なんとね、と由奈が切り出すと、ちょうどチャイムが鳴り、担任の(しば)ちゃんがやってきた。
 みんなバタバタと席につき、ねっとりとした空気は散り散りになった。

 柴ちゃんは白髪のまざった前髪を軽くかきあげ、新年の挨拶をはじめた。


 明希の席だけが、ぽっかりと空いている。


「えー……。知ってる者もいると思うが、ご家庭の事情で、石井が学校を辞めることになった」

 教室中がざわめき、わたしは止まった。
 言葉も、呼吸も、思考も。
 すべてが止まった。

 みんなに静かにするよう促す柴ちゃん。
 親父がヤバい仕事やってただの、夜逃げだの反社だの、どれが真実かわからない情報を無責任に口にするクラスメイト。

 わたしは縋りつくように、机のなかのノートの角をぎゅっと握った。

「せんせーい。安藤さんが体調悪そうなんで、保健室つれていきまーす」

 由奈がわたしの腕を掴み、教室の外へとずるずる引っ張り出した。
 人気(ひとけ)のない廊下で、足元からすうっと冷えていく。

「ちょっと小春、どうしたの? 顔色やばいよ。保健室まで歩ける? それにしてもびっくりだよね、明希のこと。わたしさ、昨日ぐうぜんコンビニで明希のこと見かけたんだよね。小春にごめんって謝っといて、なんて言うから、明日学校で会うんだから、ちゃんと自分で謝りなよって言ったんだけど……。あんたたち、喧嘩でもしてたの?」

 なしだって言ってたのに。
 ごめんは好きくないって言ってたのに。

 どうして最後にくれたものが、それなの?

 指先から滑り落ちたノートが、はらりと開いた。
 くまぬちゃんが頼りなく、わたしに微笑みかける。

 毎日のように眺めたくまぬちゃんには、もう愛おしさしかこみ上げてこなかった。
 
 
 
 
 

 ―― 了 ――