正確には、教室に落ちていた佐野のシャーペンを見つけて拾って、本人に返さなかった。盗んだというのは少し違う気もするけれど、それでも盗んだうちに入る。

 どうしてリュックから出して、うっとりと眺めてしまったのだろう。
 誰もいない放課後の教室で、完全に油断していた。

 そもそも盗んだりなんてしなければ――。

 わたしを白い目で見る佐野が瞼に浮かび、血の気がさあっと引いた。
 音を増す鼓動が、胸を突き破る。

「おっ、お願い。言わないで。お願いだから、誰にも言わないで!」

 懇願しながら、わたしは明希に詰め寄っていた。

 一歩、二歩。
 わたしと明希の間には、もう距離がない。

「どうしようかな」

 教室でいつもヘラヘラとお茶らけている明希の目が、鋭くわたしを見下ろした。盗人(ぬすっと)に向けるには正しい眼差し。

 正し過ぎて、痛い。

「お願い……。秘密にして」

 声も膝も、すべてが震えていた。
 それでも必死に絞り出した願いを、明希は容赦なくばっさりと切り捨てた。

「言わないでいたら、俺にメリットってなんかある?」