の手をぎゅっと握り返す。

「『寂しがり屋』が二人、俺と川崎さん。少なくとも、二人で『寂しい』をある程度埋めていける。急ぎすぎないでいこう」

 急ぎすぎない……私は急ぎすぎていたのだろうか?
 早く病気を治して、「普通」の生活になりたいって。「普通」が何かももう忘れたのに。