それから、数週間経った頃。私は、自分でこの病気にもっと向き合おうとしていた。
 自分の部屋で家にあった全てのぬいぐるみを床に並べ、飴、グミ、ガムなどのお菓子を机に並べる。他にも最近流行りの本やリラックスグッズなども買っておいた。
 「寂しい」という感情を誤魔化すために、どれが一番症状に効くのか考えなければ。

 まず、ぬいぐるみは今まで使っていただけあって、一定の効果は感じられた。しかし、手を繋げる大きさであれば、あまりサイズは関係なさそうだった。
 次に、飴などのお菓子。これは菅谷くんがオススメしてくれた方法だ。症状が軽い時は効果がありそうだったが、涙が出るほど寂しく症状が酷い時は効果は感じられなかった。
 読書やリラックスグッズも症状が軽い時だけ効果があるようだった。
 やっぱり、酷い時は一番ぬいぐるみと手を繋ぐのが私には良さそう。
 だって、人と手を繋いでいるのをイメージ出来るから。やっぱり寂しさを埋めてくれるのは、人との繋がりだけなのかもしれない。

 その時、部屋のドアがコンコンとノックされる音がした。

「奈々花、今日はお母さんもお父さんもお休みだから、一緒に何処か出かけない?」
「!!」

 「行く!」と喜んで言いそうになるのをなんとか堪える。ダメだ。ただでさえお母さん達は、私の病気のせいで疲れてるのにこれ以上甘えられない。

「私、宿題が残ってるから……!たまには二人で出かけてきたら良いんじゃない?」
「奈々花は一人で大丈夫なの?」
「うん!今は症状が落ち着いてるから!」

 良かった。今、扉が開いていなくて。きっと顔を見られたら、嘘だとバレてしまう。

「じゃあ、少しだけ出かけてくるわね。何かあったら、すぐに電話して良いからね」

 お母さんはそう言って、パタパタと私の部屋の前から去っていく。しばらくして玄関の扉がガチャンと音が鳴り、両親が出かけたのが分かった。
 家に誰もいない。その状況がさらに病状を悪化させていく。
 ベッドに横になり、近くのぬいぐるみを抱きしめる。どれだけぎゅーっとぬいぐるみを抱きしめても、ぬいぐるみは抱きしめ返してはくれない。

「寂しい」

 感情が徐々に強くなっていき、私は菅谷くんにメッセージを送った。

「今、大丈夫?」

 すぐに既読がつく。

「大丈夫。それに俺も寂しかった」

 この会話だけ見れば、可愛いカップルのやり取りなのに……現実はただの病状の慰め合い。

「菅谷くん」
「ん?」
「症状が軽い時は気を逸《そ》らせるの。自分で対処できるの。でも、酷い時は何をしてもダメで、誰かに手を繋いで『大丈夫』って言って欲しくなるの」

 呟き出した弱音は止まらない。涙が頬を伝っていくのが分かる。シーツにまで流れた涙が小さな水の染みを作っていく。

「『寂しい』って感情を一人で処理すら出来ない自分が嫌い。泣きそうになる」

 すでに泣きながら、そう文字を打つ。暫くして、菅谷くんからメッセージが返ってくる。

「川崎さん、俺、川崎さんの優しい所が好き。人に関わらないようにしてるのに、たまにクラスメイトに話しかけられても無視は絶対しないのも知ってる」

 菅谷くんから送られてくるメッセージの意味が分からない。しかし、菅谷くんのメッセージは止まらない。


「川崎さんのこと好きだって思ってくれてる人はいる」


「大丈夫だよ。寂しくない」


「川﨑さんの味方は沢山いる。俺もその一人」


 シーツに出来た水の跡が大きくなっていったのを見て、自分がさらに泣いていたのが分かった。
 寂しいからじゃない。「安心」したから涙が溢れた。そんな泣き方をしたのはいつぶりだろう。

「ねぇ、川崎さん。まだ寂しい?症状は少しも治らない?」
「治った気がする……」
「じゃあ、手を繋がなくても『寂しい』を抑えられた。大丈夫だよ。俺たちだって前に進んでる」

 涙が止まらない。視界が滲んで、携帯の画面すら見えなくなる。
 ずっと不安で不安で堪らなかった。一生、この病気が良くならないんじゃないかって。怖くて堪らなかった。
 私は「前に進めている」の?その言葉が嬉しくて涙が溢れ続ける。

「菅谷くん、私、もっと前に進みたい」

 そのメッセージは、私の決意だった。

「俺も」

 たった二文字の短いメッセージに菅谷くんの決意も感じ取れた。
 負けたくない。「寂しい」なんていう感情に、私たちの幸せは奪わせない。