桜も満開となった4月、私は高校2年生になった。一年間が早すぎて、まだ進級した実感がないまま教室に行った。1年生のクラスのメンバーがいないこと、担任の先生が違うこと、登る階段が多いこと。変わるのは当たり前なのに、それに実感が沸かない日々だった。


 それでも1年生はやってきて、授業も始まる。体育の時間を、私は密かにとても楽しみにしていた。唯一永治くんを見られる授業だから。


 その時間が訪れ、すぐに彼の姿を見つけられた時は人知れずにやけていたと思う。やっぱり彼はかっこよかった。何もしていなくても、彼だけ輝いているように見えた。恋のフィルターは恐ろしい。


 望む条件の揃ったクラス。私は幸せな高2ライフに思いを馳せた。永治くんと、運動祭か文化祭で写真を撮る。そして、交流を増やして一緒にいられるようにする。奇跡的に2人きりになる時があって、そこで告白して、晴れて付き合うことになる。LINEや電話で毎日繋がって、休みの日はデートに行く。


 そんな、現実になるわけがない想像をしては一人笑っていた。そんなある日のことだった。


 放課後、友達と恋バナという話題に会話の花を咲かせていた。


「それでさ、もうあの漫画みたいに『付き合っちゃえよ!』って思ってさ」


 莉菜が笑う。どうやら部活でいい感じの二人組がいるらしい。


「なのに、2人はそういう関係じゃないとか、そんなのあり得ないとか言うんだよ?」


「へー、最早仲が良すぎて恋人って概念すらないんじゃない?」


「そんなことあるー?」


「ないことはないでしょ」


 シャーペンを弄びながら答える。もうそこまで親しい関係なら、いつ付き合い始めてもおかしくないのにな、と少しだけ彼女の話す2人組が羨ましくなった。


「あ、てかさ、結、知ってる?」


「ん、何の話?」


「あの1組の永治くん。彼女いるんだってー!」


「……えっ」


 ポトリ、とシャーペンが机の上に落ちた。慌てて拾い、「どういうこと」と莉菜に尋ねる。なるべく自然に。動揺を悟られないように。


「だから、そのまんまの意味。なんか永治くん、中学から付き合ってる彼女がいるんだって。もうそれ聞いた瞬間みんな『えっ!』ってなってさー」


「そう、なんだ……」


 永治くんに彼女がいる。そんな話聞いたことない。そもそも、彼は自分の話をあまりしないタイプだ。


「それ、誰から聞いたの……?」


「ん、永治くんの幼馴染の男子からだよ」


「そっか……」


 幼馴染なら、その話が嘘という可能性は極めて低い。永治くん、ちゃんと彼女がいたんだ。胸の奥がしんと冷えるような気がした。


「いやー、いいねえリア充は」


「うん、そうだね……」


「ん、結、どうかした?」


「え、あ、ううん!なんでもない。あ、私、そろそろ塾あるから抜けるね」


「りょーかい。また明日ね」


「うん、また明日」


 莉菜に手を振って、私は駆け足で校舎から出た。人気のない場所まで走り、立ち止まる。


「永治くん、彼女いたんだ……」


 初めて知る事実は、私に大きな衝撃を与えた。心がぽっかりと穴が空いたみたいだった。涙が出ることはない。ただ、虚無感と喪失感がドッと押し寄せてくる。


 彼には好きな人がいる。つまり、もう私の恋は叶わない。彼女がいる人に、恋をし続けることは、私にとっては無理だ。


「そっか……いたんだ、好きな人……」



 じゃあ、私はもうダメだ。自嘲なのか、変に笑いが込み上げる。こんな失恋の仕方、酷すぎる。いっそ、告白してフラれる方が良かったかもしれない。


「ずっと、好きだったのになぁ……」


 勉強している姿も、運動している姿も、はにかむ姿も、全部全部、好きだったのに。


「好きでした、ずっと、あなたが好きでした」


 せめて、伝えたかった、この想いを。けれど、溢した言葉は、誰にも拾われない。無意識にスマホを取り出し、中学の親友にLINEする。


「ねぇ、聞いて」
『どうしたの?』


 珍しく、即座に既読がついた。


「好きな人がいたの」
『うん』
「その人、彼女いたんだ」
『マジかー。うんうん、そうなんだ』
「また失恋だよ。もう私一生恋愛なんてできない気がする」
『一回や二回で落ち込まない!なんてったって男は星の数ほどいるんだから!きっと結に合う人が見つかるよ』


 どこまでもポジティブで明るい親友の言葉に、思わず頰が緩む。自分はちゃんと彼氏いるくせに。でも、何となく、心が軽くなった。


「星の数、かぁ」


 まぁ確かに、私の世界はまだ高校内のみだ。他校とか、これから出会う人の中に、私を好いてくれる人が現れるかもしれない。それを、願うしかない。


「また、いい人見つけよう」


 なんて、口にするけど、多分、まだ諦めきれないと思う。それでも、いい。ただ、落ち込まず、楽しく生きていれば、それだけでいいから。